4 相談役
地球外生命体専門対策局は、その名の通り、地球外生命体に関する対応を一任された国際機関である。総司令部、地球防衛部、研究部、情報伝達部、事務部の5つの部署に分けられ、それぞれに相談役と呼ばれる幹部が在籍している。現場に出向かない相談役は、冷静に事態を俯瞰し、現場に助言を与える役割を担う。特に、総司令部の相談役は、総司令官への提言も容認されているため、最終的な決定権は総司令官にあるものの、実質的な権力は相談役にある。総理大臣が古参の幹事長に歯向かえないのと似ている。
そんな総司令部の相談役である今瀬の辞職が正式に公表されたのは、局員全員にその噂が知れ渡った後だった。今瀬の取り巻きをしていた12名の幹部も同時に辞職し、新しく幹部に就任した人物の一覧が、昨日の室長会議の資料に掲載された。
早朝の静かなラボで、久我碧志は一人、その一覧を眺めていた。役職と氏名を照らし合わせ、新任幹部の顔ぶれを頭に浮かべる。
「はぁ……」
無意識にため息を吐きながら、椅子の背にだらりともたれたとき、背後に人の気配を感じた。振り返ると、私服姿の逢坂せつなが立っていた。じっとりとこちらを睨んでいる。
「人に徹夜すんなって言うくせに、自分がしてんじゃないの」
「徹夜はしてねぇ。早めに出勤しただけだ」
「早めって……今何時だと思ってんの? 6時よ?」
逢坂は呆れたように言いながら、給湯室へ向かって行った。その背中に「俺もコーヒー」と告げると、
「何時に来たの?」
という質問が飛んできた。
「ちょっと前だよ」
「ちょっとって?」
「ほんの1時間前」
「どこがちょっとよ」
「そっちこそ、なんでこんな時間に出勤してんだよ」
「来月の報告会の準備で忙しいの。どっかの誰かさんが私を担当者にしてくれたおかげでね」
逢坂の愚痴とコーヒーメーカーの音を遠くに聞きながら、久我は再び資料に目を落とした。辞職した幹部は13名なのに対し、資料に掲載されている新任幹部は12名。総司令部の相談役だけが明記されていない。
「難しい顔して、何見てんの?」
コーヒーの香りとともに、逢坂の声が近付いてきた。久我は資料を差し出す。
「これ、どう思う?」
逢坂はマグカップを久我のデスクに置いてから、資料を受け取った。逢坂が目を通している間、久我はコーヒーを啜る。
「……総司令部の相談役が誰になるか、気がかりなの?」
久我が言わんとしていることを言い当てながら、逢坂は資料を持ち主に返した。
「今瀬相談役は、地球外生命体を根絶やしにしなければ地球に安寧はないって思想の筆頭だった。辞職した12名の幹部もその一味だろう」
「過激派の幹部がいなくなったってことでしょ? いいことなんじゃないの?」
「そう楽観的な状況でもないさ」
「どうして?」
「ポロム長老の尽力により、ポロム連合は地球の防衛に協力的だ。ただ……問題は、元連合長が行方不明ってことだ」
ポロム連合の元連合長は、地球との平和協定を結ぼうとしたミッシュを処刑しようとし、己の悪事が明るみになった途端、宇宙に姿をくらませた。ポロム長老の部下が宇宙中を探し回っているが、未だに見つかっていない。
「元連合長の目的が、地球侵略なのか、人間の殺戮なのか、まだ分からない。にも拘わらず、人間はブループロテクトによる防衛しか能がない」
「つまり、どういうこと?」
「時代の確変期も近いってことだ。とりあえず、今は牧下総司令の采配を信じるしかない」
そんな会話をした数日後、逢坂と久我は総司令室に呼び出された。