番外編一 ノーネーム
ゆっくりと歩く帰り道。
何だかその足取りはやけに重くて、だからといってどこか行きたい場所があるかと聞かれれば思いつかなくて仕方なく自宅への道を辿る。
今日の学校、沢山訓練して勉強してそれから……。
多分、今皆は放課後に遊んだりしているのかな。
「ただいま〜」
自宅に着いた僕は一応声を上げた。
返事が返ってこなくてそのまま部屋に戻ろうとするとリビングに母の姿を発見する。
本を読みながら、お前と話すことはないと背を向けた。
「リ……ガ、あんたのせいで!!」
そう言われたのは一体いつだっけ。
父はある日、突然命を落とした。
この世界間で起きた争いに巻き込まれたらしい。
父を愛していた母は悲しみに覆われて誰のことも見なくなった。
当たれる人もいなくて、父が死んだのも僕が原因ということらしい。
僕は愛情、というものを覚えていない。
物心つく前に、周りのストーリーは悲惨な終わり方をして、僕だけが取り残された。
母が全てを忘れたいがために読み耽っている本を見られないように借りては、こうして呼んでいる。
これ意外に、僕の心を満たす手段なんかありはしない。
今朝、あの子は言っていた。
「お父さんお母さんと、昨日劇を見に行ったんだ〜」
すると別のあの子が言う。
「俺なんか毎日怒られてさ、優しい親でずるいぜ〜」
……全く酷い話だ。
僕の読んだ本の主人公たちも変わらない。
沢山の幸せを受けて生きて来た、そんな優しい人。
もしくは沢山の不幸を背負って、それでも乗り越えた人。
僕はどちらでも無い、それどころか何も無い。
乗り越えられる試練もありはしない、それはそれはどうしようも無い人間。
誰か僕のことを、見てくれ。
愚かしさでも蔑みでも、憐れみでも何でも良いから。
母にとって、僕に死なれるなんてことがあればそれはそれで面倒臭いのだろう。
気づけば毎日、目の前にはお金が置かれている。
それを握って家を飛び出す。
家、というのは弱い僕にとって必要ではあるが窮屈で息が詰まりそうで仕方がない。
このお金が置かれてから少しの間は、僕は自由に外に飛び出すことができる。
あの家から、解放されるのだ。
ああ、僕も早く大人になってあの呪縛から逃れて……。
いつか夢見た幸せや不幸に手を伸ばして。
だから今は準備期間、身体を鍛え上げる。
誰もこない裏路地、そこで短時間で効率的に身体を作る。
昔は、こうすることで訓練での成績が上がって皆が僕に注目してくれると思っていたが、現実はそうではない。
今はただ、強くなるためだけにやっている。
その後は、おにぎりを買って頬張る。
家に帰らずとも食べられるものだからだ。
それでも少しずつ時間は進んで、暗くなってきた空に悶々とした気持ちを抱きながら、また帰路につく。
僕の毎日は、こんなものだ。
昨日もその前も、きっとこれからも。
「おい、とりあえずもう全部やっちゃっても良いんだよな!」
間一髪、その辺の家の塀に飛び込む僕。
一瞬見えたその姿は黒い鎧、何だか不吉な感じがした。
「じゃあ、行くとするか」
剣を振ったような、思い金属の音が響いたその後。
周辺は黒い炎に覆われる。
「うわあああああああああああああああ!」
「痛い、痛いいいいいいいいい!」
「た、助けてください。
……っがああああああああああああ!」
響き渡るのは阿鼻叫喚、聞くだけでトラウマレベルの絶望的な叫び。
別に思い入れがある人間など存在はしないが、涙が溢れる。
いくら何でもあんな目になんか遭いたくはない。
僕は、僕はやっぱり弱くて臆病だ。
こんなに嫌な世界でも、それでも死にたくない。
思い出した、僕の部屋にある剣。
あれがあればまだ戦えるかもしれない。
すぐに行動を決めた僕は、初めてのことだろう。
急いで家へと戻るのだった。
「あ、が、助け、助けて」
母は首を絞められ、僕に助けを求める。
やっぱり黒い鎧のそいつはめんどくさそうに俺のことを見る。
「こいつもやらないとダメなのか、弱そうな餓鬼。
……めんどくせぇ」
「あ……」
僕が声を出そうとした時にはもう手遅れ、縦に一撃。
僕の身体が鋭い痛みに襲われて悶え苦しむ。
それでもやっぱり他の人みたいに声を上げることができなくて、死んだと思われて放置された。
男の後ろ姿に目が眩みながら、人生を思う。
こんなに、差があるものなのか。
俺の人生は、結局一つの盛り上がりも無しに終わってしまうのか。
もう、もうこれで……。
嫌だ、そんなの嫌だ。
助けて、神様何でも良いから。
僕はこのまま終わるわけにはいかない、物語みたいに沢山の人々と触れ合って、僕はここにいるって。
「誰か連れてってよ、僕のことを愛してくれる。
そんな人が居る場所に」
目の前に現れたのは扉、重い身体を何とか起こしてドアノブに手を掛ける。
もし、もしこれが本当に神様の仕業なら……。
きっと。
目を覚ます。
よく分からない、とにかく道の端で寝ていたようだ。
まだまだ身体は痛くて、胸に入れられた傷もまだ生々しく残っている。
でも分かる、僕はまだまだ生きるのだと。
体はまだ生きる準備をしてくれているのだと。
…………ははっ。
やった、やった。
僕の中で何かが湧き上がるのが分かる。
僕はストーリーを手に入れたのだ、何もなかったはずの僕は、ある日襲われた謎の黒騎士達に家族や仲間。
とにかく全てを奪われてこの街に転がり込んだ。
……ようやく、主人公の素質を手に入れたのだ。
それに分かる、あの扉。
きっと今出そうと思えば出せてしまう。
どこかに飛ぶことが出来る、不思議な扉。
あの狭くて仕方なかった家から、世界から連れ出してくれた扉。
……ふと、涙が溢れてしまった。
不安か、喜びか……よく分からない。
その後は能力で色々な世界を巡りながら情報を集めた。
お金だって、依頼かなんかを解決すればすぐに何とかなる。
僕……俺は最強の能力を手に入れたのだから。
情報を収集していくうちに決めた。
どこかの世界を支配して、俺のものにしてしまおう。
……ふと、あの黒騎士達を思い出して身震いする。
まずは弱い奴らから、そうしよう。
今の候補は、平和ボケで最近魔法が衰えつつあるアルデハインに災害により、かなり弱っているスアイガイ。
「よお、子供がこんなところに一人かい?」
「……別に金ならくれてやらないぞ」
俺の考え事を邪魔する、一人の男。
やけにボロボロの見窄らしい布切れで顔を覆っている。
「いや、お前に耳よりの情報があってな。
楽に強さを手に入れたくないか?」
やっぱり思いつくのは黒騎士達の顔。
今度は胸の傷まで、ジワリと痛む気がする。
「言ってみろ……」
「辺境の世界、イサナホルン。
そこにはとんでもない力が眠っている。
それこそ、最強に近づけるレベルのな」
イサナホルン、聞いたことのない場所だ。
男とはこれ以上言葉を交わさず、そのまますれ違う。
……もし、そんなとんでもないものがあるのなら。
何だかその言葉が気になって、やはり沢山の世界の書物を漁った。
それこそ、直接イサナホルンに行っても良かったがあの手の話は罠である可能性も高いし、俺の能力で飛べる場所はある程度知識のある場所でないとダメだった。
色んな世界を回っている間に仲間も作った。
別の魔法世界で自己強化を極めて、爪弾きにされていたラルゴ。
それに落ちこぼれて呼ばれていた魔法使い数人。
更に、モンスターに任せっきりの生活を送っていたことにより本人は軟弱で、他と意見が合わないことから孤立していたルハル、それに追随するモンスターたち。
ちなみに、俺の強さを見せつけてやったら簡単に仲間になった。
こいつらを仲間にしたのも勿論理由がある。
そして、ようやく見つけたイサナホルン。
まさかの能力を持たない、落ちこぼれ集団と知った時は笑いが溢れた。
「それじゃ、俺たちが三つの世界を支配する方法を共有しておいてやる」
ま、簡単な話だ。
まずはイサナホルン、そこで俺が最強の力を手にする。
こうなってしまえば簡単に全てを手に入れられる。
その後は、三つの世界を支配してそれぞれの世界の管理を俺とラルゴ、ルハルで行う。
「でもさ、異世界救助隊はどうすんの?
ピンチの世界が現れた時、向かってくるんでしょ?」
「ああ、だからそうなってしまった時はイサナホルンを優先することにしよう」
そうなってしまった時は、代案としてイサナホルンに焦点を当てる。
俺が最強の力を手に入れられたら、それで充分。
そうじゃなければ、とりあえず俺たち全員でその世界を支配する。
それを聞いて手を挙げたのがルハル。
「だが、救助隊の強さは未知数だ。
総力戦だとしても俺たちが勝てるかどうか……」
「ああ、だから他二つ世界を囮にする」
そう、二つの世界が使う力に似た力を持つ世界から仲間をスカウトした本命の理由がこれ。
アルデハインとスアイガイ、二つの世界でピンチな状況を作り出し、その対応に追われている間にさらりと支配を終わらせる。
厳密に能力は違うが、よく似た能力を他世界の素人が見極めることは困難。
問題を起こしたのがお互いの世界の人間だと判断すれば戦争が起こり、それまた対応に追われ時間がかかる。
何なら、それで弱った二つの世界を俺たちが支配してやるでも良い。
「俺たちに、目を背けれないほどの恐怖を与える。
そうして俺たちはその世界でのトップに立つのだ。
……圧倒的力で、歴史に名を残すんだ」
そうして俺は大きく笑みを浮かべる。
圧倒的力を手に入れ、全ての世界に俺を認めされる像を思い浮かべながら。
「おやおやルンディ、まだ眠れないのかい?」
ばあちゃんが、遅い時間に今で座っている俺のことを心配してくれたようだ。
「いや、ごめん。
色々、思い出しててさ」
あの時、どうしてあんなことをしたのか。
あんなことで夢見ていた主人公になんて、なれるわけなかったのに。
ただ、自分がこんな能力を手に入れてストーリーを手に入れて、それでも誰も見向きしてくれなかったらと思うと、怖かったのかもしれない。
「本当に、ごめんなさい」
「良いんだよ、なんて言えないけどね。
それでも、ルンディがちゃんと反省して毎日を過ごしていることは伝わってくる。
だから、ばあちゃんには甘えても良いからね」
ごめんなさい、ごめんなさい。
沢山迷惑をかけて、沢山怖い思いをさせた。
救助隊がいなかったら、死んでしまう人も出ていたかもしれない。
俺は、これからも後悔の中に生きていく。
それは、今も残る胸の傷よりもずっと深く。




