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【完結】怪異解体奇譚  作者: 卯月 絢華
Chapter 02 見てはいけない

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Phase 04 カシマレイコ

 私は、昔から「幽霊」なんていないと思っていた。


 この世における「幽霊」と呼ばれる存在は幻覚でしかなく、大体の場合は「幽霊だと思い込むことによって本来見えないモノを幽霊だと認知してしまう」と考えていた。いわゆるエクトプラズムである。


 とはいえ、『ゴーストバスターズ』という映画は好きだし、そこに登場するゴーストはどこかひょうきんで、愛着がある。だから、正直言ってバスターズが使う掃除機でゴーストたちが吸い込まれるのを可哀想だと思っていた。――まあ、ラスボスであるマシュマロのゴーストは吸い込まれても仕方ないと思っていたが。


 そうやって考えると、大渡達哉が探偵としてやっていることは「ゴーストバスターズ」なんだろうか? いや、バスターはしていないから「怪異の解体」なのか。いずれにせよ、私はホームズに対するワトソンとしてこの小説を執筆しているのだろう。それは確かだ。



 私が意識を取り戻すと、目の前で宿南刑事が心配そうにこちらを見つめていた。


「ああ、意識を取り戻したのか。気を失ってから、3時間ぐらいは経過しただろうか」


 どうやら、私は意識を失った後、3時間ぐらい寝ていたらしい。――ところで、ここはどこなんだ?


「宿南刑事、ここはどこなの? 私、意識を失ってからどうなったのかよく分かってないから……」


 私の質問に、彼は答えていく。


「ここは佐久島磯司の家だ。あの後、私はとっさの判断で磯司さんに頼んで君を寝かせたんだ」


「そうだったのね」


「まあ、磯司さんと君が知り合いで助かったよ。恐らく、『カシマさん』について調査していたのが功を奏したのだろう」


 そんな話をしていると、佐久島磯司の妻と思しき老婆がお茶とお菓子を持ってきてくれた。


 老婆は話す。


「彩花ちゃん、意識を取り戻して良かったわ。とりあえず、これでも食べて元気を出してちょうだい」


 私はありがたくお菓子――ドーナツをいただくことにした。ついでにお茶も飲むことにした。


 ドーナツを食べつつ、宿南刑事は話す。


「それで、君が意識を失う前に見せたタブレットの映像があったな。そこに映っていたのは幽霊……ではなく、白い服を着た女性の姿だったな。君がフラッシュバックを起こすということは、何か思い当たる節でもあるのか?」


 彼はそう言ったけど、思い当たる節なんてない。


「思い当たる節って……悪い夢でその女性の姿を見ただけよ」


「なるほど。――とはいえ、監視カメラの映像は分析班の方で分析してもらっているところだ。今の時代、監視カメラの映像から被疑者を割り出すことも可能だからな」


「じゃあ、私や達哉くんの出番はもうないってことなのかしら?」


 私がそう言うと、宿南刑事は意外なことを言った。


「いや、もしかしたら君たちの力が必要になるかもしれない。現時点で、この事件は『幽霊による殺人』だと判断せざるを得ないからな」


「そっか。――じゃあ、その時はその時ね」


 ドーナツとお茶のおかげで元気を取り戻した私は、バイクで佐久島磯司の家を後にした。


「それじゃあ、私はこれで失礼させてもらうから。――また、何か変わったことがあったらすぐに教えてよ」


「分かっている。――とりあえず、達哉さんにもこのことは伝えておくつもりだ」


 宿南刑事がそう言ったことを確認して、私はバイクにまたがった。



 アパートに戻ってスマホを見ると、時刻はまだ午後の2時ぐらいだった。そんなものか。


 仕方ないので、私はダイナブックを開いて、小説の原稿を執筆することにした。こういうとき、私に出来ることなんて限られているし。


 執筆しているうちに時刻は夕方になり、この時期は日が沈むのが早いので、午後5時の段階で空はすでに真っ暗だった。


 私はシャワーを浴びて、部屋着に着替えて、そしてカップ麺のお湯を沸かした。――もう、どうなっても良いと思っていた。


 それから、ポットのお湯が沸いたことを確認してカップ麺にお湯を注ぎ、3分待った。


 その日のカップ麺は、珍しくシーフードヌードルを選んでいた。普段、醤油しか食べない私にしては珍しいセレクトである。


 シーフードヌードルを食べながら、事件について考えていく。あの白い服の女性が犯人だということは確かだけど、夢の中で見ただけだから、名前なんて分かるはずがない。でも、「カシマさん」の本名は「カシマレイコ」という女性だった。ならば、犯人はやはり「カシマレイコ」という女性なんだろうか? 私はそう考えたが……そんな都合の良い展開なんてある訳がない。そう思っていたときだった。スマホが短く鳴った。――多分、達哉くんだと思う。


 私はスマホのロックを解除して、メッセージを確認した。確かに、メッセージは彼からのモノだった。


 ――彩花ちゃん、事件現場で過呼吸を起こして倒れたんだって? 宿南刑事から聞いたよ。

 ――でも、「白い服の女性」という明確な犯人が分かっただけでもありがたいと思っているよ。

 ――そして、これは僕の見解だが……犯人の名前は、「カシマレイコ」で間違いない。ただ、どうやって彼女を捕まえるかまでは考えていないが。

 ――まあ、ネット上では「最近、この周辺で白い服の女性が人気のない場所の監視カメラに映っていた」と言って噂になっているからな。そこをたどれば……なんとかなるんじゃないかと思っている。

 ――後は運次第だが……。


 監視カメラに映っていた「白い服の女性」。それは間違いなく加古川の山中で見た女性、そして夢の中で見た女性と同じである。――流石に、彼女の名前が「カシマレイコ」だということは考えにくいが。


 そんなことを考えながら、私はコーヒーを一杯飲む。それだけで考えがまとまるんじゃないかって思ったからだ。


 そういえば、スマホを見ると……時刻は午後9時になるところだった。もしかしたら、海岸の近くに「カシマレイコ」がいるかもしれない。


 イチかバチかで考えた私は、バイクにまたがり芦屋浜の方へと向かった。――青白い光をまとった女性が、たたずんでいる。


 私は、女性に向かって話しかける。


「――あなた、何のためにこんな辺鄙な場所にいるの?」


 女性は、当たり前のことを話す。


「私? 私は……ただ、夜の海を眺めようと思ってここに来ただけだけど」


 それでも、私は懐疑的だ。


「本当に? もしかして……あなた、『夜光虫』を採取しようと思ってここへ来たんじゃないの?」


 私がそのことを話すと、女性は――言葉を失った。やはり、図星だったのか。


「くっ……」


 そして、私は女性に対して名前を尋ねる。


「そういえば、あなたの名前を聞いておかないと。名前、なんて言うの?」


 女性は、大量の夜光虫を手にしながら話す。


「――私は、神島礼子(かしまれいこ)よ」



 神島礼子と名乗った女性は、話を続けた。


「名前を聞けば分かるけど、一連の事件において『カシマレイコ』と噂されている女性は私のことよ。私は片岡美月という女性の首を絞めて、死んだことを確認した上で彼女の足を切断した。ただ殺すだけじゃつまらないと思ったから、私は事件を起こす前に青白い光を発生させることにした。それで、青白い光を目撃した人間はこぞって『幽霊による殺人』だと断定できるからね。――懐中電灯を使うとバレちゃうから、私は海岸から夜光虫を採取して、体にそれを塗りつけた。これで私は青白い光を放つ幽霊として完成するって訳。あとは、狙いを定めた人間に対して首を絞めて、チェーンソーで足を切断すれば『足のない遺体』が出来上がる。ただ、それだけの話よ」


「でも、どうしてあなたはこんなことをしたのよ。人の命なんて、気軽に奪って良いものじゃないのに」


 私がそう言うと、神島礼子は笑いながら話した。


「私、仕事をクビになって『もうどうなっても良い』って思ったのよ。だったら、逮捕されて死刑判決を受けた方がマシじゃないの。そうするためには、『無敵の人』になる必要があった。――でも、『無敵の人』になるためには、凡人には考えも付かないような罪を犯す必要があった」


「だからって、どうして幽霊になって殺人を犯す必要があったのよ? そもそも、殺人に手を染めること自体が間違ってるじゃないの」


 私がそこまで話すと、神島礼子はロープを手にして私の首を絞めようとした。


「――今度は、あなたを殺そうかしら? これは口封じのための殺人よ。あなた、名前はなんて言うの?」


 絶体絶命の状況でも、私は冷静である。


「私? 私は……都築亜弥華よ。小説家っていうお金にならない仕事を生業としている人間なのよ。だから、置かれている状況は礼子さんと同じかもしれない。でも、私には趣味で探偵をやっているちょっと変わった友人がいる。その友人のおかげで、私は小説のネタに困らずに済んでいるし、たまに私のおかげで事件を解決することもある。それは事実よ」


 私がそう言うと、神島礼子は――私を(にら)んだ。


「あら、そう。それで、その探偵さんはどこにいるのよ?」


 彼女の質問に答えたのは――探偵本人だった。


「探偵って、僕のことか? 僕は、ここにいるけど、それがどうしたんだ? 神島礼子さん」


 大渡達哉は、芦屋浜の防波堤に立っていた。


 彼は話す。


「とりあえず、間に合って良かった。イチかバチかと考えていたが、とりあえずイチだったようだな」


 探偵のお出ましによって、神島礼子は――激昂した。


「もしかして……あなたたちは、私をハメるためにこんなことをしたの! 許さないわ! みんな、死んでしまえッ!」


 彼女がそう言った瞬間、確かに首が締まっていく感覚を覚えたが、意識を失うすんでのところで、頬を叩く音が聞こえた。――パチンッ!


「――あなたはまだ死ぬべき人間じゃない。ただ、あなたがやってきたことは、凶悪犯のソレと同じだ。だからこそ、しっかりと反省するんだな」


 後ろで、パトカーのサイレンが鳴り響いている。――ああ、彼女は逮捕されるんだな。


 宿南刑事が彼女に駆け寄り、腕に手錠をかけた。


「神島礼子さん、あなたを殺人の容疑で逮捕します。――まあ、あなたがやってきたことを考えると極刑は避けられないでしょうが」


「極刑ってことは……私、死ねるんでしょうか?」


「それは、あなたに対する判決次第だ。――でも、『死刑』は気軽に下して良い判決じゃない。それだけはわきまえてほしいんだ」


「わ、分かりました……」


 彼女は俯きながら、パトカーの中へと入っていった。パトカーは警察署に向かって発進していき、私の前から消えていった。


 当然だけど、芦屋浜には私と大渡達哉だけが残された。――私は話す。


「達哉くん、どうしてここが分かったのよ?」


 私の質問に、彼は答えていく。


「ああ、宿南刑事からの伝言だ。監視カメラの解析データで、女性が『神島礼子だ』って分かったからな。そして、『芦屋浜の監視カメラに彼女が映っている』ということを受けて、僕は先手を打つべく芦屋浜へと向かったんだ。――まあ、結果オーライだったが、彩花ちゃんが芦屋浜にいたことは完全に想定外だったよ」


 彼にとって、私の存在は想定外だったのか。


「そう? でも、私がいなければこの事件は解決しなかった。それは事実よね?」


「ああ、事実だな。――今回に関しては、君が『怪異の解体』を行ったことになるな。まあ、たまにはこういうことがあってもいいだろう」


 本来、「怪異の解体」を行うべき人間よりも、私の方が怪異の解体を行ってしまった。大渡達哉という解体人から見れば、そうなってしまうのか。


 そんなことを思いながら、私は話す。


「そうね。――それで、これからどうするのよ?」


 私の質問に、彼は答えていく。


「僕? 僕は家に帰らせてもらう。正直言って、今回の事件は疲れたからな」


「そっか。――じゃあ、私も家に帰ろうかしら?」


「そうだな。それじゃあ、僕はこれで」


 そう言って、彼は踵を返した。――闇夜の海岸には、私だけが独り残された。


 晩秋の夜風というモノは、正直言って心地良いとは感じない。むしろ、浜風も相まって寒いと感じるぐらいである。


「――へっくしょん!」


 あまりの寒さに、私はくしゃみをしてしまった。――ふと、海の方を見るとオーロラのように青白く光っていた。夜光虫である。


 夜光虫は初夏から9月ぐらいまで見られると言うが、最近は地球温暖化による気温上昇の影響でこの時期でも普通に見られる。環境のことを考えたらあまり良くはないと思いつつ、私はその幻想的な風景を見ていた。


 もう少しだけ、ここにいてもいいかな。

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