9 飛行機
羽田空港から高知空港までは2時間足らずで到着した。到着ゲートを出ながら、高知駅までの経路をスマホで確認している逢坂の隣で、
「いや~思ったよりすんなり来れましたね、高知! 飛行機ってやっぱ速いんですね!」
と笑う穂浪は、任務中とは思えない能天気ぶりだ。恐れ入る。
「俺、四国に来るの初めてです! あれ? 高知って四国であってます?」
「あってます」
「高知といえば坂本龍馬ですよね! どげんかせんといかんって!」
「それ違う人です」
高知駅から30分程電車を乗り継ぎ、スマホのマップを頼りに目的地に着いたのは、お昼を少し過ぎた頃だった。
伊佐木の自宅は木造建ての平屋で、格式高そうな日本家屋だった。しかし、縁側に面した中庭はあまり手入れが行き届いておらず、雑草が縦横無尽に生えている。それを掻き分けるようにして伸びている石畳を辿って行くと、玄関に繋がっていた。
「穂浪さん、飛行機の中で確認した作戦、覚えてます?」
「はい。まず自己紹介して、事情を説明する」
「先方が乗り気じゃなかった場合は?」
「とりあえず引き上げて、日を改める」
「では、インターフォンを」
「はい!」
穂浪が砂埃まみれのインターフォンを押す。すると、家の中からビーッというチャイムが聞こえてきた。しかし、いくら待っても玄関の引き戸は開かない。
「御免くださーい!」
穂浪が呼びかけてみたが、家の中は静まり返っている。人の気配はない。
「お留守みたいですね」
逢坂が言うと、
「不在時の作戦、考えてませんでした……」
どうしよう……という顔で穂浪は逢坂を見つめた。「少し待たせてもらいましょう」と提案し、逢坂は玄関前の段差に腰を下ろした。穂浪も隣に腰掛けた。
「お腹空きましたねぇ……」
ぼんやりと空を見上げながら、穂浪が呟く。
「そうですね。一段落したら、どこかでお昼食べましょうか」
「逢坂さん、何食べたいですか?」
「やっぱり、高知といったらカツオのたたきですかね」
「あ、いいですね」
ニパッと穂浪が笑い、逢坂が「でも、まずは任務です」と現実的なことを言った後、会話は一度途切れた。
「……今回の任務について、久我さんは何て言ってるんですか?」
風にそよぐ雑草を眺めながら、穂浪が何気なく尋ねた。
「なんでそんなこと訊くんですか?」
風になびいた髪を手で押さえながら、逢坂は質問し返す。
「地球外生命体に対して、防衛のみだった体制から攻撃も視野に入れる流れになってます。それって、久我さんの計画とは逆行してるじゃないですか」
久我は地球外生命体との交戦交渉を行い、地球を防衛するという計画を秘密裏に立てていた。
任務に出掛ける前日、いつもの如く正午に食堂へ連行された逢坂は、久我に、穂浪と同じ質問をしていた。それに対し、久我はサバの味噌煮を突きながら、
「俺が計画していた交戦交渉は、『そっちがその気ならこっちだってやってやるぜ』戦法だ。地球側は、あくまで強気な姿勢でいる必要がある。地球外生命体の透明化や瞬間移動など様々な能力が明らかとなった今、防戦一方では地球を守り切れない」
と返した。
「だけど……争いからは何も生まれないわよ」
「牧下総司令も言ってただろ。攻撃と一口に言ったって、ただの牽制だ。『そっちがその気ならこっちだってやってやるぜ』ってことは、地球外生命体と人間の攻撃力が同等でなければならない。真剣構えた大人が、木の棒構えた子どもを脅威と感じるか?」
「それは確かにそうだけど……」
「それに、ポロム長老は地球防衛に関して協力的だ。ポロムが地球に攻めてくるとは現状考えにくい。俺たちが考えるべきは、元連合長が地球を襲ってきた場合の対処だ。奴の目的が見えない今、何をしてくるかも分からない。地球の防御をポロム連合が担ってくれている今だからこそ、地球は攻撃力の強化に専念すべきだ。結果的に防御力の強化にも繋がるからな」