6 緊張感
総司令室の重厚な扉を前にして、逢坂は恐れおののいていた。何しろ、総司令室に来ることはおろか、総司令部の棟に足を踏み入れることすら、入局以降初めてのことだったからだ。
「緊張し過ぎだ」
隣で飄々としている久我が、呆れたようにため息を吐く。
「逆に訊くけど、なんでアンタは緊張しないのよ?」
「緊張してる暇があったら飯食って寝る」
久我が扉を軽くノックすると、中から「どうぞ」という声が聞こえてきた。「失礼いたします」と扉を押し開け、久我はスタスタと中に入って行く。置いて行かれそうになり、逢坂は慌てて久我の背中にくっつくように後を追った。一人になるのが不安になるくらい、総司令室にはピリついた静けさが漂っている。
久我の背中からそっと顔を覗かせると、窓辺に立つ女性の後ろ姿が見えた。その佇まいといったら、女の逢坂でも見惚れるほどの美しさだった。そのとき、久我がデスクの前で両足を揃えて立ち止まった。よそ見をしていたせいで、逢坂は久我の背中に顔面から衝突した。「ア痛ッ」と思わず声を上げた逢坂を、久我が振り返り、何してんだよと睨む。
「久しいわね、久我室長補佐」
透き通ったような声が総司令室にこだました。牧下総司令がくるりと振り返る。こんな近くで見るのは初めてだった。局の広報紙で見たときよりも遥かに美人に思える。
「総司令におかれましては、お元気そうで何よりです」
どうしてこの男はこんな美人を目の前にして、こうも平然としていられるんだ? と、相変わらず飄々としている久我を、逢坂は不思議に思った。
「そちらが?」
と、牧下総司令の視線が逢坂に向く。真っ直ぐに見つめられ、オーラのような威圧感に背筋が震えた。喉の奥がギュッとしまって、声が出ない。
「はい、FPLの逢坂です」
いつまでも名乗らない逢坂に痺れを切らしたのか、久我が代わりに紹介し、後ろに引っ込んでいる逢坂の背中をトンッと前に押し出した。久我の右隣に突き出され、逢坂は慌てて一礼する。
「対アドマ戦では、穂浪三等空曹がお世話になったわね」
背中を叩かれて詰まりが解消したからか、牧下総司令の言葉に驚いたからか、逢坂の口から、
「へ?」
と、間抜けな声が漏れた。
「自由奔放な彼の手綱を上手に捌いていたと聞きましたよ」
「い、いやぁ……」
「その手腕、今回も期待しています」
「え?」
牧下総司令の含みを持たせた発言に違和感を覚えた、そのとき、コンコンコン、と扉をノックする音が廊下の方から聞こえた。「どうぞ」と牧下総司令が告げると、扉がゆっくりと開いた。
「失礼いたします」
入って来たのは、佐伯二等空佐と、
「あれ? 逢坂さん、久我さん。こんなところで何してるんですか?」
緊張感なくこちらに手を振る穂浪だった。