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【完結】怪異解体奇譚  作者: 卯月 絢華
Chapter 03 絞霊術

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15/19

Phase 01 新垣源司に迫る影

 数時間後。兵庫県警の取り調べが終わったらしく、宿南刑事は私の部屋へと入っていった。

 

 彼は話す。


「とりあえず、調べられる範囲でこのアパートの住民と大家さんから話は聞いたよ。住民は口をそろえて『ウチは関係ない』と言っていた。もちろん、この時点で彩花ちゃんへの疑惑も晴らしたいところだが……もう少しだけ時間をもらえないか。まあ、君が殺人を犯したという可能性は考えにくいが」

 

 私が言うことは、分かっていた。


「当然よね。――住民リスト、見せてもらえないかしら?」


「ああ、彩花ちゃんならそう言うと思って……住民の簡易的なリストはこちらで作らせてもらった。一応、これがリストだ」

 

 宿南刑事が作成した住民リストは、こんな感じだった。


【レモンハイツ 住民リスト】

 ・101号室 日村由美(ひむらゆみ)

 ・102号室 設楽修次(したらしゅうじ)

 ・103号室 高比良郷太(たかひらごうた)

 ・104号室 松井久留美(まついくるみ)

 ・105号室 橘泰子(たちばなやすこ)(大家)

 ・201号室 新垣源司(被害者)

 ・202号室 都築彩花

 ・203号室 葛城律子

 ・204号室 赤来美沙都(あかぎみさと)

 ・205号室 星野唯(ほしのゆい)

 

 この中に犯人がいる可能性もあるし、いない可能性もある。私はそう思っていた。

 

 そういえば、「リアルの怪談」に登場する悪霊は女性の姿だったか。――いや、女性が犯人だとはまだ断定できないが……怪談のことを思うと、考えざるを得ない。

 

 宿南刑事は、リストを見ながら話を続けた。


「この中で話ができたのは大家さんの橘さんと日村さん、高比良さん、葛城さん、そして赤来さんだけだ。他の住民は留守だった。留守だった住民に関しては、橘さんから話を聞くように頼んでおいたよ」


「まあ、今日は平日だもんね。――それで、住民からはどんな話を聞いたの?」


「臭いに関して気にかけていたのは、高比良さんだったよ。曰く『ゴミの腐ったような臭いは昨日の夜から気になっていた』と言っていて、この時点で死亡推定時刻は昨日の深夜頃と推測されるな」

 

 高比良郷太の話に対して思うことがあったので、私は宿南刑事に聞いた。


「昨日の深夜……日曜日かしら?」


「そうだな。今日は12月15日だから、新垣源司が殺害されたのは12月14日の深夜ごろだと思われる。――まあ、それ以前から殺害されていた可能性も考えられるが」


「つまり、遺体の腐乱臭がアパート中に立ちこめて、私はその臭いを嗅いでいたってことかしら?」


「恐らく、そうだろう。彼の遺体から発せられる異臭を、君は嗅いでいたことになる。――もう少し、彼に関する情報が欲しいところだが……ここは、鑑識に任せようと思っている」


「そうね。それが一番確実よ」


「それじゃあ、私はこれで失礼させてもらうよ」


 そう言って、宿南刑事は部屋から出て行った。そして、彼と入れ替わるように、スマホには大渡達哉のメッセージが入っていた。


 ――取り調べが終わってから読んでもらったらいいが、僕も新垣源司に関する情報を入手した。

 ――彼の勤務先は、四菱電機(よつびしでんき)だったんだ。

 ――四菱電機は僕が勤務している大手電機メーカーだな。僕はそこで組み込みのシステムエンジニアとして働いているが、新垣源司は製品の構造を研究する部署で勤務していたようだ。まあ、僕よりも上のポジションにいる人物と思えば良い。

 ――そんな彼が殺害されたということで、社内でも少し困惑する事態となっているらしい。

 ――とはいえ、社内に事件の犯人がいるとは考えにくいが……。

 ――今のところ、僕から言えるのはこんなところだ。

 ――また、何か分かったことがあったらすぐに教えるし、君の家にも向かうかもしれない。

 ――その時は、よろしく頼む。


 彼からのメッセージは、そこで終わっていた。

 

 それにしても、四菱電機という大企業が出てくるとは思わなかった。達哉くんがそこで働いているのは知っていたけど、上司が殺害されたことは大事(おおごと)だ。

 

 とはいえ、四菱電機の社員が私怨(しえん)で新垣源司を殺害したとは限らない。――もしかしたら、もっと別の可能性があるかもしれない。

 

 私はそう思いつつ、大渡達哉からのメッセージを読んでいた。


 

 それから、私は宿南刑事と大渡達哉の手がかりを噛み砕いていた。もしかしたら、それで何かが分かるかもしれないと思ったからだ。

 

 現時点で分かっていることは、新垣源司が四菱電機の社員で、彼は首を括った遺体として発見された。警察では事故と事件の両方で捜査を進めているところだが、どう考えても事件だろう。そして、何よりも彼からはヘドロのような異臭が放たれていて、その異臭はアパートじゅうに立ちこめていた。――まあ、こんなところか。

 

 とにかく、まずは「なぜ新垣源司は首を括ったのか」を考える必要がある。私はそう思った。

 

 仮に、新垣源司が降霊術によって「何か」を降ろして、彼が「何か」に殺害されたと考える。このフェーズで、犯人は「何か」だと推測できる。

 

 今回の事件とよく似ている「リアルの怪談」によると、「何か」は顔に大量のお札が貼られていて、経帷子を身にまとっていたという。「何か」を恐れて逃げた男性は、夜を明かしてアパートに帰った段階でヘドロのようなモノを目の当たりにした。その後、「何か」の祟りなのかどうかは知らないが、彼の首には湿疹のようなモノが現れ、(うみ)となってしまった。その膿は知り合いの僧侶の元で除霊した際になくなっていったが、結局彼は首を括って死亡したとされている。――まあ、こんな感じだ。

 

 とはいえ、結局「リアルの怪談」はネット上の作り話でしかなく、実際にこのような事件が発生した訳ではない。その点は注意が必要である。

 

 私が「リアルの怪談」について考えていると、スマホが短く鳴った。――誰からのメッセージだ。

 

 私は、スマホに入ってきたメッセージを読んだ。

 

 ――ツヅキン、久しぶり。

 ――達哉くんから聞いたわよ? 事件のこと。

 ――まさか、アンタのアパートで事件が起こるなんて思ってなかったけどさ、どう見ても「リアル」の祟りとしか思えないじゃん。

 

 どうやら、メッセージは西口沙織からのモノだったようだ。私はメッセージの続きを読んでいった。

 

 ――事件について、アタシからも少しアドバイスさせて。

 ――アタシって、仕事柄「事故物件」への立ち会いも多い訳じゃないの。

 ――そういうのって、大体「生きるのがしんどくなって自ら自死を選ぶ」って感じなのよね。

 ――まあ、自死を選んだところでケツ拭いはアタシたちがしていかなきゃいけないんだけどさ。

 ――コホン。とにかく、この事件は自死じゃなくて明らかな事件だと言えるわね。

 ――アタシからアドバイスできることはこんなもんかな。

 ――事件について何か分かったことがあったら、アドバイス送っていくからね。

 ――それじゃ。

 

 西口沙織は、妙に乗り気である。――やはり、不動産会社に勤務している以上、そういうモノに詳しいのか。

 

 私は、彼女からのメッセージに対して「親指を立てたキャラのスタンプ」を送信しておいた、多分、これで分かるはずだ。


 

 なんやかんやあって、スマホを見ると時刻は午後5時になろうとしていた。――12月となると、午後4時から徐々に暗くなっていき、午後5時には完全に夜になってしまう。

 

 私はとりあえずシャワーを浴びて、部屋着に着替えて、今後について考えることにした。

 

 今私に考えられることといえば、やはり「新垣源司の死因」だろうか。それしかない。

 

 私は執筆の片手間で、事件について考えていく。えーっと、ああでもない……こうでもない……。

 

 色々考えてみるけど、やっぱり彼の死因は「呪殺(じゅさつ)」なんだろうか。いや、科学的に考えて「呪殺」はあり得ない。

 

 とはいえ、アフリカの一部地域では今でも「シャーマンによる呪殺」がまかり通っていると聞いたことがある。まるで「呪い合うバトル漫画」じゃないか。――まあ、アフリカという環境を考えたら「呪殺」というよりは「病死」の方が有力視されているのだけれど。

 

 呪いによって人を殺せるなら、私だって自分をいじめてきた人間に対して呪いをかけたいぐらいである。しかし、実際にそんなことを行ったら――私は刑務所行きだ。それに、呪殺なんて某バトル漫画でもない限り無理だろう。

 

 そんなしょうもないことを考えていると、「ピンポーン」という音がした。――デリバリーなんて、頼んだ覚えがないけどな。

 

 私はドアスコープを覗く。玄関に立っていたのは、パーマをかけた赤髪の女性だった。


「――あの、どなたでしょうか?」

 

 私がそうやって聞くと、女性は自分の名前を告げた。


「私は101号室の日村由美です。――都築さんと話がしたいと思って」


「私と話がしたい? まあ、良いでしょう。とりあえず、中に入ってください」

 

 そう言って、私は日村由美を部屋の中へと入れた。



 

 日村由美は話す。


「都築さんが怪事件を次々と解決してるのは言づてで聞いていました。――だからこそ、あなたと話がしたいと思ったんですけど」


「別に、私が探偵として事件を解決した訳じゃないんですけど……。まあ、そこまで言うんだったら、私は日村さんから話を聞こうと思います」


「ありがとうございます! それじゃあ……」

 

 そう言って、日村由美は私に話せることを話した。


「新垣源司さんの絞殺遺体が見つかったのはご存じの通りですよね。――私、彼が殺害される少し前に、アパートに出入りする女性を見たんです。多分、源司さんの恋人だとは思うんですけど……」

 

 なるほど。――私は話す。


「もしかして、その女性が新垣さんの首を絞めたと考えているんですか?」


「はい。少なくとも私はそう考えていますが……。とにかく、源司さんはその女性に(たぶら)かされて殺害されたんだと思います」


「女性の姿は撮っているんでしょうか?」


 

 私がそうやって聞くと、彼女は自分のスマホの画面をこちらへ見せてきた。

 

 確かに、そこには女性と思しき人影が映っていた。しかし、人影は暗すぎてよく見えない。――スマホの限界だろうか。

 

 スマホの画面を見ながら、私は話す。


「被写体は暗すぎて良く見えないけど……多分、この女性が犯人なんでしょうね」

 

 彼女の答えは、当然のモノだった。


「そうですね。――まあ、彼女が犯人とは限らないんですけど」

 

 それはそうか。仮にこの女性が、何らかの理由で新垣源司の家に出入りしていたとしても……彼女が事件の犯人である確証は持てない。

 

 私はそう思った上で話す。


「とにかく、この女性のことは念頭に置く必要がありますね。――まあ、私の友人にもことは伝えておきます」


「友人?」

 

 ここは、正直に言うしかない。


「ああ、説明するのを忘れていました。――私の友人、探偵なんですよ。名前は大渡達哉って言うんですけど」


「なるほど。――つまり、都築さんは『ホームズに対するワトソン』ってことなんですね?」


「ホームズに対するワトソンですか……。まあ、探偵小説に置き換えるとそうなんでしょうね。――もしかして、日村さんもそういう趣味をお持ちなんでしょうか?」


「アハハ、私はそんな大それた趣味なんて持っていないですよ。でも、探偵の助手が身近にいて助かっているのは確かよ」


「なるほど。――まあ、この事件が解決したら……あなたと探偵について色々話をしたいですね」


「そうですね。――それじゃあ、私はこれで」

 

 そう言って、彼女は私の部屋から出た。

 

 それにしても、日村由美という女性は――不思議だ。

 

 彼女は私のことを「ワトソン」だと思っているようだが、そんな大それたモノじゃない。私はただの小説家でしかない。

 

 そんなことを思いつつも、彼女から得られた「新垣源司の部屋に出入りする女性」の手がかりは大きいモノだと考えた。これを「リアルの怪談」に当てはめると、彼女が事件の犯人かもしれない。――なんだ、簡単なことじゃないか。

 

 私はこの事件について「解決した」とタカをくくっていたが、大渡達哉からのメッセージによって、それは砕け散ってしまった。

 

 ――彩花ちゃん、宿南刑事から伝言だ。

 ――彼からの伝言によると、新垣源司の部屋から押収されたモノを調べていたら、手記というか……日記のようなモノが見つかったとのことだ。

 ――一応、日記は警察の方でテキスト化してもらったが……彩花ちゃん、パソコンのメールにそれを転送してもいいか?

 

 仕方ないな。私は彼のスマホに「オッケー」を示すキャラのスタンプを送信した。

 

 数分後、ダイナブックの方に(くだん)のデータが転送されてきた。――新垣源司という人間は、かなり几帳面だったようだ。

 

 私は、彼の日記を読み進めていったが――ある日を境にして、その日記の文章は「狂気」を秘めるようになっていた。

 

 狂気を秘めた文章を読んでいるこっちの神経がやられそうになったが、それは多分、彼が死ぬ間際に残したモノなのだろう。


 

 ――私は、彼が亡くなる1週間前の日記を読んだ上で、改めて事件について考えていくことにした。

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