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【完結】怪異解体奇譚  作者: 卯月 絢華
Chapter 01 メビウスの匣
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Prologue 私は売れない小説家

 私が敬愛する小説家が生み出したとある古書肆(こしょし)()き物落としはことあるごとに「この世には不思議なものなど何もない」と言っていた。

 確かに、私たちが「不思議」だと思っていることの大半は何らかのカタチでメッキが剥がれていき、最終的には「不思議でも何でもないモノ」になってしまう。それこそが「不思議の解体」であり、最近遊んだテレビゲームでもそういう「不思議」を「解体」していた。

 とはいえ、現代社会においても結局好まれるのは「不思議なモノ」であり、私自身も小説家としてそういう話を書いている。

 そもそも、私が主力として執筆しているのはミステリなので、「不思議」や「怪異」を生み出すことが仕事と言っても過言ではない。中学生の時に読んでいた敬愛する小説家のシリーズは「百鬼夜行」なんて呼ばれていて、その中に『魍魎(もうりょう)(はこ)』というタイトルの小説があった。魍魎は妖怪の(たぐい)であり、言ってしまえばまさしく怪異である。――まあ、その小説家のおかげで私は「小説家になってやる」という夢を持ったのだけれど。



「――都築先生、新作小説の進捗状況はいかがでしょうか?」

 私の担当者が、ダイナブックの画面越しに話す。その答えは、言うまでもない。

「うーん、あまり良くないですね……。私としては努力している方なんですけど」

 私がそう言うと、担当者はねぎらいの言葉をかけてくれた。

「そうですか。――まあ、あまり無理はなさらないようにしてください」

「そう言ってくれるの、藤倉さんぐらいですよ。ネット上では『都築先生の新作はまだか』と言われてますから……」

「アハハ。――私だって京極先生の百鬼夜行シリーズの新作を17年も待ったぐらいですから、筆が早い都築先生なら新作小説なんてすぐに出来上がると思いますよ」

「確かに、それはそうかもしれないですね……。それじゃあ、私はこれで」

 そう言って、私はビデオチャットの終話ボタンをクリックした。ダイナブックの画面には、自分の醜い顔だけが残された。――私は、その醜い顔を見て深くため息を吐いた。

 都築亜弥華(つづきあやか)。それが私の小説家としてのペンネームである。もちろん、それは「偽りの名前」であり、本名は――どうでもいい。ここでする話ではない。

 そして、さっきまでビデオチャットという名の打ち合わせを行っていた相手が――溝淡社の藤倉仁美(ふじくらひとみ)という女性である。彼女は私の大学時代にミステリ研究会経由で頒布した同人誌に目を付けて、わざわざ大学まで電話をかけてきて「この女性をウチでデビューさせたい」と言ってきた。その頃の私はというと、就活が上手くいかずニート生活の危機に陥っていた。そんな窮地を救ったのが彼女であり、私はそのまま溝淡社の文芸第三出版部から商業デビューすることになった。多分、彼女がいなければ私はとうの昔にこの世にいないと思う。

 しかし、小説を書いたところで売れなければ意味がない。デビューした頃――およそ10年前は「現役大学生作家」という話題性もあってそれなりに売れていたが、最近では全くもって売れていない状態だった。あまりにも売れないので、私はすっかりメンタルを壊してしまい、最近ではベッドに伏せることが多くなっていた。

 それでも、「都築先生の小説が読みたい」という一部のマニアによる声は大きい。――むしろ、そういうマニアによる声が私のメンタルをジワジワと苦しめているのだけれど。

 私が最後に小説を書いたのは今から1年前の冬頃だっただろうか。その頃の私のメンタルは「今よりもまだマシ」と言った具合で、原稿も3ヶ月程度で書き上げた。藤倉仁美曰く「呪いの力で戦うバトル漫画に引っ張られている」という指摘を受けていたが、その頃にハマっていた漫画が「呪いの力で戦うバトル漫画」だったから仕方がないだろう。ちなみに、今ハマっている漫画は「宇宙人を信じる男の子と霊媒師の女の子が繰り広げる下品なラブコメバトル漫画」なので大体似たようなモノかもしれない。というか、それって――昔、二階堂黎人や島田荘司、そして京極夏彦が書いていた「怪奇小説」の類だと思う。私自身が学生時代にそういう類のノベルスを読んでいたから、痛いほどよく分かる。

 とはいえ、結局私が小説を出したところで「京極夏彦のパクリ」でしかないし、私に京極夏彦を超えるようなモノを書けるかと思えば――書けない。私はそんな大それたモノなんかじゃないのである。それなら、いっそのこと、このまま「小説家」という看板を降ろして一般人として生きていくべきなんだろうか? 私はそのことに悩んでいた。

 ふと、私は鏡を見つめる。そこには間違いなく「私の顔」が映っていた。私は30代中盤の割には童顔で、今でも知り合いから学生に間違えられることがある。そして、執筆作業をするときの必須アイテムとなっている赤い縁の眼鏡をかければその辺の苦学生でしかない。そういう自分の顔を見て、私は――鼻であしらった。

 それにしても、私の部屋は「女子力」とは無縁の部屋である。鏡は本棚の上に置かれていて、両サイドにはロボットアニメのプラモデルとアメコミキャラのフィギュアが置かれている。

 本棚は京極夏彦と二階堂黎人の分厚いノベルスがギッシリと詰まっていて、相対的に舞城王太郎と島田荘司のノベルスが薄く見える。母親からは「そろそろ結婚を考えた方が良い」と言われているけど、こんな部屋じゃ嫁の貰い手はないだろう。――まあ、この歳でも結婚する気は1ミリもないのだけれど。

 私はそんな本棚のノベルス群から適当に『魍魎の匣』を取り出した。『魍魎の匣』は京極夏彦の名を世に知らしめた名作であり、今でも「京極夏彦といえば魍魎の匣」と語られることが多い。

 ノベルスは擦れるほど読んでいるが故にボロボロで、すっかりくたびれていた。そもそも、私が京極夏彦を好きになったきっかけは親が読んでいたノベルスを学校に持って行ったことであり、中学生の頃はその分厚さで周りをドン引きさせてしまったこともある。――確か、携帯小説とかいう薄っぺらい文化が流行っていた頃だから、私が持ってくる京極夏彦のノベルスは「異質なモノ」に見えたのだろう。

 そんな私の読書事情に対して若干ドン引きしつつもそれを受け入れていたのが「西口沙織(にしぐちさおり)」という中学生の頃の同級生だった。彼女は何かと私と趣味が合っていて、読書の時間に江戸川乱歩の『少年探偵団』が出版社違いでブッキングしたり、「好きなアーティストは?」という質問に対して即答したら彼女も同じ答えを返してきたりしたことがあった。というのも、好きなアーティストは両者ともに「hitomi」と「ドゥ・アズ・インフィニティ」だった。この2組は戦国時代にタイムスリップした女子高生が犬の妖怪とともに悪い妖怪に立ち向かっていく伝奇アニメの主題歌を手がけていたので、私は彼女に対して「どうせそのアニメがきっかけのファンだろう」と思っていたが、どうやらそれ以前からのファンだったらしく、そのことを聞いたときは思わず彼女とハイタッチをしそうになった。――私も、アニメの主題歌を手がける以前から2組のファンだったから当然だ。

 そして、西口沙織との付き合いは今でも続いていて、互いにスマホで連絡を取り合っている。地元を捨てて京都の大学に進学して、卒業後に芦屋(あしや)へ引っ越した私と違って、彼女は大学卒業後に地元へと戻ったらしいけど――噂をすればなんとやら、彼女からのメッセージがスマホに入っていた。

 私は、彼女からのメッセージを読むことにした。


 ――ツヅキン、元気? アタシはそれなり。別に「アンタの顔が見たい」とかそういう理由でメッセージを入れた訳じゃないから。

 ――アンタのスマホにメッセージを入れたのはちゃんとした理由があってね。

 ――中学生の頃、通学路に古びた屋敷があったことは覚えてる? ほら、「今でも崩れそうなあの屋敷」のこと。

 ――最近、その屋敷を取り壊して跡地に新しいアパートを建設するって話になったんだけど、どうもオーナーと思しき人が反対してんのよね。

 ――なんでも、オーナー曰く「あの屋敷には『どうしても守らないといけない箱』があって、屋敷を取り壊すと祟られる」って言ってたのよね。

 ――アタシ、そのことについてなんとなく見当付いてんのよね。

 ――ほら、2年生の夏休みの時に屋敷の中で見たモジャモジャのマネキン。アタシは取り壊しの反対についてアレが関係してんじゃないのかなって思って。

 ――そうだ、せっかくだし……ツヅキン、豊岡に帰ってこない? アタシは歓迎するからさ。

 急にそんなこと言われても、私は困惑するしかない。とはいえ、小説の執筆に行き詰まっている以上、敢えて地元に帰るという選択肢もアリかもしれない。そう考えた私は、彼女のスマホに返信した。

 ――確かに、その屋敷……小説のネタにはなるかもしれないわね。ちょうどお盆だし、そっちに向かおうかな?


 既読が付いた後、メッセージに対する返信は即座に送られてきた。


 ――そうと決まれば、帰って来なくっちゃね!

 ――明日にでも、帰ってくる?


 当たり前だ。そう思った私は西口沙織に「もちろん」とメッセージを送信した。彼女は、そのメッセージに対して「親指を立てたキャラのスタンプ」で返信してきた。――仕方ないな。

 スマホの時計を見ると、時刻は日付変更線を越えようとしていた。明日のことを考えた私は、ダイナブックの電源をシャットダウンして、睡眠導入剤を白湯で流し込んだ。普段から不眠症に悩まされていた私だったけど、その日はよく眠れた。



 翌日、6時30分ちょうどに鳴るスマホのアラームでその意識を覚醒させた私は、顔を洗ってパジャマから適当なTシャツに着替えた。――豊岡の8月って、かなり蒸し暑かったよな。

 私はスマホと財布、そしてダイナブックだけをカバンに詰めてライムグリーンのバイクにまたがった。これだけあれば、十分だろう。

 そんなことを考えながらバイクのギアを入れた私は、芦屋から豊岡へと向かうことにした。


 もちろん、このときは西口沙織の話を「眉唾程度の噂」だと考えていたし、まさかここまで闇が深いモノだとは思ってもいなかった。

 ――まあ、この事件のおかげで、私は「持論の重要性」について深く考えされられたのだけれど。

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