14 草むしり
翌朝10時、穂浪は心配そうに見送る逢坂に手を振り、伊佐木の家へ出発した。家に着くと、伊佐木は庭の草むしりをしていた。
「こんにちは!」
挨拶しながら近付くと、伊佐木はこごめていた背中をのそりともたげた。穂浪の姿を認めると、何も言わずにまた背を丸め、草むしりを再開した。穂浪はずかずか庭に踏み入り、伊佐木の近くにしゃがんだ。
「この辺り、お手伝いしてもいいですか?」
尋ねたが返事がないので、穂浪は勝手に手近な草をむしった。すると、
「おいッ」
勝手なことをするなと言うように、伊佐木が唸った。しかし、穂浪は草むしりの手を止めない。それどころか、
「ここ全部お一人で草むしりするんですか? 大変ですね」
なんて雑談まで投げかけた。
「何と言われようと、俺は講師なんざやらねぇよ」
「それは残念です」
言いながら、穂浪は黙々と草をむしる。佐伯二等空佐に叱られると、よく寮の草むしりをさせられていたため、片腕だろうとお手の物だ。
「……あ。あれ、みかんの木ですか?」
雑草が片付き始めた庭を眺めていたとき、穂浪は庭の隅に生えている低木を見つけた。実が成っていないにも拘わらず、みかんの木だと言い当てた穂浪に驚いた伊佐木は思わず、
「よく分かったな」
と声を上げた。
「佐伯さんの家にもあったんです。みかんの木」
「佐伯って……」
「佐伯二等空佐。俺の監督官です」
「まさか、やたら背の高い佐伯か?」
確かに、佐伯二等空佐は身長192センチと長身だ。
「そうです! えっ、ご存じですか?」
「ご存じも何も、俺が率いていた小隊の隊員だ。あの頃はまだ入局したてのひよっこだったがな」
鬼監督官と恐れられている佐伯二等空佐がひよっこ……穂浪には想像すらできなかった。
「俺、佐伯さんに憧れてパイロットになったので、佐伯さんにもそんな時期があったなんて、なんか新鮮です」
「当たり前だ。経験したことのないものに立ち向かう経験を積むことで、パイロットの能力は洗練されていく。未経験を恐れた者は、その先には行けないのさ」
「それ、佐伯さんも言ってました」
「え?」
「佐伯さん、新人パイロットには必ず言うんです。『最初は誰もが未経験者だ。未経験を恐れるな』って。初めて聞いたとき、良い言葉だなぁって思ったからよく覚えてます」
なぁんだ伊佐木さんの受け売りだったんですねぇ、とケラケラ笑う穂浪の隣で、伊佐木は「そうか」と静かに呟いた。草むしりの手はいつの間にか止まっていて、ふと思い出したのは、あの頃の任務三昧の日々だった。