第二十二話 覚醒の記憶
カラカラ……。
転がる車輪の音に気づいた1匹の妖精、ウィンプ。
その正体をすぐに理解して音の方向へ向かう。
「おうアイラ。
こんな所まで来ちまって大丈夫なのかよ」
「まあ、運動がてらね」
車椅子を押しながらアイラは更に先へ進もうとする。
「ちょ、ちょっと待てよ!
この先は辞めといた方がいいぜ、ここからでも見えるからよ」
「……そうね」
少し寂しそうな表情を見せたアイラは目の前の景色を見る。
ここはアルデハインでも大きな森であった場所。
今は怪物騒動の影響で森はなくなり、地平線が見えるほどの平地になっている。
だが、今はそんな何もなかったはずの大地に大きな水の渦が出来ていた。
「ルノ……まだうまく行ってないんだ?」
「うーん、まあそうだな。
灰色との戦いで身につけた水の盾は大分安定してきたんだけどな〜。
まあ、これからだろ」
あの事件以来、異世界救助隊は二つのチームに分かれていたが、アルデハインに残ったチームにはこれといって大きなトラブルが起きていなかった。
そのため、それぞれが自由に過ごしている。
それでもルノ……つまり私のことを皆が気にかけてくれてこうやって今も特訓を続けていた。
だが、未だに力を安定させることは出来ていなかった。
「おーい、ルノ一旦中止だ」
今日の監督であったウィンプの掛け声で私も能力を何とか収める。
一度はペタリとその場に座り込んでしまったが、アイラの姿を見てすぐに走り出した。
「アイラ!?
こんなところまでどうしたの!?」
「ふふっ、皆んな同じ反応なんだから。
大袈裟だなぁ」
アイラとは私が退院してから久しぶりに話した。
アイリス様にあまり頻繁に行かないように言われていたし、本人も来なくていいからと気を遣ってくれた。
でも、こうして会えるとやっぱり嬉しい。
ついつい、最近の話をいっぱいしてしまう。
「……怪我はいつ治りそうなの?」
「ああこれ?」
今日で怪物騒動が終わってからニ週間くらいだろうか。
どうしてもアイラの現状が気になってしまう。
「大丈夫だよ、ほら」
立ち上がって見せるアイラ。
派手な動きが出来るわけでは無いが、本当に大丈夫そうだ。
念には念を、とウィンプがすぐに座らせる。
「本当は立っても大丈夫なんだけど……。
まあ、女王様は過保護なところあるからな〜。
私たち以上に怪我人が出たことを後悔してるのかもね」
アイリスさんは、最近は魔法教育に力を入れていると聞いた。
この世界も着実に良くなり始めている。
そういう意味では怪物騒動も悪いことだけじゃ無い。
まあ、勿論許すことは無いが。
「ねぇ、能力についてまだ悩んでいるんでしょ?
だったら、久しぶりに街で遊ばない?」
「え、どういうこと?」
「んー、単なる息抜き。
……まあ、私が遊びたいだけなんだけど」
私はそーっとウィンプさんの顔を覗く。
コクリ、と一回頷いてくれる。
心に熱が宿るのを感じた。
「うん、遊ぼ!」
久しぶり……どころか初めての親友と遊べる時間。
楽しんでこい、とウィンプが私に遊べるだけのお金を握らせてくる。
「あ、そういえば最近は大きい事件は無いが窃盗とかは逆に増えているらしいからな。
ちゃんと、管理とかしろよ」
そう言って手を振りながらどこかへ行くウィンプ。
お母さんみたいだね、と二人で顔を見合わせて笑ってしまう。
そんな感じで雑談しながら数分、城下町にやってきた。
アイラは当たり前だけど、私もやってくるのは久しぶりだ。
最近は修行で宿と森跡地を行き来しているだけだった。
「そういえば、さっきウィンプが言ってた窃盗云々の話って何?」
「ああ……」
療養中のアイラには情報があまり入ってこないようだ。
ここ最近のアルデハインについてもよく知らないらしい。
「あのね、最近小犯罪が増え始めてるの。
前に比べたら全然悪い状況ではないんだけど……まあ事件が終わって魔法使いたちがあまり抑制力がないことが住民にもバレ始めてる……みたいな話は聞いた」
どの世界でもある程度起きうる話らしい。
救助隊の核を担っているハガリさんがこの世界を離れたことで、今しかないと思っている人もいるのかもしれない。
救助隊は、いわゆる警察や自警団と同じ役割も担っている。
最近はアロナさんが色々調査を進めているようだった。
「へー、だから今日はアロナさんと一緒じゃなかったんだ」
「うん、こういうのは人手じゃないから大丈夫だって。
アロナさんはベテランで、この手のことには慣れっこらしいから必要があれば私たちも手伝おうってことになったんだよね」
「じゃあ、私たちもとりあえず気をつけよっか」
頷いてお金が入った小袋を確認する。
定期的に見ておかないと。
「じゃあ、ついてきて!」
急に目に輝きが宿るアイラに連れられ、やってきたのは劇場だった。
私も元いた世界にあって、存在は知っていたがこうして触れてくる機会は無かったように思える。
「それじゃ、行こっか!」
物語が始まる。
それは、少年が伝説の剣を見つけて冒険する物語。
たくさんの敵と戦って、挫折して、強くなって。
恋愛して、別れがあって、最後には絆を深め合って。
ここは魔法の世界、だから剣を使う少年を見て驚いた。
地面を駆け巡る様子に驚いた、体を鍛えることに驚いた。
私の想像力はずっと窮屈だったことに……
今思えば私はずっと親の言うことを聞いて生きてきた。
ずっと勉強して、マナーやルールを守って。
それだけでいいんだって……。
勿論、それを全部否定することは今でも出来ないけど。
ただこういう新しい、やったことない体験をしてこなかったのは損だなと思ってしまう。
それほどに物語は私の中に入り込んできて……。
「どうだった?」
劇場を出てすぐ、私は思ったことが口から溢れる。
「凄かった、凄かったよ!
また見たい、もっと色んなことを知りたい!」
目の前の景色は気づけば変わっている。
噴水の水は生き生きと流れ、人々の話し声が活性を仰いで、色づいていたはずの私の世界は生命を宿す。
アロナはそんな私を見て、嬉しそうに笑った。
「勿論!
また、行こっか!」
気づけば私は図書館にいた、たくさんの物語や図鑑。
とにかく色んな本を読み漁った。
魔法の世界にだって、超能力はあって物語になっている。
つまり、発想というのは思ったより自由なのだ。
私の能力をもっと自由に使いたい。
夏に雨を降らせたらきっと気持ちいい、虹をかけられたらきっと綺麗、私ももっとこの能力を知りたいし使いたい。
それから一週間後、相変わらず目の前にはウィンプさんがいた。
でも、その顔は驚きで一杯になっている。
「何だよ……これ。
俺が教える必要なんかないくらいの、天才だ……」
その日、私はようやく能力を使いこなせるようになったのだった。
「ほら、能力使いこなせるようになったらご褒美なんだろ〜」
ウィンプが言ってくれたおかげで思い出す。
そうだ、能力の制御に成功したらまた劇を見に行こうと思っていたんだった。
「おーい、ルノ!」
少し遠くに手を振るアイラが見えた。
もうすっかり怪我は良くなったらしい。
車椅子を手放して、最近は私の様子も頻繁に見に来てくれている。
「アイラ!
あのね、私能力使いこなせるようになったの!
アイラのお陰だね!」
「ふふっ、親友のことなんて全部お見通しだもん。
ほら、行こっ!」
「うん、ありがとうウィンプ!」
私たちを見送るウィンプにも大きく手を振る。
街に着くと、たくさんの子どもたちが魔法の練習に励む様子が見える。
そっか、これがアイリスさんがやっている魔法教育というやつか。
「少し前まで……こんな景色見ることなかったのにね」
アイラも感慨深そうにそんな景色を眺めている。
こうやって努力が当たり前になっていったらきっといい。
私もこの世界を守っていけるようにようやくなった。
ハガリさんやミドロ君、次は私の番だ。
その時、無線機が鳴った。
「……ああ、ルノ。
今どこ?どうやらさっき街でお金を盗まれた人がいるみたいなの。
それっぽい人物がいたら、連絡お願い」
無線機の相手はアロナさん。
分かりました、と一言返事を返して無線を切る。
「ルノ!」
と、その瞬間。
私の持っていた小袋が盗まれる。
周りも、かなり騒然とした様子を見せていた。
……やっぱり今日は運がいい。
私はただ冷静に逃げていく窃盗犯の後ろ姿を自然に捉える。
手が伸びていくような感覚、私の力は自由だ。
伸びていく水の柱は柔軟に動きを変えて即座に追いつく。
圧倒的水量に足が浮き、いくら動いてももう逃げられない。
「確保です」
街全体から歓声が上がった。
騒ぎを聞きつけてやってきた様子のアイリスさんとアロナさんも驚いているようだ。
「凄いねルノ!
これが特訓の成果なんだね……!」
後ろからアイラに抱きしめられる。
その後は続々と街の住民に囲まれてしまった。
「……アイリスさん、これはどう思う?」
「ここの住民については頭に入れてますが、この子が盗難をしてしまうとは思いづらい」
「……」
バンッ!
アロナさんが一発、銃を放った。
さっきまでお祭りムードだった周りも静まり返り、彼女に注目が集まっている。
だが、そんなことは意に介さず床に転がる蝶々を拾い上げた。
「これ……この世界の種?」
「………………いえ。
恐らく違います」
「多分、この蝶々によって操られていた可能性が高い」
冷静を装っているアイリスさん。
だが、その拳は強く握られている。
「……分かりました、これまで盗難事件を起こした数人の方はとりあえず、牢から出してあげてください」
アイリスさんの指示で、魔法使いの一人は走り出す。
「この度はまた助けられました。
……感謝を」
私たちに感謝をしてくれたアイリスさんは城に戻ろうとする、まさしくそのタイミング。
地面が揺れ始めて全員がパニックに陥る。
私も高齢の方などの身体を支える。
ようやく揺れが治った、そんな時だった。
大きな扉が街のど真ん中に現れたのは。
周りに魔力で作られた映像が映し出される。
それはとある世界、たくさんの怪物たちと暮らす世界。
まるで、ここ最近アルデハインで暴れ回った怪物たちのような生物と暮らしている世界。
女王は、何の迷いも無く扉を開く。
目の前に広がっていたのは映像に映し出されたものと同じ世界の景色だった。
「…………この世界に宣戦布告します」
女王の言葉に皆、固まってしまう。
何度も自分の世界を危機に瀕され、冷静では無かったのだろう。
それでも、
「……私も行きます」
この先にあるのは罠なのかもしれない。
それでも、世界を脅かされ苔にされて。
死にかけるほどの怪我をした人もいて。
操られて、意志と反して悪を働かされて。
「魔法使いは全員、着いてきなさい!」
誰もが女王に共感した、ただそれだけ。
感情のまま、今戦争が始まろうとしている。




