第七話 作戦開始
遺跡探索が終わってから、一週間が経った頃。
ハガリさんが、全メンバーを食堂に集めた。
俺やルノは勿論のこと、アイラやウィンプまでそこに座っている。
「まあ、何となく分かっていると思うが……。
そろそろ、怪物騒動を終わらせにかかるぞ」
ここ一週間は、毎日誰か二人が都市を回る形で警戒を張り巡らせていた。
その内、怪物が現れた回数は五。
そこには、規則性も存在する。
おそらく、ハガリさんもようやく怪物騒動を終わらせる見立てが出来たようだ。
「俺たちがこれまでに出会った怪物の個体はニ。
白色と黒色、それぞれ毛の色が特徴的な個体だ。
とりあえずは、ここ二体を叩くことを目標とする」
俺たちが最初に出会った白色の怪物。
あの特徴とほぼ同じ、大きく違う所と言えば毛の色。
そんなやつがもう一体、俺も遭遇したことがある。
その二体は俺たちの中では白色、黒色という呼び方で言い分けている。
「そして、奴らには知能があった。
しかし、それはかなり短絡的なものでありシンプルなものであることもわかっている。
奴らの狙い目、それはミドロとルノだ」
そう、これがこの一週間で発見された規則性。
おそらく、最初のアイラ戦をみられていたのかもしれない。
その時、後ろに下がっていて足手まといという扱いを受けていた俺たち二人がターゲットとされていた。
弱いやつから減らしていく、シンプルで昔ながらの考え方だ。
だからこそ、分かりやすいし理にかなっている。
「ここまで、あえて修行中のミドロは戦闘に参加することを禁止していた。
奴らに強くなったことを悟られて考えを変えられてしまうのも厄介だと思ったからだ。
今日このタイミングで、初めてお前の力を見せてやれ」
「はい!」
ハガリさんからの言葉に胸が熱くなる。
遂に、自分が今までやってきた成果を皆に見せることが出来るのだ。
「勿論、ルノ。
お前がこれまで通信機を使って冷静に対応してくれたお陰で救われたこともある。
今回、ルノのことも頼っていいか」
「出来る範囲にはなっちゃうけど頑張ります」
そう、今回の作戦。
俺とルノが要となっていくのだ。
「やることは簡単。
二手に分かれて出会った瞬間に叩く。
こちらには、最終兵器もいるからな。
少なくとも一体の首くらいは持っていけるはずだ」
数が減れば確実に相手は動きを変えざるを得ない。
そうなれば、全滅させるチャンスにも繋がる。
ハガリさんは最後に、頭を深々と下げる。
「俺は不甲斐ないリーダーで、正直に言ってどうしてこんな怪物騒ぎが起きてるのか、一体誰がやっているのか。
そんな真相を突き止めることは出来なかった。
それでも、俺たちは異世界救助隊だ。
少なくとも、不安のままずっと放置しておくことは出来ない。
色々あっての即席メンバーだが、それでも力を貸してくれ」
そう、彼らは異世界救助隊。
こうして、一つの世界にずっと滞在しているわけにはいかないのだ。
他にも、恐ろしい目に遭う予兆の世界は存在するしルノだって元の世界に返さないといけない。
だからこそ、ここで怪物を倒す。
全員がハガリさんの言葉に大きく頷いた。
作戦スタートだ。
そういうわけで、俺たちは厳密に言うと三つのチームに分かれた。
俺とルノ、二人の囮役と共に行動する二チームといつでも動けるように都市の中央で待機するハガリさん。
俺のチームには、アロナさんとウィンプがいる。
まあ、これはかなり自然なチーム分けと言えるだろう。
元々この二人とは、遺跡に潜って修行をつけてもらっていた。
俺の動きもよく分かっているはずだ。
対するルノのチームには、アイラがついた。
あの二人は最近、親友のように仲がいいしルノが見回りをする時には大抵アイラがついて行っていた。
……危ない危ない、これは大事な作戦だ。
ルノの方も少しは気になるが、今は目の前のことに集中しなくてはいけない。
「……怪物、まだ現れませんね」
「うん、あっちのチーム側に現れる可能性もあるから
もしかしたら何事もなく終わっちゃうかもしれない」
正直に言って、怪物が現れて欲しいのは俺たちチームの側だ。
人数的にもウィンプがいる分、かなりの有利だし俺自身も戦うことが出来る。
そういう意味では、知能があるなら狙われるのは向こうなのかもしれない。
だが、そんな素人である俺の予想なんてものは当てにならない。
「おい、匂うぜ。
多分、これから始まるんじゃないか」
ウィンプの鼻が、ヒクヒク動く。
かなり良い表情で、怪物が現れることに高まっているようだった。
彼も、とっくに立派な異世界救助隊のメンバーだ。
こうして戦えることに、内心ワクワクしているのかもしれない。
実際、ウィンプの嗅覚は間違っていなかったようだ。
さっきまで、来ないんじゃ無いかと悲観的になっていたことが嘘かのように、強い存在感を放つ怪物が屋根の上から姿を見せた。
「白色……!」
俺も興奮のあまり声が出る。
現れたのは、白色。
あの時、最初に出会ったあの時。
能力の制御もまともに出来ず、ハガリさんが来なかったらおそらく負けていた、そんな相手。
つまりこれはリベンジマッチだ。
「グオオオオオオオオオ!」
あの時と同じ、大きな雄叫びとともに戦いが始まった。
屋根を高速で渡り、一瞬で視線から外れる怪物。
でも、誰を狙っているのかなんて分かりきっている。
弱いと思われている、俺だ。
白色の毛の下に隠れた、ミチミチの筋肉。
一瞬だけその筋肉が大きく膨張し、突撃が始まることを理解する。
次の瞬間には、俺の目の前に姿があった。
それでも真正面から、受け止める。
「前みたいには、行かないぞおお!」
白色を思いっきりぶん投げる、まるで最初戦った時と同じように。
それでも、筋肉は確かにまだいけると叫んでいる。
「戦える!」
俺の脳が、身体が喜びに満ちている。
今までの自分がやってきたことは、確かに意味のあることだと今の一瞬が証明した。
でも、これだけじゃ足りない。
遺跡での日々が頭を巡る。
「あれ?
ここって、昨日攻略した遺跡?」
アロナさんが驚きの声をあげる。
無理もない、昨日までボロボロでまさしく遺跡というイメージだったその建物は大きく姿を変え、新築の道場みたいな建物になっている。
あの遺跡を最後に見たのは、昨日の夜ごろだったはずだ。
「まあな、ちょっとゴーレムたちにお願いしてよ。
ミドロを鍛える専用の施設に変えちまったってわけだ」
そう自慢気に語るウィンプ。
本当になんて良いやつなんだろう。
友達になったとはいえ、まだ出会ったから一日も経っていないのだ。
そんな俺に、こんな素晴らしい場所を提供してくれるなんて。
「私の勘はやっぱ外れない。
昨日言った通り、良いやつでしょ」
「はい、流石アロナさん!
ウィンプも、本当にありがとう!」
「お、おう」
ウィンプは困ったような、照れているような。
そんな複雑な表情を見せている。
それが、なんだか気まずかったようですぐに言葉を紡ぐ。
「あー!暇だからやっただけだ、気にすんな!
そんなことより、早く強くなるんだろ」
「うん、そうだね」
遺跡?の中に入ると、様々な施設がずらーっと横並びになっている。
シンプルなトレーニング機器、などは分かるがそれ以外はどういう修行が出来るのかも、よく分からない。
ウィンプにとって、この施設はかなりの自信作のようで意気揚々と説明を始める。
「まあ、俺がこの遺跡の管理人だからな。
お前がアロナから教わって、どんな風な成長を遂げたのかも見させてもらってたよ。
その上で、お前は更にステップを踏む必要がある」
「なるほど、説明お願い」
「お前の能力っていうのはいわゆるステータス上昇。
とにかく力が強くなったってことだな。
足の力が強くなったから、高く飛ぶことができるし速く動くことができる。
腕の力が強くなったから、相手を思いっきりぶん投げたり吹っ飛ばすことができる。
そんな、シンプルな力ってことだ」
自分自身の能力に対して冷静に分析してみたことはなかったがおおよそウィンプの言っている事で合っていると思う。
とにかく、身体がいつもより自由に動いて正当に強くなった感覚。
「つまり何が必要か。
それは、やれる動きのバリエーションと咄嗟にそれを引き出すことさ」
「……ちょっとイメージが出来ないかも。
どういうこと?」
ウィンプは俺の周りをぐるぐると飛び回る。
どう言えば伝わるか考えてくれているようだ。
「そうだな……。
例えばお前が手に収まるくらいのサイズのボールを持っていたとする。
それを能力によって早く、そして威力高く投げることが可能になったわけだろう?」
「うん、そうだね」
「だけど、遠くにある的にボールを当てることは可能か?」
「えー、自信はないかも」
「そう、つまりお前は最初の遺跡探索で今できる動きを最大限無駄なく使う方法を覚えた。
でも、元からできない動きってのは脳が理解していないからやりようがない。
力があっても技が足りてない、俺はそう思う。
ミドロの能力はシンプルだからこそバリエーションを増やして、戦い方を拡張しやすい。
それをできる施設に改造したってわけさ」
戦い、というのには様々な状況が存在する。
場所、相手、周りの状況、その全てが違って当たり前なのだ。
そんなどの状況でも、殴って一発かと聞かれれば確実にそれは間違いだ。
戦い方のバリエーションを増やす、それは強くなる一つの近道だと、そう思った。
その後は、色々なトレーニングを行なった。
ゴーレムたちによる、個人や集団との模擬戦。
足場の悪い場所や、水中等のあらゆる場所でのボディコントロール。
筋肉自体の強化トレーニングまで。
勿論、期間で言えば短いし付け焼き刃の部分も大きい。
それでも、力は確かについてきている。
そこには確かな勝利への自信も宿り始めていた。
「あ、そうだミドロ。
お前にもう一つ教えてやらないとな。
お前は武器を持たないで身体一つで戦うのが一番火力が出るだろ?
だから、武器を持たないで距離のある相手と戦う手段がいる。
俺はこれが良いと思うんだけどさ……
ああ、ついつい修行の時のことを考えてしまっていた。
ぶん投げた白色は、当たり前のように立ち上がる。
普段は武器を持てない、そんな俺でも戦える方法。
先ほどの攻撃で床が欠けて、破片が散らばっている。
その一つを拾い上げて、大きく振りかぶった。
俺が持てる、最強の飛び道具。
その辺に落ちているものを正確にぶん投げる。
「喰らえええ!」
何度も、何度もやった。
色んな形、色んなサイズ。
それら全てを正確に投げられるようにした。
この一撃を外す気はしない。
グシャッ!
瞬間の出来事、白色の頭に石が減り込む。
そのまま、悶絶の声が上がる。
「グオオオオオオオオオアアアアアア!」
気づけば、俺と白色の間。
そこにウィンプが立っている。
「ミドロ、流石だな。
あの時の数倍、お前は強くなった」
ウィンプの後ろから大量のツタが伸びる。
白色は、状況に気付き急いでその場を去ろうとするがツタのスピードは想像以上に速い。
一気に絡みつき、動くことを許さないほどに強く絡みつく。
「ここまでの強度と数を用意するのには時間がかかる。
ミドロ、お前が作った時間は俺たちを勝利に導いた」
そう言って、師のように腕を組み笑うウィンプ。
これが俺たちの秘密兵器だ。
「やったね、二人とも」
アロナさんが俺ら二人を覆うように抱きついてくる。
そっか、勝ったのか。
俺は、ここまで強くなることができたんだ。
ツタに拘束される白色を見て、俺たちの作戦は成功したんだと、じわじわと実感する。
アロナさん、ウィンプの二人には本当に頭が上がらない。
「二人ともありがとうございました」
ウィンプとアロナさんは顔を見合わせる。
「ありがとうございます、でしょ」
「そうだぜ、まだまだこれからだろ!」
俺は気づけば泣いていた、ようやく異世界救助隊の一員になれたような、そんな気がした。
プルルルルルルル……
突如、アロナさんの通信機が鳴る。
「はい、あハガリ……!
うん、こっちは成功。
…………え、うん、分かった。
とりあえず、私たちももうちょっと歩き回ってみる」
通信機を切るアロナさん。
「どうしたんですか?」
「なんかね、ルノたちと連絡がつかないって」
見回りをしていれば気づかない、よくあることだ。
それこそ、ルノとアイラは意外と抜けているところがある。
白色は、俺たちが倒した。
心配することなんて、無いはずだ。
それでも、
「一応、俺たちも探してみましょう」
「うん、そうするつもり」
「おい、ルノとアイラってどこのルート回ってる?」
俺たちは気づけば駆け出していた。
きっと大丈夫、そう思っている。
それでもなんだか、今回の勝利を喜ぶ余裕は無くなってしまっていた。