表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/15

14 草むしり


 翌朝10時、穂浪は心配そうに見送る逢坂に手を振り、伊佐木の家へ出発した。家に着くと、伊佐木は庭の草むしりをしていた。


「こんにちは!」


 挨拶しながら近付くと、伊佐木はこごめていた背中をのそりともたげた。穂浪の姿を認めると、何も言わずにまた背を丸め、草むしりを再開した。穂浪はずかずか庭に踏み入り、伊佐木の近くにしゃがんだ。


「この辺り、お手伝いしてもいいですか?」


 尋ねたが返事がないので、穂浪は勝手に手近な草をむしった。すると、


「おいッ」


 勝手なことをするなと言うように、伊佐木が唸った。しかし、穂浪は草むしりの手を止めない。それどころか、


「ここ全部お一人で草むしりするんですか? 大変ですね」


 なんて雑談まで投げかけた。


「何と言われようと、俺は講師なんざやらねぇよ」


「それは残念です」


 言いながら、穂浪は黙々と草をむしる。佐伯二等空佐に叱られると、よく寮の草むしりをさせられていたため、片腕だろうとお手の物だ。


「……あ。あれ、みかんの木ですか?」


 雑草が片付き始めた庭を眺めていたとき、穂浪は庭の隅に生えている低木を見つけた。実が成っていないにも拘わらず、みかんの木だと言い当てた穂浪に驚いた伊佐木は思わず、


「よく分かったな」


 と声を上げた。


「佐伯さんの家にもあったんです。みかんの木」


「佐伯って……」


「佐伯二等空佐。俺の監督官です」


「まさか、やたら背の高い佐伯か?」


 確かに、佐伯二等空佐は身長192センチと長身だ。


「そうです! えっ、ご存じですか?」


「ご存じも何も、俺が率いていた小隊の隊員だ。あの頃はまだ入局したてのひよっこだったがな」


 鬼監督官と恐れられている佐伯二等空佐がひよっこ……穂浪には想像すらできなかった。


「俺、佐伯さんに憧れてパイロットになったので、佐伯さんにもそんな時期があったなんて、なんか新鮮です」


「当たり前だ。経験したことのないものに立ち向かう経験を積むことで、パイロットの能力は洗練されていく。未経験を恐れた者は、その先には行けないのさ」


「それ、佐伯さんも言ってました」


「え?」


「佐伯さん、新人パイロットには必ず言うんです。『最初は誰もが未経験者だ。未経験を恐れるな』って。初めて聞いたとき、良い言葉だなぁって思ったからよく覚えてます」


 なぁんだ伊佐木さんの受け売りだったんですねぇ、とケラケラ笑う穂浪の隣で、伊佐木は「そうか」と静かに呟いた。草むしりの手はいつの間にか止まっていて、ふと思い出したのは、あの頃の任務三昧の日々だった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ