8 戦闘機
久我の問いに、牧下総司令はすぐには答えなかった。悩ましげに俯いた後、やっと顔を上げ、
「殺傷目的ではなく、牽制のための攻撃力は保持しておくべきです。拳を振り上げる《《ポーズ》》は防衛に繋がります」
「攻撃は最大の防御だと?」
久我が確かめるように尋ねると、牧下総司令は首を横に振った。
「攻撃を積極的に行使せずとも、地球にも戦闘力があると知らしめるだけで良いのです」
「どうやって知らしめるのですか?」
「ブループロテクトを使います。あれはもともと攻撃機です」
「えっ!? ブループロテクトって攻撃もできるんですか!?」
室長補佐と総司令官の会話に割って入った現役パイロットを、逢坂は「高専のとき、歴史の授業で習うはずなんだけどな……」と思いながら見つめた。
「まったく……あなたが学生の頃には防御のみの地球防衛に切り替わっていましたけど、パイロットとして知っておくべきことですよ」
呆れたようにため息を吐く牧下総司令に、「ごめんなさい……」と穂浪はしょんぼりした。
「一昔前、まだブループロテクトが攻撃機として活躍していた頃のパイロットは、攻撃方法についてよく知っているはずです。ね、佐伯?」
と、牧下に目配せされ、佐伯は《《一昔前》》という言葉が引っかかりながらも、「はい」と頷いた。佐伯の傷心を気にも留めず、牧下は話を続ける。
「今瀬相談役は現役パイロットだった頃、ブループロテクトによる攻撃をもって、地球防衛に貢献していました。それも、かなりの腕前でした。本来なら、今瀬相談役にブループロテクトの攻撃方法についてご教授願いたかったのですが……」
「なるほど」
と頷いた久我を、牧下総司令は急に見やった。
「というわけで、久我室長補佐。あなたへの任務は、FPLと機体操縦室合同の講習会の手配です。内容は、ブループロテクトによる攻撃方法について」
「え? 俺ですか?」
突然、任務を命ぜられ、さすがの久我も思わず聞き返した。しかし、慌ててゴホンと咳払いをして誤魔化し、
「講習会ということは、講師はどなたに?」
と仰々しく尋ねた。
「佐伯さんが適任じゃないですか?」
穂浪の提案に、全員が佐伯二等空佐を振り返った。しかし、佐伯は首を横に振る。
「私も多少の戦闘経験はありますが、前線で指揮を執る頃には防衛のみに切り替わっていました。講師を務めるほどの力量はありません」
「講師候補は、私の方で選出しています。……穂浪三等空曹」
「えっ!? お、俺!? 俺に講師なんてムリですよっ!」
「何を当たり前のことを言っているのです。あなたに頼みたい任務があるのですよ」
「任務? でも、俺、肩こんなだし……」
と、穂浪はアームホルダ―で吊っている左肩を見せた。操縦桿を握るどころか、狭いコックピットに乗り込むことすら難儀だろう。
「肩がそんなだから頼むのです。あなたのことだから、任務も訓練もできない毎日に、そろそろ嫌気が差している頃でしょう。リハビリがてら調度良い運動になるわ」
そう言いながら、牧下総司令はデスクの引き出しを開け、一枚の書類を取り出した。
「あなたへの任務は、この方を局に呼び戻すことです」
穂浪に差し出された書類は、写真付きの局員名簿だった。局員名簿とは、簡単なプロフィール、所属や実績などの略歴がまとめられた履歴書のようなものだ。その局員名簿の氏名の欄には、伊佐木空彦と記されている。
「誰ですか、これ?」
穂浪が首を傾げたとき、横から覗き込んだ逢坂が、
「伊佐木キャプテン!?」
と、写真を見るなり声を上げた。思わず大きな声が出たことに自分でも驚き、逢坂は「すみませんっ……」と慌てて口元を押さえた。
「逢坂さん、知ってるんですか?」
「し、知ってるも何も……歴代最強と謳われた伝説のパイロットですよっ! 穂浪さん、知らないんですかっ?」
声を抑えられても興奮は抑え切れないというように、逢坂の目は爛々と輝やいている。
「じゃぁ俺は、この伊佐木キャプテンに講師を依頼すればいいんですか?」
「くれぐれも失礼のないように、頼みましたよ」
「お任せください!」
自信満々に胸を叩く穂浪を、佐伯と久我と逢坂は「本当に大丈夫か……?」と見つめた。
「さて、逢坂研究員。あなたへの任務は、任務中の穂浪三等空曹の補助・監督です」
「えぇ!?」
総司令官からの突然のご指名に、逢坂はまた大きな声を上げた。
「対アドマ戦での穂浪三等空曹の扱いを見込んで、あなたに託します」
「わーい! 逢坂さんと任務なんて嬉しいなぁ!」
「詳しい任務内容はこちらに書いてあります。何かあれば佐伯へ」
と、牧下総司令が逢坂に差し出したのは、出張命令書だった。そして、出張先を見て、逢坂はまた驚愕の声を上げた。
「高知!?」
出張場所の欄には、高知県高知市と書かれていた。