第二十三話 紐を解く
「そうして女王を先頭に魔法使いたちは飛び出しました。
私は、いく必要はないと数人は説得できました。
それでも、ほとんどは争いを始めてしまって……やむ無く能力で止めた、そこまでが私の話です」
ルノは長い説明を終え、自分へのご褒美と水を喉に通す。
……結局、事態は好転しそうにないようだ。
アイリスさんが操られている、くらいの展開を正直期待してしまっていた。
結局、すれ違いでどちらに味方するわけにもいかない。
「まあ……俺も気持ちは分かるよ。
もし、救助隊の誰かがもう二度と動けないほどの傷を負ったり、最悪命を落としたりした時。
俺は恐らく全てを投げ打ってでも相手を潰すかもな」
……もしかしたらハガリさんは俺がフードたちに負けた時のことを思い浮かべているのかもしれない。
今でも悔しくて、思い出すと胸が締め付けられる。
「だから、どちらの世界が悪いとは思わない。
ただ……こうなってしまった以上間違ってはいる。
正せるのも止められるのも、結局俺たちだけだ」
正せる……という言い方は少し傲慢なのかもしれない。
勿論、今こうやって俺たちがやろうとしていることが正しいなんて保証もありはしない。
ただ、少なくとも現状は間違っている。そうは思う。
だから今回はその言葉を素直に咀嚼して頷く。
「だったら、原因を探らなきゃいけない」
手を挙げたアロエさんが勢いそのままに言う。
写真や映像、それに今目の前にある扉。
それらは明らかに俺たちや二つの世界の住民以外の第三者が手を加えたものだ。
……ずっと考えてきたことだ、相変わらず答えは出ていない。
「うーん、まあ単純に恨み……とか?」
「何か釈然としませんよね……。
私がその立場だとしたら、少なくとも自分で手を下したい、そう思うんじゃないかな。
少なくとも、こんな回りくどいやり方は選びません」
「そうかなぁ」
皆が頭を悩ませる。
俺も特に何も思いつかない。
ふと、頭を上げれば空は暗くなっている。
明日になればまた、アイリスさん達は攻めてくるのだろうか。
後何時間、あぁこうしているうちにもルノへの対策を済ましているのかもしれない。
それに、スアイガイの人々も迎え撃つ気満々だ。
……やばい、とにかく時間がない。
時間が……時間……。
「時間……稼ぎ?」
ふと俺の口から溢れた言葉に全員が注目する。
皆、目を丸くして次の言葉を待っているようだ。
「……いや、俺たちが揃った瞬間に逃げちゃう怪物とか人質に取るだけ取って何もしないフードたちとか。
何か、時間だけ掛けさせようとしているのかななんて」
俺自身、今考えていたことのがポロリと出ただけだ。
特別、確証を持っているわけではない。
大きくなる心拍音に、頭を支配されながらただただメンバーの反応をなぞる様に伺う。
「考えもしなかった」
ハガリさんが呆気に取られたように言う。
「世界を二つ使ってまで時間稼ぎをするなんて。
……俺もずっと気になっていた、あまりにこれまでの事件には意思のようなものを感じないと。
怪物達は何故街を破壊せず怪我や嫌がらせ程度で済ますのか、フードたちは何故あえて村人達を全員虐殺したりせずに森を燃やしたり建物をぐちゃぐちゃにして帰るのか」
「でも、どうして時間稼ぎなんて仕掛けるんですか?
私たちって特別何か目的意識があったわけじゃ……」
「いや、一つだけ。
俺たちがこのままじゃ、長期滞在する可能性を秘めていた場所があった。
少なくとも、厄介な人物がそこに残るはずだった場所」
「勿体ぶらずに教えてよ!」
かなり興奮気味に聞くヤマエ。
こんな状況だが、全てが紐どけていく感覚は確かに少しワクワクするのかもしれない。
だが、俺は気が気じゃない。
その場所の正体、俺の予想が当たってしまうことを脳みそが拒否し続けている。
「……!
もしかして、イサナホルン!?」
「「イサナホルン?」」
気づいた様子のアロナさんに首を傾げるルノとヤマエ。
俺はゆっくりと下を向いた。
その現実を受け入れるように、確認する。
「イサナホルン……俺の、故郷ですよね」
さっきまでの空気は一変し、全員が固まる。
ハガリさんはあえて答えない、正解ということらしい。
あと一つ、俺の故郷に一体何の用事があるのか。
それだけは未だわかっていないが、それ以外の大まかな部分においては合点がいく。
恐らく、敵にとって一番の誤算はルノだったのだろう。
本来、能力者の居ないイサナホルンは暴れ放題だった。
しかし、ルノが現れて能力を発現させ俺も続いた。
最終的には異世界救助隊まで現れてしまう。
一般人でありながら、強力な力を手に入れてしまった俺たちを救助隊が無視する事はできない。
実際、俺が行かないと決意を決めたあの時。
ハガリさん達もイサナホルに滞在する素振りを見せた。
自分達の目的を阻害されると考えた敵は、アロナさんの能力を知っていたのだろう。
扉を使ってか、もしくは何かしらで連絡を取ってか分からないが、アルデハインの怪物の動きを活性化させて俺たちを別世界に遠ざけた。
その後も延々と事件を起こし、今もこうして足踏みさせている。
今思えば、スアイガイの村に滞在していた時。
特に問題が起こらず、俺は故郷に一度戻ろうとしていた。
そんな時だった、村を襲撃されてレナールを人質に取られたのは。
森を燃やし続けて被害を出し続けていた彼らが急に動きを変えたのだ。
あの時、その不自然さに気づければよかった。
「今すぐ、今すぐ連れて行ってください……!
母さんや村の人たちが危ない」
つい、反射的に立ち上がってしまった。
筋肉がやけに強張っているのを感じる。
「……アルデハインやスアイガイはどうすんだ?」
ハガリさんの言葉に思いとどまり、座り直す。
結局のところ、思うツボだ。
俺たちはとっくにこの二つの世界を放置できる立場では無くなってしまったし、自分の意思もそれを拒否する。
ああ、頭の中がぐちゃぐちゃで仕方ない。
ようやく、今回の悪意の正体を掴めそうだったのに。
「一つ、案がある」
そんな頭のモヤを払ったのはやはりハガリさん。
「案、というのはこの戦いを一瞬で終わらせてミドロ君の故郷まで最速で辿り着くことが出来る……という解釈で大丈夫ですか?」
「ああ、勿論確証があるわけじゃないがな」
「聞かせてもらっても……?」
「強行突破だよ、短時間ならそれしかない。
お前らの指示は一つだけ、絶対に手は出すな」
その十分後、時刻は七時を回ったくらいだろうか。
俺たちはあの扉の前に立っている。
今回の戦い、二つの世界が関わっているわけだがあくまでスアイガイは防衛側、つまりは争いの原因ではない。
アルデハイン……というより女王を止めることさえ出来ればこの争いは終わってくれるのだ。
だから、俺たちはこの扉の先へ向かわなくてはいけない。
ハガリさんが力強く扉を押し込む。
重い扉は大きく音を立てながら、ゆっくりと開いていく。
目の前に広がる景色は最早懐かしいと言えるほどだ。
「な、なんで。
敵襲!敵襲!!」
扉の見張りをしていた魔法使いの一人が声を上げた。
続々と集まってくる魔法使いたち。
全員が杖を俺たちに向けて威嚇しているが、その杖は大きく震えている。
ハガリさんはただ一言冷静に。
「今から女王に会いにいく、そこを通してもらおう」
その言葉を待っていたかのように、一斉に魔法が飛んでくる。
ルノは即座に自分たちの周りに水で壁を生成し、その攻撃をシャットアウトしてしまった。
俺もその水から飛び出し、不意打ちで杖をへし折る。
ルノも俺も強くなっている。
そもそも、ルノの壁を破れる魔法使いもほとんど存在しないのではないだろうか。
城に辿り着くまでに何人の魔法使いと対峙したのだろう。
その壁を破れるものは、結局現れなかった。
少し前までよく見た景色、城の大きな扉が開いて遂にアイリスさんが現れる。
彼女は俺たちの姿を見てもなお、物怖じせずただそこに存在している。
どうやら、俺たちの方から話せということらしい。
水の壁を貼るのをやめ、一番前にハガリさんが出てくる。
「よお、女王さん。
端的に話すぜ、俺たちが何とかする。
だからまず、別世界に争いを仕掛けることを辞めてくれない……」
言葉を遮るように、雷をハガリさんに打ち込む。
ぐぁっ!、と悲痛な叫びを何とか押し殺してその場で膝をつく。
そのまま、ハガリさんは土下座の姿勢を見せた。
「頼む、この通りだ」
「…………」
アイリスさんはただ冷酷に攻撃を続ける。
ハガリさんはそれでも今の姿勢を崩す事はしない。
遂、動きそうになる。
ハガリさんがずっと頭を下げてただ攻撃を一方的に喰らって。
いくら手を出すな、そう言われたって。
今ならアイリスさんの気持ちも少しだけ分かる。
彼女にとってはこの世界の住民たちが愛すべき対象で家族のようなものだったのだ。
それを今のように踏み躙られ続けてきて。
ハガリさんは今、彼女の痛みを受け止めているのだ。
俺はただ、後で馬鹿野郎って言ってやる。
だから今は、まだ耐えるだけだ。
そんな膠着状態が続いて、痺れを切らしたのは意外にもアイリスさんの方だった。
「……何故ですか?
今一体あなたは何をしているんですか?
あなたは私の気持ちを知った上でそんなことしてるんですか?
私が!
私が……どんな気持ちで。
アイラが車椅子に乗って姿を見せた時、もしこの子の足が動かなくなったらどうしようって……」
アイリスさんはそういうと力強く魔法を放つ。
「もし、あの子が心に何かを背負ってしまったらって!
あの子だけじゃない、この世界の皆が傷を負ってもう笑えなくなってしまったら!
最低……命を落としてしまったら……。
私はもう、辞めました。
嫌われても悪魔と呼ばれても、私はこの世界を守る。
例えその先の障害があなた方だとしても!」
アイリスさんは杖に力を込める。
もう、終わらせようとしている。
ハガリさん、ごめんなさい。
これでアイリスさんと戦ってしまったらきっと俺たちを巻き込んで争いが大きくなる。
それでも動かずには……
「止まって!!!」
声の方向には、アイラがいた。
涙を必死に堪えながら、ハガリさんを庇うように立つ。
「一体、何をしてるの?
女王様、こんなこともう辞めようよ。
……ルノたちも、何でこんなことになっちゃったのよ」
アイリスさんの杖の先からはもう、力を感じない。
どうやら、アイラを攻撃してしまうほど暴走してしまっているわけじゃないらしい。
続々と魔法使いたちが、ハガリさんの前に立つ。
「ごめんなさい、女王様。
私たち……今すごく辛いです」
「もう、辞めにしたいです。
こんなことで得た平和じゃ意味がない」
「女王様、帰ってきて。
……私たちも心配させないくらい強くなります」
アイリスさんからの光景は異様だろう。
守ろうとしていたはずの家族が、涙を流して必死に訴えかけてきているのだから。
「あぁ……。
私が、私が悲しませてしまっていた……?」
過ちを知ってふらつく女王を皆が抱きしめる。
もう、彼女は扉を越えることをしないのだろう。
こうして、争いは終幕を迎えた。
ハガリさんの言葉の通り、この短時間で二つの世界を守ることには成功したのだ。
……ボロボロになって、立つことも出来ないハガリさん。
きっと、こうなることを聡明な彼は読んでいて。
俺は無性に腹が立った。




