第五話 遺跡と不思議な先輩
昨日もとんでもない一日だった。
突然現れた怪物に、苦戦を強いられながらも何とか難を逃れることができた。
ベッドの上で目を閉じながらそんなことを考える。
今日の見回りは、ハガリさんとルノが担当するらしい。
そういえば、アイラもまた行きたそうにしていたな。
どうせ今日もついて行くのだろう。
結論、何が言いたいかといえば今日は俺の見回りはなしということ。
もっと分かりやすく言えば一日中休みということだ。
こうして、罪悪感なくベッドの上に居続けられるのはいつぶりのことだろうか。
しかし、その眠りを妨げるようにグイッと服の袖が引っ張られる。
もちろん眠りを邪魔されたく無い俺はそれを手で払う。
そんなことを何度も繰り返している内に、ようやくそれが誰かの手によって行われているのではないかと思い始めた。
しかし、時すでに遅し
「良い加減、起きろ」
その声と同時に、腹部に強い衝撃が走る。
流石に起きざるを得なくて、勢いよく目を開ける。
そこには俺のお腹に座り込む、アロナさんの姿があった。
「あ、ようやく起きた。
ほら出かけるよ、準備して」
俺から飛び降りると、それだけ言い残して部屋を後にする。
何が何だかよく分からず、頭の中を整理してみる。
少しして、ようやく昨日の出来事と繋がった。
そういえば、ハガリさんに昨日アロナさんがなんとか…とにかくそんなニュアンスのことを言われた気がする。
アロナさんも俺にとっては、憧れの先輩という立場だ。
待たせたくはない、急いで準備をして部屋を出る。
昨日の時点では能力を使った影響で、身体がかなり疲労していたのだが、気づけばそれは嘘だったかのように今は身体が自由に動く。
人間の身体というのは、案外馬鹿にできないものだ。
急いで食堂に向かうと、アロナさんが優雅に食事を取っている真っ最中だった。
俺もご飯を受け取って、向かいに座る。
「あのー、今日って一体何をするんですか?」
結局、昨日時点では明日何かがありそうという部分までしか聞かされていない。
アロナさん、短い付き合いでのイメージでしかないが何だかミステリアスな人だ。
正直言って、これから一体何が行われるのか不安で仕方がない。
汁物をゆっくりと啜った後、ようやく彼女は目的を発表する。
「今日は、遺跡探索に行く」
「遺跡……ですか?」
思ってもみなかったその解答に目を丸めるしかない。
防具や武器の製作、図書館で知識を得るための勉強。
予想はある程度あったものの、俺の考えはことごとく間違えていたらしい。
「あの、でも遺跡ってことはこの世界にとって歴史的価値のある建造物ってことですよね。
それって俺たち、つまり別世界の人間が探索しても
大丈夫なものなんでしょうか?」
「そこに関しては問題ない。
そのために、昨日女王と話をつけておいた。
今起きている怪物騒ぎに関する何かがあるかもしれないし、ここまで探索しきれなかったのにも理由がある。
きっと、ミドロにとっても良い修行になる」
そういえば、ハガリさんも俺が強くなりたいと相談した時にこの話を出してくれていた。
遺跡を探索する、思いつくイメージとしては遺跡中を歩き回って色々な資料をかき集める、正直言ってかなり地道な作業、と言った感じだ。
修行になるというのはどういうことだろう、広い遺跡探索でスタミナがつく……やっぱり違和感がある。
結局よく分からなかったが、先輩二人の後押しだ。
きっと何か理由があるに違いないのだろう。
「分かりました、お供させてください。
俺も別世界の遺跡、みたいなものには興味があります」
色々言ったが内心、ワクワクしてしまっていた。
遺跡探索、何だかロマンのある響きだ。
もしかしたら、良い息抜きになるかもしれない。
それからご飯を完食して、宿を出る。
遺跡がある場所は、都市から外れて数十分歩いたくらいの所。
木々の中に紛れて、ポツンと存在する古びた外装。
まさしく、俺が頭の中で描いていた遺跡像そのままだ。
「じゃあ、入ってみよっか」
顔色を一切変えず、遺跡に足を踏み入れるアロナさん。
置いてかれてはいけないと、俺もすぐに後を追う。
中はかなり暗くて、一言で表せば不気味だ。
俺の身体全てが遺跡の中に収まったその瞬間、物凄い音を立てて、扉が一気に閉まった。
「ひいいいいいいいいい!
アロナさん、本当にこれ大丈夫なやつですか!?」
「私に聞かれても分からない。
大丈夫かどうかを調査しに来たんだから」
ゆったりと、周りが明るくなっていく。
まるで、挑戦者として誰かがこの場所に入ってくるのを待っていたような、そんな印象を受ける。
壁には、よくわからない文字がたくさん書いてあってなんだかさらに不気味な感じが増していた。
「あ、そうだ。
この先はきっと苦労すると思うけど頑張ろう」
「……あの、アロナさん」
「どうした?」
「…………何か、隠してますよね」
正直、ここに来るまでに何度も疑問に思った。
あまりに戸惑いなくここまで来れているし、今まで起きたギミックにも驚かなさすぎだし。
少なくとも女王と話したなら、最低限の情報は持っているに決まっている。
「あの、とりあえず知っていること全部教えてください」
「……………………やだ」
「何でか、聞いてもいいですか?」
「面白くないから」
なんて最悪な理由、憧れていた先輩がまさかこんな薄情な人だったとは。
この人はどうやら、俺で遊んでいるらしい。
とはいえ、アロナさん先頭でどんどん歩いていっているのだから、少なくとも死ぬ恐れは無いはずだ……よな?
と、次の瞬間には俺の真下の床が抜けていた。
ついさっき思っていた死ぬ恐れが無い、という予想は大きく外れてしまっていたらしい。
悲鳴を上げる暇もなく、そのまま落下していくと思われた次の瞬間、アロナさんが俺の腕を掴む。
「そこ、トラップあるの。
音で何となく分かるでしょ?」
「分かりませんよ!
って落ちる、やばいやばい助けてください!」
俺は何とか、何とか引き上げられて上に戻ってきた。
ようやく恐怖から解放された安堵感で大きく息を吐く。
「どう、面白いでしょ?」
「全然……というか本気で説明してください!!」
俺の気迫に、アロナさんもどうやら観念したようだ。
ようやく、説明をしてくれる。
「ここは、沢山のトラップや試練に守られた不思議な
遺跡なの。
さっきミドロが落ちかけた穴も、そのトラップの一種」
どうやら魔法使いにとって、この遺跡はかなりの天敵らしい。
意外にも、この世界には本で読んだような空飛ぶ箒や宙に舞う魔法など、そういうものがない。
あくまで出来ることと言えば、属性を乗せた遠距離攻撃や壁を貼って自分を守ることくらいらしい。
そんな魔法使いたちにとって、運動能力や洞察力などを求められるこの遺跡は非常に攻略しづらい。
その結果、長らく放置されていたというわけらしい。
とはいえ、本当に試練というのが目的らしく失敗するといつの間にか、入り口に戻されているんだとか。
どういう原理でそうなっているのか、気絶している間に運ばれているため誰も分からない。
少なくとも、死者は出ていないようだ。
「これで大体は話した。
とりあえずミドロのリアクションも見ることが出来たから、ここからは慎重に進もう」
そういってふんと鼻を鳴らすアロエさんをどうしてやろうかと思ったが、俺の反撃もなんとなく失敗に終わりそうな気がして諦める。
アロナさんの話をまとめると、この遺跡は何度でも挑戦できるダンジョンのようなものらしい。
たくさんのトラップを避けながらゴールに辿り着く。
修行になりそう、というのも頷けた。
アロナさんが言うには今いるのは落とし穴ゾーン、かなりの落とし穴がそこら中に仕掛けられているらしい。
とはいえ、アロナさんについて行けばとりあえず問題はない、すぐに突破することができる。
その先を進むと現れたのは想像よりは小さな、子供くらいの大きさの岩で生成されたロボット?のようなもの。
本でしか見たことがないが、おそらくゴーレムというやつではないだろうか。
「ミドロ、さっきの贖罪ってわけじゃないけど。
強くなる方法、その一つを教えてあげる」
ゴーレムの目に光が宿って動き出す。
どうやら、俺たちの存在を捕捉されてしまったらしい。
アロナさんは腰につけた二丁の拳銃を抜く。
「戦いっていうのは、最低限の力で最高の威力を出すことが大事なの。
つまり、どれだけ無駄をなくせるかってこと」
ゴーレムが腕を振り上げる。
その瞬間後ろに引いて、足関節に弾を入れた。
体制を崩したゴーレムはそのまま倒れる。
そのまま顔面に向けて、もう一発。
あっさりと勝負をつけるアロナさん。
「ゴーレムが腕を振り上げる。
この動きをしちゃったらそのまま振り下ろすのがバレてしまう。
だから私は後ろに引けたし、その後の隙を撃ち抜くことができた」
なるほど、これが無駄をなくすということか。
足に二発、弾を入れてしまったらその場で動けなくなる。
距離も取れるし、急所も狙いやすくなる。
これは確かに無駄がないと言っていいだろう。
「もちろん、これだけじゃない。
怖さから筋肉が緊張してしまう、頭で考えすぎて行動が遅れてしまう。
こういう、あらゆる無駄を削っていく。
そうすれば、ミドロもおそらく能力を使ってすぐにバテるということもなくなるはず」
凄い、自分のやるべきことが一瞬で見えた。
俺は正直言って、能力のことを信頼できていない。
使えばすぐに動けなくなってしまう。
そんな能力は、なるべく使わない方がいい。
そんな本能的な思い込みみたいな気持ちが、俺の筋肉に静止をかけてしまったのかもしれない。
俺はただでさえ使うのに筋肉と体力がいる能力を、さらに無駄に使っていたのだ。
「あとは、実践あるのみ。
先に進もう」
進もうとした俺たちの先にはさっきより2倍は大きなゴーレムが立っている。
アロナさんはすっと身を引いた、ここは俺がやれということらしい。
ゴーレムはすでに臨戦体制。
俺も、能力を出すイメージをする。
まずは消せ。
己の中にある恐怖、能力をうまく使えないんじゃないか能力を使ったところで勝てないんじゃないか、そんな不安を殺せ。
ここで勝てなきゃどちらにしろ失敗なんだ、だったら勝てる確率を上げるためにも、恐怖すら勇気に変える。
ゴーレムの目がギラリと光った
それと同時に、俺の体にも光が纏われる。
自分でも驚くほどに加速した。
一瞬で間合いを詰める、本当に少し前の俺では考えられないほどの力だ。
それでも不思議と落ち着いている、俺の思考はただ一つに絞られていた。
さっきのアロナさんの戦い、あれは銃を使った最適解。
この速さと力で俺が導き出せる一番無駄のない動き。
それは急所を一発で打ち抜くこと。
もうゴーレムは攻撃のモーションに入っていた。
加速した俺の攻撃は追うことができない。
ガラ空きのその顔に向けてパンチを入れる。
「行けええええええ!」
とんでもない衝撃が俺の腕にまで響く。
もちろん、ゴーレムは耐え切れるはずもなく頭を吹っ飛ばされる。
頭が壁につき刺さった瞬間、己の勝利を確信した。
「パチパチパチ、めっちゃ凄い」
アロナさんが、ちょっと嬉しそうに言ってくる。
俺も、こんなに上手くアドバイスを取り込めるとは思っていなかった。
「私の教え方が上手いおかげだね」
「本当にそうかもしれません。
まだまだ身体が動く、昨日とは状況が全然違う」
気づけば光は消えていた。
完全に能力のオンオフもコントロールできている。
これは一つ自信に繋がっているのかもしれない。
「じゃあ一皮剥けたし、さっさと攻略しちゃお」
「任せてください!もうどんどん行っちゃいますよ!」
「あ」
アロナさんの呆れ声に何が起こったのか理解できない。
しかし、床の感覚がないのを感じてようやく理解した。
「あの、調子乗ってすいませんでした」
そのまま落とし穴に吸い込まれる。
先走ってしまったため、もちろんアロナさんも助けることはできない。
「うわあああああぁぁぁぁぁ……」
後からアロナさんに聞いた話だが、声がだんだん小さくなっていくのがツボだったらしい。
「本当に期待を裏切らない、流石ミドロ。
………………私も落ちるか」
ヒョイッ
こうして、俺たちの1回目の挑戦は失敗に終わった。
確かに、遺跡の前に気づいたら寝ていた。
体が動かないのは、能力の使いすぎではなく自分に対する愚かさと恥ずかしさからだ。
「日が暮れる前に終わらせるよ」
そう言われて、半ば強制的にニ回目が始まった。
とはいえ、流石にもう同じミスはしない。
凄い勢いで奥まで突き進んでいく。
余談だが、あのゴーレムはこの遺跡のまだ1割くらいの場所だった。
っていうか、あんなにかっこよく倒してたのにゴーレムは普通に復活していた、原理は分からん。
他にも岩が転がってくるやつとか、レーザーを体の角度で避けるやつとか、とにかくやばいトラップを抜けに抜けてようやくゴールに辿り着く。
「ハア、ハア、これってゴールってことですよね」
戦い方が分かったといえど、あまりの長さに体力を使い切ってしまった俺は、息を荒くしたまま聞く。
「多分ね、明らかに雰囲気が違う」
高級そうな赤を基調とした扉。
さっきの古ぼけたイメージを想わせないほどにその周辺は綺麗な感じがする。
誰もがゴールだと思うだろう、ってかそうであってください。
ゆっくりと押し込み、扉が開くとそこにはただ石碑があるのみだった。
「そういえばさ、この遺跡多分何回でも行けるよね」
「はぁ、多分そうだと思います」
「これから、毎日ここに来よう」
「へ?」
辿り着いた先には宝箱の一つもない。
っていうかめちゃくちゃ長い。
そんな、達成感の一つもない遺跡。
それでも目をキラキラさせているアロナさんを見て断れるわけもなく、もう俺の人生に平穏が訪れることは当分ないのだろうと悟ったのだった。