15 仲良し大作戦
穂浪に任せる。そう言ったのは逢坂だった。しかし、10時頃に出掛けた穂浪が日暮れ頃になってやっと帰って来たと思ったら、体も顔も土汚れだらけの上、「いや~草むしりってやり始めると止まんないですよね~」とヘラヘラ笑ったため、前日の発言を後悔した。
穂浪にシャワーを浴びさせた後、逢坂は質疑応答を開始した。
「穂浪さん、任務の進捗状況はいかがですか?」
「うん、順調ですよ~」
濡れた髪を拭きながら、穂浪は屈託なく笑う。甚だ怪しい。
「伊佐木キャプテンの家に行って、何をしたんですか?」
「草むしりです」
一体全体どこが順調なんだ。
「それで、伊佐木キャプテンを説得できたんですか?」
「いえ」
悪びれる風もなく、穂浪は首を横に振る。
「そもそも、今日の目的は伊佐木さんと仲良くなることなんで。一緒に草むしりして談笑するだけが調度良いと思います。言わば仲良し大作戦です!」
「で、大作戦の進捗は?」
「肌感では良いと思うんですよね~。とりあえず、あと3日ください。伊佐木さんと仲良くなってみせます!」
その自信はどこから湧いてくるのか分からないが、穂浪の勘はあまり馬鹿にできない。3日と自ら期限を決めたことからも、覚悟のようなものが垣間見れた。逢坂は心配やら不安やらをぐっと呑み込んで、「分かりました」と了承した。
「私も少し調べてみたんです」
穂浪が外出している間、逢坂はホテルでぬくぬく過ごしているわけではなかった。ラボから貸し出しておいたノートパソコンを局内のクラウドに繋ぎ、当時の戦績記録を当たった。
「ブループロテクトを攻撃機として使用する場合、パイロットは6人編成の小隊を組み、任務に当たっていたようです」
「あ、伊佐木さん、自分が率いてた小隊に佐伯さんが所属してたって言ってました」
「ブループロテクトについての話題、有効のようですね」
「共通の話題になりそうなこと、他にありませんでした?」
逢坂はノートパソコンを開きながら、「そうですね……」と呟いた。そのとき、ある日の戦績記録が目に留まった。
「あ。これ、伊佐木キャプテンが最後に出動した任務ですね」
「見せて」
と、穂浪が横からズイッと画面を覗き込んだ。相変わらず、距離が近い。
「隊長が伊佐木キャプテンで、副隊長が湯川キャプテンですね」
「湯川キャプテンって?」
「伊佐木キャプテンの部下だった方です。ただ……」
「ただ?」
「……伊佐木キャプテンが退職された後、任務中の事故で殉職されました」
「事故って、どういう?」
「詳しくは分かりません。私が入局するずっと前のことですから」
「調べてもらうことってできますか?」
「できますけど、どうして?」
「だって、部下が殉職って……俺は経験したことないけど、たぶん、絶対、相当キツイと思うから……」
言葉は拙い。だけど、穂浪の声には重みがあって。言葉では表しきれない感情があるように思えた。やはり、パイロットの背負っている重圧はパイロットにしか分からないのかもしれない。パイロットではない逢坂は、それ以上何も言えず、「調べてみます」とだけ返した。
自室に引き上げた後、逢坂は久我に電話を掛けた。しかし、久我は出なかった。あっちはあっちで忙しいのだろう。通話は諦めて、メールで進捗状況と今後の仲良し大作戦の計画について知らせた。
翌朝、穂浪は手土産を買ってから伊佐木の家に行くと言って、早々に出掛けた。穂浪を見送った後、パソコンを確認すると、
『電話に出られずすまん。穂浪さんは言語化が苦手なだけで、感覚の鋭い人だ。3日間、要観察の上、好きにさせてみよう。引き続き補助を頼む』
というメールが今日の3時44分に届いていた。その時刻が久我にとって徹夜した夜なのか、早起きした朝なのか定かではないが、彼の多忙ぶりが見て取れた。
『了解。久我も少しは休みなさいよ』
と送信してから、逢坂は穂浪に頼まれていた調べものに取り掛かった。