第六話 一つの終わり
結構な時間と労力をかけて、ようやく辿り着いた遺跡の最深部。
しかし、そこにあったのはなんて書いてあるかすらよく分からない文字が彫られた石碑のみだった。
大量のお宝、そんなものを望んでいたわけでは無いもののここまで何も無いと流石にショックだ。
急に体の力が抜けて、そのまま膝を落とす。
「嘘……だろ……」
「ミドロ、大丈夫?」
「すいません……ちょっと疲れました」
「そっか、これから戻る体力も必要だし一旦ここで休憩
しちゃおう」
そう言って、部屋の壁に身体を預けるように座るアロナさん。
……どうやら、気を遣わせてしまったらしい。
本当は分かっていた、ここが全くの無意味ではないということに。
これから、毎日ここで特訓が出来てどんどんと力をつけていくことが出来るのだ。
それでも、ご褒美がないというのは何となく寂しい。
ただ、それだけ。
疲れていたのは事実のため、アロナさんの隣に座る。
ゴソゴソとリュックの中身を漁っていた彼女は中から弁当箱のようなものを取り出した。
その中身は、色々な種類のサンドウィッチである。
その中の一つ、ハムとレタスがたっぷり入ったサンドウィッチを俺によこしてくれる。
「はい、お食べ」
「色々と甘えてしまって、本当にすみません」
「ううん、始めて出来た可愛い後輩だもん」
そこからは雑談、俺とルノの出会いのことだったり今まで巡った世界の話だったり。
そんな話をしながら、アロナさんが自分の銃を綺麗に
手入れしているのが目に入る。
「あの、一つ気になってたんですけど。
ハガリさんの剣とか、アロナさんの銃とか。
俺が知っているものに比べて随分機械っぽいなって感じがするんですけど、改造みたいなことされてるんですか?」
「ああうん、武器は全部ハガリが一から作った。
ハガリは凄い、ジェットパックや私たちが乗ってる空中艇まで、ほとんど作ったのはハガリだよ」
そうだったのか、どうやらハガリさんが俺たちのチームの技術担当ということらしい。
あの船も作れるくらいだから、相当な知識と技術を持ち合わせているということだろう。
リーダーとして、こんなに頼もしいことはない。
また一つ尊敬できる部分が増えた。
しかし、それと同時に気になってしまったことがある。
「あの、俺ってまだまだ新人で異世界救助隊について全然分からなくて、出来た時のこととか」
「あー、それは私も詳しくは分からない」
「じゃあ、アロナさんはどうして異世界救助隊のメンバーになろうと思ったんですか?」
これもまた、聞いてみたかった話。
アロナさんは俺たちが救助隊に入った時からもう馴染んでいて、まるで最初からハガリさんたちと友達みたいだった。
俺たちが特殊な入り方をした、というのもあるがどうやって入ったのか知りたい。
アロナさんは少しだけ、戸惑った表情を見せる。
だが、それを悟られまいと優しく話してくれた。
「ミドロとルノとそんなに変わらない。
それに……正直に言って、そんな良い話じゃない。
それでも、聞きたい?」
「その…………できれば」
そっか、と言う言葉を合図にアロナさんは話し始める。
それは、初めて聞く彼女の過去の話だった。
私の世界は占いの技術が発展していた、世界の名前はトロンレイ。
水晶やタロット、色んな方法で未来や手段を見ることができた。
もちろん、占いの範疇だから外すことはあったけど。
その時から異世界救助隊のチームはたくさんあって、未来を見ることで予防線を張ることができるという理由から凄く重宝されていた。
私もそんな世界に生まれて、ある程度幸せな生活を送っていた。
それこそ、両親は異世界救助隊のメンバーとして色んな場所を巡っていたから、会うことなんて殆ど無かったし思い出もそんなに思い出せない。
それでも、お婆ちゃんがいたから家族がいないわけでは無かった。
そんなある日、気づいたら私の頭の中には文字が浮かぶようになっていた。
それをお婆ちゃんに伝えると、異世界の伝承などの文献を探る。
私が言った言葉と一致する世界が存在したらしい。
お婆ちゃんは不安がって、とりあえず今は秘密にしようと言った。
数週間後、その世界は滅んでしまった。
そこで気づく、私の頭に浮かぶのは危機が迫っている世界の名前なのだと。
お婆ちゃんは更にきつく、そのことは秘密にするよう私に言った。
私の世界では、あまりにも占いが発展し過ぎていた。
誰かを傷つけることで占いを行うもの、誰かの命で占いを行うそんな危険で非人道的なやり方。
それが許される無法地帯と化していたのだ。
何故なら、占いしかない。
金を稼ぐためには嘘でも占いをしなくてはいけない。
ミスをすれば殺され、当てれば莫大な資金を手に入れる、そういうシステムなのだ。
他の世界からは占いを強要され、むしろ他は必要とすらされていない。
占いができること自体が、その後の人生の殆どを決めてしまう。
そんな中で、私はとんでもないものを手に入れた。
無条件で頭の中に危機が訪れる世界の名前が出る。
これは、人を狂わすほどに重宝されてしまう。
それにより、同業者が私のことを妬みお金のため名誉のため、私を殺すかもしれない。
少なくとも普通の幸せは得られなくなる。
だから、私はその能力のことを隠すことにした。
そうやって占いのことを忘れて過ごしていたある日、一人の男が私の住む街にやってきた。
それがハガリ、そこで初めて出会った。
普通、異世界の人はこんな外れの街に来ることがない。
殆どが、占いが盛んな繁華街を中心に動いている。
だからかもしれない、私はその男が気になった。
「何してるの?」
「俺か?
何だろうな、癒されにきてるのかもしれない」
「癒されにきた?どういうこと?」
「なんかあの街は、沢山の悪意に溢れてる感じ。
まあ、そうさせたのは俺たち別世界の人間何だろうけどな」
私にとって非常に興味深い人間。
だって、別世界への憧れを隠して生きていかないといけなかったから。
私の好奇心は隠し切らないといけないはずだったから。
「ねえ、色んな世界の話。
暇な時で良いから私に聞かせて?」
こうして、私とハガリは知り合いになった。
いつから友達になったのかは分からない。
それでも、この世界に来る度に顔を見せてくれるようにまで仲良くなっていた。
そんなある日、私の頭に文字が浮かぶ。
トロンレイ。
……それは、私の今いる世界の名前だった。
「皆んな、急いで逃げなきゃ。
せめて、何か良くなるような状況を作らないと」
「何を言ってるのアロナ?
急に占いの力でも目覚めたってわけ?」
お婆ちゃんはその時、家のベッドで寝たきりになっていた。
とっくに私の声も届かなくなっている。
私の能力を知っているのは私だけ。
とにかく泣きながら走り回った。
この世界の危機がそこまで訪れていると。
それでも、昨日まで普通を名乗っていた少女の話を聞いてくれる人は一人もいない。
私が疲れ果てて、視線も涙と疲れでボヤけてしまっていたその時。
誰かが目の前に立つ。
「アロナ?」
それはハガリだった。
「あのねハガリ、この世界が大変なの。
誰も話を聞いてくれなくて、それでも危機が迫ってて。
どうすればいいか……」
「よし、俺が救助隊を説得して必ず戻ってくる。
だから絶対諦めるな」
私は驚きを隠すことができなかった。
信じてくれる訳ない、そう思ってしまうほどにメンタルはズタボロにやられていたからだ。
「これを渡す、何かあったら使ってくれ」
渡されたのは様々な改造が施された銃。
普通、こんな一般人に渡して良いものじゃない。
「何で、信じてくれるの?」
つい言葉が出てしまった。
ハガリは当たり前みたいにこう返す。
「普段冷静なお前が、そんな顔ぐちゃぐちゃにしながら助けを求めてきてくれたんだ。
嘘じゃないってわかる、友達だからな」
私は更に泣いてしまった。
それでもハガリは慰めることもせず、先を急ぐ。
まだ、終わっていなかったから。
こんな感動的なエピソードの後はハッピーエンドが待っている。
物語はそうだけど、今回はそうではない。
結局、私は誰にも話を信じられないまま街外れの誰も来ないであろう森まで逃げた。
何が起こっているのか私には分からない。
でも、ここでただひたすらに待つしかない。
私には、戦うことなど出来はしないのだから。
途中、何かの爆音が鳴り響いて終わりが訪れることを理解できてしまった。
それでも、じっと身を潜める。
「ようやく見つけた」
それはいつだっただろう。
リュックに詰めた食料がなくなりかけた頃、ハガリが現れた。
街は酷い有様で、一人も生存者はいなかったらしい。
今度は悔しそうにハガリが泣いていた。
どうやら、救助隊の皆にも信用されることはなかったようだ。
「良く頑張ったね、背負わせてごめんなさい」
私はただ、慰めて抱きしめる。
バッドエンドでも、もう終わったのだから。
「はい、これで話はおしまい。
その後は安全な世界まで送り届けられて、少ししたらハガリがスカウトに来てくれた。
そうやって、異世界救助隊になった」
「……話してくれてありがとうございます」
やばい、泣きそうだ。
というかおそらく泣いてしまっている。
先輩たちは、今の話を実際に体験してそれでもこうして世界を守り続けている。
その覚悟は計りかねないし、ここで俺が泣くのも間違っている気がした。
「やっぱり、ミドロは優しい」
そう言って微笑みかけてくれるアロナさんに俺が言えることは一つも無かった。
「これは今、隠されてることなんだけどね……。
異世界救助隊ってほぼ壊滅状態になっちゃった。
私の故郷が崩壊して、異世界間での争いや悪巧みを予測できなくなって……それで、たくさんの命が失われた」
俺でも分かる、アロナさんが住んだ世界トロンレイ。
その世界によって、どれだけ異世界救助隊が力を増していたのか。
もし、付き合い方が違えば。
お互いの理解や話し合いがちゃんと行われて、全員が幸せに暮らせるよう手を取り合えば、もしかしたら両方が救われていたのかもしれない。
……これは、単なる綺麗事にすぎないか。
「私もね、あの世界を崩壊させた一因だと思ってる。
あの時、もっとちゃんと声を上げられていたら。
いや、それよりも能力を公表する勇気があれば」
もちろん、それが絶対的に正しいとは本人が一番思っていないのだろう。
それでも、後悔せずにはいられない。
「だからね、今後はそうならないように私が全部守る。
能力も頭も身体も全部使って」
「本当に……尊敬します」
アロナさんは優しく笑う。
「でもね、今では凄く幸せ。
ミドロも含めてたくさん仲間が増えて、こうして世界のために戦い続けられている。
だから、幸せのために頑張らなくちゃ」
「はい、そうですね」
こうして異世界救助隊に入ってから何度目かも分からない。
それでも強く、更に硬く気合いを入れ直す。
「これで本当に私の話は終わり。
じゃあ、そろそろ行こっか」
そう行ってその場を後にしようと、歩き始めるアロナさん。
その背中は、本当に大きく映る。
「話を聞かせてもらったぞ!」
突然聞こえたその声は、石碑から聞こえた気がする。
その事実を裏付けるように、石碑が光りだす。
緑の優しい光に包まれ、一瞬周りが見えなくなる。
気づいた時には、誰かがいた。
まるでルノが異世界にやってきた時みたいだ。
まあ、誰かと言ってもウサギくらいのサイズの小さな生物だ。
妖精のような羽が生えていて、毛が全身に生えている。
緑を中心としたカラーの良く分からない生物。
普通に可愛い。
「よう、初めましてだな人間ども。
俺は偉大なる大妖精様なんだ。
要求は一つ、お前らの冒険に連れて行け!」
「いいよ」
あまりにもあっさり許可を出すアロナさんにずっこけそうになる。
……まあ、実際この遺跡を任せられたのは俺たちなわけだし、この妖精をそのままにしておくわけにはいかない。
「妖精さんも寂しかったんだよね」
「……違う」
「違うの?」
「まあ、少しお前に共感した……かもしれない」
妖精は照れて顔を赤らめる。
何となく、本当に何となくでしかないがきっと優しい子なんだろう。
今までここに辿り着いたものはいなくて寂しくて、ようやく辿り着いたアロナさんの昔話に妖精は自分を重ねた。
……そんなストーリーが思いつく。
アロナさんも森に逃げた時、本当に孤独を味わったはずだ。
「ふふ、それじゃ改めて。
三人で帰ろっか」
アロナさんは再び歩き始める。
その間、妖精さんは俺の顔をじっと見つめていた。
「えーと名前、ミドロだっけ……。
お前、俺とどこかで出会ったことあるか?」
「……多分、っていうか普通にないと思いますけど」
「そっか、まあ人間の顔って皆同じだしな!
それだけ親しみやすそうってことだよ。
よろしくな!」
急に話しかけられて驚いた。
……話の内容はよくわからない。
もしかしたら昔、どこか出会ったことがあるのかも。
子供の頃の記憶なんて、結構曖昧だったりする。
まあ、とりあえず思い出せないことを考えても仕方がないため、挨拶だけ交わす。
「うん、よろしく!」
俺たちの遺跡探索は、新たに妖精を迎え入れるというまさかすぎる報酬で終わるのだった。
次の日。
「ほら、行くよ」
もう気づいたら、上に乗っかられている。
時間を見てみれば5時、とんでもない早さだ。
しかし、昨日の経験から俺も気合い十分だ。
「それじゃ、いきましょうか」
「うん、早く早く」
隣の部屋の扉が開き、ハガリさんが出てくる。
ハガリさんもいつ何が起こるか分からないため、誰よりも早く起きて警戒に当たっている。
「昨日、なんかあったのか?
やけにミドロに懐いてるじゃねーか」
「うん、だってミドロはもう友達。
今日から修行に行く」
「そうかー、いいね。
お前が強くなったら百人力だな。
頑張れよ、ミドロ」
ハガリさんに背中を押される。
二人は俺を見て元気だな、と笑っている。
この二人の過去を少しとはいえ聞いた俺は、気を引き締める。
「それじゃ、行ってきます」
そう言って階段を降りる。
アロナさんも俺の後ろを追いかける。
「よっしゃー、早速行くぞ!」
大気中から現れた新たな仲間、妖精さんも声を出す。
それを見て、ハガリさんが声を上げた。
「おい、知らないうちに仲間増えてるじゃねーか!
紹介しろよ!」
「……俺のことか?
大妖精のウィンプだ!覚えろよ!」
こうして、俺たちは昨日の遺跡にまたたどり着く。
ウィンプがいなくなったことにより建てておいた立ち入り禁止の看板を超えて、今日も修行開始だ。