Phase 02 青白い光
「――なるほど。『カシマさん』という足のない幽霊がいて、その幽霊を見ると命を落とすという都市伝説があるのか。そして、青白い光は……『チェレンコフ光』だと考えているのか」
私が2つの事例について説明したところで、宿南刑事はうなずいていた。
チェレンコフ光といえば、核反応が発生する時に発生する青白い光のことで、まさしく「見たら死ぬ光」であると言われている。原子力発電所の貯蔵プールで青白い光が発生しているのをよく見るが、それは核反応が起きている証拠であり、最悪の場合被爆する可能性もあり得る。
とはいえ、実際に一般人がチェレンコフ光による閃光を肉眼で見られるかと言えばそうでもなく、そもそもの話「見たら死ぬ」ので、青白い光を見ること自体があり得ない話である。
そんな青白い光が、事件現場で相次いで目撃されている。――どう考えてもチェレンコフ光が発生しているとしか思えない。私はそう考えていた。
私がチェレンコフ光について話したところで、大渡達哉も話に加わる。
「ここは、彩花ちゃんの言うとおりだな。確かに、事件現場で『青白い光』が発生した後に遺体が見つかったとしたら、それはチェレンコフ光による被爆だと考えられる。――まあ、犯人がどうやって放射性物質を入手したかまでは考えていないが」
彼の話に対して、私はある「考え」を述べた。
「放射性物質をブラックマーケット以外で入手するとしたら……やっぱり、アイソトープかしら? 医療現場でも使われているし」
私の「考え」に対して、彼は納得していく。やはり、理系同士だと話が早い。
「なるほど。そうなると、この事件の犯人は医療従事者だろうか? それならアイソトープを利用してチェレンコフ光を発生させることもできるからな」
「そうね。一応、犯人は看護師だと思っておいた方がいいかもしれないわ」
アイソトープはいわゆる「同位体」と呼ばれるモノであり、ウランやラジウムといった自然の放射性物質の中に含まれているし、蛍光灯を照らすために使われるグロー球の中にもそれは含まれている。もちろん、暗い中で光を放つ蛍光塗料の中にも……。
そもそもの話、ラジウムは時計の針を暗闇で光らせるために使われていたが、かつてはラジウムによる時計職人の被爆が相次いでいた。もちろん、今はラジウムより被爆のリスクが低いトリチウムや、放射性物質が使われておらず、安全な蛍光塗料である「ルミノバ」と呼ばれるモノが使われている。
ちなみに、同じ蛍光塗料である「蛍光ペン」に放射性物質は含まれておらず、あくまでもペンで引いた線を紫外線で光るように見せているだけである。
――ああ、話がそれてしまった。私は同命社大学の理工学部を卒業しているので、ついついこういうモノになるとうんちくが弾んでしまう。
*
「とにかく、そのアイソトープとやらを利用して青白い光を発生させたと言いたいのか」
宿南刑事がそう言うので、私はうなずきながら答えた。
「そうよ。何らかのカタチでアイソトープを光らせた。それが青白い光の正体だと思うわ」
「分かった。――念のために、遺体にガイガーカウンターをかざした方が良いかもしれないな」
宿南刑事が言いたいことは、分かっている。
「そうね。犯人は被爆したことによって命を落とした可能性も考えられるし」
それにしても、この事例……まるで京極夏彦の『鵼の碑』じゃないか。いや、狙ったつもりはないんだろうけど、どうしてもそういう風に見てしまう。――あまり良くはない。
私は『鵼の碑』のことを一旦頭の片隅に起きつつ、改めて「カシマさん」の祟りについて考えていくことにした。
犯人が「カシマさん」という幽霊だと仮定して、片岡美月にしろ神木美波にしろ足を切断された状態で殺害されている。今のフェーズで考えられる答えは、やはり「光を見たから死んだこと」だろうか。見てはいけない光を見てしまったからナチス軍がドロドロに溶けた『失われた聖櫃』じゃないけど、その光を見てしまったから必然的に被害者は命を落とした。まあ、そんなところだろう。
他に考えられる可能性があるとすれば、『メン・イン・ブラック』に登場するニューラライザーだろうか。アレも光で対象者の記憶を奪う性質がある。
まあ、『メン・イン・ブラック』は本来見てはいけない宇宙人を見てしまったことでウィル・スミスとトミー・リー・ジョーンズが演じる黒服のエージェントからニューラライザーによって「なかったこと」にされるのだけれど。――正直、リブート版である『インターナショナル』はこっちが「なかったこと」にしたいレベルである。
――コホン。とにかく、何らかのカタチで発生した強力な光によって被害者の視覚を奪い、そのスキに殺害したとすれば矛盾はない。私はそう考えた。
それからしばらくして、鑑識がこちらに駆け寄ってきた。恐らく、ガイガーカウンターによる検査が終わったのだろう。
「宿南刑事、遺体に対してガイガーカウンターをかざしましたが……遺体からは、自然上で検出される放射線量しか検出されませんでした」
鑑識はそう言った。――被害者は被爆した訳ではないのか。私は頭を抱えた。
しかし、鑑識が話を続けたことによって、事態は思わぬ方向へと向かった。
「ですが、遺体にはかすかに『ペンキのようなモノ』が付着していました。ペンキの色は青というか……水色で、こちらで成分の方を調べたいと思います」
鑑識の話は、一通り終わった。――宿南刑事が話す。
「ご苦労だった。――それにしても、水色のペンキか。犯人はどういう意図があって遺体に対してペンキを付着させたのだろうか?」
宿南刑事の話について、私は思うことがあった。
「ペンキねぇ……。もしかしたら、『青白い光』と何か因果関係があるのかも」
「そこは彩花ちゃんの言うとおりかもしれないな。――神木美波の遺体は、もう少し鑑識と監察医の方で調べていこうと思う」
そう言って、宿南刑事は事件現場から引き上げた。
*
アパートに戻ると――どういう訳か大渡達哉も付いてきた。
彼は話す。
「すまない。一連の事件について色々と思うことがあったから、彩花ちゃんの家で話がしたいと思ったんだ」
仕方ないと思いつつ、私は彼の話を聞いていた。
「まあ、良いけどさ。――それで、どういう話なのよ?」
「さっき、宿南刑事が言っていた『水色のペンキ』について、僕は思うことがあるんだ」
「思うこと? 一体、何なのよ?」
私の疑問に、彼は指を組ませながら答える。
「これは僕の仮説だけど、犯人は遺体に対して水色のペンキを付着させることによって『青白い光』を発生させたんじゃないかって思ったんだ。まあ、僕の話は話半分で聞いてもらったら良いけど」
確かに、それは一理あるかもしれない。私はそう思った。
それから、彼は勝手に私の冷蔵庫を物色して、レモンチューハイを取り出した。――これは、泊まる気だろうか。
呆れつつ、私は話す。
「どうしてレモンチューハイがそこに入ってるって知ってたのよ?」
私の質問に、彼は答えていく。
「ああ、彩花ちゃんの好物ぐらい把握済みだし、僕も僕で今日は君の家に泊まらせてもらおうと思ったんだ」
「どうしてよ?」
「最近の彩花ちゃん、少し元気がなかったからな、ちょっと様子を見に行こうと思っていたんだ。――もっとも、『カシマさん』のせいで必然的に家の様子を見に行くことになってしまったが」
彼は、チューハイを飲みながらそう話した。
まあ、私が最近メンタルを崩していたのは事実だし、ここは彼の言葉に甘えさせてもらうことにしようか。私はそう思った。
彼が考え事をしている間に、私はシャワーを浴びる。さっき浴びたところだけど、外に出てしまった以上仕方がない。
私がシャワーを浴び終わったところで、彼は京極夏彦の『鵼の碑』を読んでいた。――いくら今回の事件と関係があるかもしれないとはいえ、そのセレクトはどうなんだろうか。
私は話す。
「やっぱり、気になるの? 『鵼の碑』のこと」
「ああ、気になるんだ。流石にそこまでぶっ飛んだ話じゃないと思うが、今回の事件に関して僕も『鵼の碑』とソックリだって思ったからな」
「うーん、確かに『何かが青白く光る』という点では同じだし、放射性物質が事件に絡んでるって点も似てるわね……」
私がそう言うと、頭の中で豆電球が点灯した。「ロマンシングなクソゲー」における技のひらめきと同じである。
私は、豆電球が点灯している間にひらめきを彼に話した。
「これは私の仮説だけどさ、犯人は『放射性物質じゃない発光体』を使って遺体を青白く光らせたんじゃないかって思って。ほら、ホタルイカは体の中に発光体を持っていて、その発光体は青白く光る訳じゃない。もしかしたら、犯人はホタルイカから発光体を抽出して、それを遺体に塗りつけたとか……」
しかし、私の考えは間違っていたようだ。――彼は話す。
「確かに、ホタルイカは文字通り体の中に発光体を持っていて、自らを光らせているが……それは生きている状態での話であって、スーパーで売られている調理済みのホタルイカは光っていない。仮にそんなことがあったら、大パニックになるだろう?」
ああ、確かにそうだ。スーパーで売られているホタルイカはすでに加工済みの状態だから、光っているはずがない。私はその考えをあっけなく捨てることになってしまった。
とはいえ、海ではホタルイカのように「自ら光を放つ生物」が多数いる。もしかしたら、犯人はその生物からエキスを抽出して、何らかのカタチで発光させたのか。なんとなく、私はその可能性を考えることにした。
*
翌日。――結局、大渡達哉は私の家に泊まった。やれやれと思いつつ2人分の食パンを焼いて、2人分の目玉焼きも焼いた。
「ところで、達哉くんはソース派? それとも醤油派?」
私は彼に目玉焼きの味を尋ねた。――彼は話す。
「僕はソース派だ。――わざわざすまないな。こういうモノが口論の火種になるからな」
ちなみに私はソースじゃなければ醤油でもなく塩派なので、目玉焼きには塩を振った。
朝食を食べながら、私は事件について話す。
「まあ、昨日は放射性物質による発光から海洋生物の発光へと話を切り替えたけどさ、あのペンキの成分を調べて見ないと詳しいことは分からないわね」
「ああ、そうだな。恐らく監察医が遺体に付着していた塗料について調べているんだろうけど、そろそろ塗料の検査結果が出る頃だな。――ガイガーカウンターでの検査によって、『放射性物質じゃない』って分かっただけでも良いんだろうけど」
「そうね。遺体に付着してた塗料が放射性物質だったら、放射能汚染は避けられない状態だし」
とても朝食を食べながらする話ではないと思いつつ話をしていると、大渡達哉のスマホが鳴った。恐らく、宿南刑事からのメッセージだろう。
彼は、スマホのロックを解除してメッセージを読んでいく。
「えーっと……どうやら、遺体の付着物について検査が終わったらしい」
「終わったのね。――それで、検査結果はどうだったの?」
私の質問に、彼は答えていく。
「それが、妙なんだ。遺体に付着していた塗料を調べたところ、海洋性プランクトンの死骸が検出されたんだ。それがどういうことを示すかは分からないが、恐らくそれが事件現場で目撃された『青白い光』の正体なんだろう」
海洋性プランクトンによる光……。私は、そのことについてなんとなく思うことがあった。
「もしかして、それって『夜光虫』なんじゃないのかな?」
「夜光虫? ああ、たまに『海で青白く光っているモノ』か。日本中の海で見られるプランクトンの一種で、刺激を与えることによって発光体から光を発するとされているな」
「そうね。私も眠れなくなった時に芦屋浜の方へと散歩することがあるけど、たまに『青白い光』を目撃することがあるわ。その『青白い光』の正体こそが夜光虫で、中々幻想的な風景なのよ」
「ということは、犯人は遺体に夜光虫を塗って、青白く光らせたのか?」
「多分、そうだと思う。――昨日の検死って、夜だったから、監察医も水色の塗料を見て『ペンキ』だと勘違いしたんでしょう。でも、世の中で流通している蛍光塗料は『紫外線で光る』という性質の関係上、黄色かピンク色しか流通していない。一応、緑色や青色の蛍光ペンもあるけど、黄色やピンク色に比べたらあまり『光っている』と感じないのが実情なのよ」
私がそこまで話したところで、彼はうなずいていた。
「なるほど。――これで『青白い光』に関する疑問は解決したな。後は犯人だけか」
「そうね。これ以上『カシマさん』による被害が出ないことを祈るばかりだけど……その『カシマさん』に対する見当が付かないのよね」
「うーん……僕も犯人に対する見当が付いていないな。まあ、そこは追々考えていくよ」
「それはありがたいわね。――仮に、達哉くんの勤め先に犯人がいたとしたら、どうする?」
「いくら何でも、それはないだろう。確かに、僕の勤務先はそういう理系の人間が多いけど、僕はあくまでもシステムエンジニアだ。そんな理化学に長けた人間はいないはずだ」
「そっか。――まあ、いいけど」
それから、大渡達哉は私の考えに対して思うことがあったのか「続きは僕の家で考えさせてほしい」と言って帰って行った。
結局、アパートの部屋には私だけが残されることになったが……これでいいのだろうか? 私はため息を吐いた。
とはいえ、やはり「カシマさん」の正体は気になる。ネット上では「怨霊説」とか「肉片説」とか色々言われているけど、やはりどの伝承でも「足のない幽霊」だということは共通している。幽霊は足がないから当然だろうか。――いや、「貞子」はテレビの画面から走りながら這い出ていたな。足がないと無理だろう。
*
数時間後。スマホが短く鳴った。――一体、何なんだ。
私がスマホのロックを解除すると、どうやらメッセージが来ていたらしい。メッセージの送り主は古谷桃子だった。
――都築さん、達哉くんから話は聞いたわ。
――港南大学のキャンパスで「カシマさん」に関連した事件が発生して、その事件で使われてた塗料が海洋性プランクトンによるモノなんじゃないかっていう話だよね。
――港南大学ってことで、私が住んでいる場所からはそう遠く離れてないから……近所でもかなり騒ぎになってたの。
――もちろん、私は無実よ? 事件発生時は入浴中だったし。そもそも、私が「カシマさん」な訳がないじゃない。
――多分、犯人は「相当な変態」なんだと思う。あれだけ無差別に人を狙ってると、そう思わざるを得ないよ。
確かに、狙われたのはどちらも女性で、年齢も職業もバラバラである。ということは、この事件の犯人は古谷桃子が言うとおりの「変態野郎」なんだろうか? 犯人は何らかのカタチで被害者との接触機会を得て、そして殺害した。接触機会こそ分からないけど、多分……意外と身近なモノかもしれない。私はそう思った。
――確かに、桃子ちゃんの言うとおりかもしれないわね。犯人は相当な変態野郎だと思う。
――とは言ってみたものの、「カシマさん」は女性の幽霊として口承されているから、男性が犯人とは限らないけどさ。
私が彼女にそうやってメッセージを送ると、既読はすぐに付いた。そして、返信が送られてきた。
――そうね。男性が犯人とは限らないよね。勝手な決めつけは良くなかったわ。
――まあ、私も事件について思うことはじゃんじゃんメッセージを送っていくからさ。
古谷桃子は乗り気である。――私に感化されたのだろうか。
とりあえず、私は「親指を立てたキャラのスタンプ」を彼女に送信しておいた。まあ、これで分かるだろう。
それから、私はなんとなく「本当のカシマさん」について調べていくことにした。私が彼女(?)について知っている情報は「犯された娼婦の幽霊」と言った感じだが、実際にそうとは限らない。
事実をこの目で見ない限り、本当のことは誰にも分からない。だからこそ、私は「そこにある事実」を確かめるために……最初に「カシマさん」に関する口承が残された加古川へと向かうことにした。
――こういうとき、対象物って都合が良い場所に都合良く配置されているんだな。
一太郎って「鵼」が変換できないんですね……。




