10 威圧感
久我と話した内容を伝えると、穂浪は「なるほど~……」と相槌を打ち、アームホルダーで固定された左上肢を不自由そうにさせながら、よっこいしょと立ち上がった。
「やっぱり久我さんはすごいですね」
「まぁ、室長補佐なんかやってるくらいですから」
「俺はポロムと戦いたくないってそればっかり考えてて、牧下総司令の指示とはいえ、攻撃力強化には賛成したくなかったんです」
「久我も牧下総司令も、ポロムと戦う気はないと思います」
「ですね。だけど、元連合長から地球を守るための力は必要だから」
「だから、私たちはここにいるんです」
逢坂の言葉に、穂浪がくるりとこちらを振り返った。
「アハッ、なんか吹っ切れました。ありがとうございます」
そう言って、穂浪が爽やかに笑ったとき、
「……どちら様なが?」
男性の土佐弁が聞こえてきた。穂浪は振り返り、逢坂は立ち上がった。そこには、脚立を担ぎながら歩いてくる60代くらいの男性がいた。履歴書の写真と比べると、無精髭が生え、伸びた髪には白髪が混じり、かなり老けた印象を受けたが、その人は伊佐木空彦だった。
「急に押し掛けてすみません。地球外生命体専門対策局のパイロット、穂浪泰介と申します」
「同じく研究員の逢坂せつなです」
穂浪と逢坂が自己紹介すると、伊佐木は怪訝な顔をした。
「俺に何の用だ?」
警戒しているからか、伊佐木は標準語で尋ねた。ビリビリと痺れるような威圧感は、牧下総司令や佐伯二等空佐にも匹敵する。さすが伝説のパイロット。しかし、それに負げる穂浪ではない。
「単刀直入に申しますと、ブループロテクトの攻撃方法について教えていただきたいのです」
伊佐木の眉間に皺が寄る。
「何だって?」
「今の若いパイロットは、ブループロテクトによる攻撃方法を知りません。そこで、実戦経験のある伊佐木キャプテンに、講習会の講師をしていただきたいのです。お引き受けくださいますか?」
「断る」
短くもはっきりと告げると、伊佐木は脚立を担いだまま歩き出した。庭の隅にある倉庫の扉をガラリと開け、脚立を下ろす。
「なぜですか?」
脚立をしまう伊佐木の背中に、穂浪が尋ねる。
「嫌だからだ」
「嫌とは、講師をすることがですか?」
「ブループロテクトによる攻撃方法なんて、今の若者は知らなくていい」
「今、地球は危機的状況です。防御だけでは守り切れないほど、脅威に晒されています」
「だからと言って、攻撃力を振りかざすのは間違っている」
「積極的に攻撃するわけではありません。牽制のための攻撃力です」
伊佐木はピシャリと倉庫の扉を閉じた。そして、穂浪を振り返った。
睨み合う穂浪と伊佐木を、逢坂はただ黙って見つめていた。逢坂の任務はあくまで穂浪の補助・監督だから、というわけではない。穂浪と伊佐木の間には、パイロットにしか通じ合えない空気感があるように思えた。パイロットでない逢坂は、この二人の間に割って入るなんてできなかった。
「攻撃することに慣れてしまえば、そのうち感覚が麻痺してくる」
伊佐木がボソリと呟いた。穂浪を真っ直ぐに見つめ、続ける。
「地球を守るためだから仕方がないと銃撃や爆撃を正当化し、やっていることは虐殺だと気付かない馬鹿が出てくる。悪いことは言わない。攻撃力の強化なんてやめろ」
言い終わると、伊佐木は穂浪と逢坂の間を通り抜け、玄関に向かった。
「お考えはよく分かりました。最後に一つお聞きしていいですか?」
玄関の鍵を開けながら、伊佐木は「なんだ?」とうんざりしたようなため息を吐く。穂浪は伊佐木の背中に向かって、至極真面目な顔で、
「この辺りで、カツオのたたきがおいしいお店ってどこですか?」
と尋ねた。
「……は?」
聞き間違いかと思ったのか、伊佐木はきょとんとした顔で穂浪を振り返った。逢坂は慌てた。
「ちょっ、穂浪さん! 何言ってるんですか! す、すみません、伊佐木キャプテン!」
逢坂はペコペコ頭を下げるが、穂浪は気にしない。
「いやぁ、お昼まだ食べてなくて、どこかいい店ないかなぁって~」
ナハハ~と伊佐木に笑いかけながら、穂浪は後ろ頭を掻く。
「穂浪さん! 失礼ですよっ!」
逢坂が穂浪を叱りつけたときだった。
「この辺だと……潮騒食堂がうまいぞ」
伊佐木が淡々と穂浪の質問に答えた。逢坂は絶句した。
「それってどこにあるんですか!?」
目をキラキラ輝かせる穂浪に、伊佐木は家の前の道を指差しながら、
「そこの道真っ直ぐ行って、突き当りを右に曲がったら看板がある。行けば分かるだろう」
と説明した。穂浪は、
「なるほど! ありがとうございます! 行ってみます!」
と言うが早いか、元気いっぱい歩き出した。
「あっ、ちょ、穂浪さんっ……!」
逢坂が伊佐木にペコペコ頭を下げたり、穂浪をアワアワ追いかけたりして忙しくしていると、穂浪は急にくるっと振り返って、
「お邪魔しました! また来ま~す!」
あろうことか、伝説のパイロットに手を振った。逢坂は慌ててその手を掴んで引っ込めさせ、また伊佐木にペコペコした。