第二十話 扉
「もうそろそろ皆に会えるんですね〜」
そう言いながら、今日の朝食である食パンを口に放り込む。
ご飯を食べたらすぐに出発、おおよそ着くのは二日後といったところらしい。
自分の世界に帰ることがどんどん後回しになっていくのが気になるが、そのマイナスを差し引いても今は久しぶりに仲間に会いたい。
皆、元気にやっているだろうか。
「ああ、俺も久しぶりにあいつらの顔が見たいぜ。
……よし、もう飯食ったら速攻出発にしよう」
「ったく、ジジイに優しくない奴らだ」
先にご飯を食べ終えたゴウテツさんがため息をつきながらもなんだかんだで船の最終点検を始める。
「私も他のメンバー似合うの楽しみだな〜!
エピソードでしか聞いたこと……」
ファーン、ファーン。
喋り始めたヤマエを遮るようになる高い音。
びっくりして、一瞬体が跳ねる。
ハガリさんが苦笑いしながら言う。
「単なるチャイムだよ。
誰かが訪ねてきたみたいだな」
少しして船の中に入ってきたのは村の男だった。
復旧作業で一緒に作業することも多かったため、とっくに顔馴染みである。
「……これが前言っていた船。
ほお、本当に立派ですね。
確かにこの世界のものではないなぁ。
…………じゃなくて」
確かに、俺も最初にこの船を見た時はあまりの近未来感に驚いたものだ。
俺の場合はなんなら十分近く感動し続けていた。
すぐに切り替えられるということはそれだけ、緊急性のある用事ではあったらしい。
「えーと、とにかく村の方まで来ていただいてもいいでしょうか。
多分、皆さんにとっても益のある話だとは思います」
村人の言うまま、村に再び降り立つ。
未だにテントも目立つが、ようやく数軒小さい家や畑が出来始めた。
昨日は何だかんだ村人たちも船にやってきたりしたし、もうこの場所に来ることは当分無いと思っていたのだが。
やっぱりこの世界から離れなければいけないという事実に寂しさを覚えてしまう。
だが、そんな感情もすぐ目の前の興味に奪われる。
村の中心の広場、その場所には沢山の村人たちが集まっている。
その真ん中でレナールと村長が話している様子が人々の隙間から目に入った。
集まっていた村人の一人が俺たちの存在に気づいて手を振ってくれる。
「あ、救助隊の皆さーん。
お待ちしておりました」
その声をきっかけに全員が俺たちに気づいたようで人同士の間隔が緩くなる。
それを待っていたかのように、レナールは俺に向かって飛びついてきた。
足に必死に抱きついてくる彼女の頭を撫でながら、早速本題に入ることにする。
「皆集まって、一体どうしたんですか?」
村長もゆっくり俺の目の前にやってきて一枚の写真を渡してくる。
「この写真について……救助隊の意見が欲しくて」
その写真、中身を理解してギョッとする。
そこに写されていたのはアルデハインの街並みと魔法使いたちだったからだ。
ハガリさんやゴウテツさんも食い入るようにその写真を見ている。
「それって、そんなに凄いものなの……?」
あまりに空気が変わってしまった俺たちを見て、気押されながらも聞いてくるアロナ。
他の村人たちも明らかに興味深々と言った感じだった。
俺たちの誰もがその質問の答えを口に出せない。
今、どういう状況なのかを本当に理解できていないからだ。
ハガリさんは質問に答える代わりに、逆に質問を返す。
「……この写真は、一体どこで?」
「救助隊が来る少し前、私の家のポストに入っていた。
その時は写真の意味が分からなくて……。
結局、適当に押入れに入れておいたんだが最近村の残骸を漁った時に出てきてね」
俺たちが来る前……尚更分からなくなってくる。
一体誰が何のためにそんなことをやったのだろう。
悪い意味とすら取ることも出来ない、本当に意味のない行為としか思えない。
村長が、レナールの方を見る。
「そして、ここからが今日の出来事です。
……レナール、大好きな救助隊の皆にさっきのお話できるかい。」
「うん」
ずっと俺の足を掴んでいたレナールはようやく離れ、俺たちの方に向き直す。
「あのね、この前のフード。
あの人たちが持っていた書物、この世界の文字とおんなじだったの」
「え?」
ハガリさんと顔を合わせる。
つまり、あのフードたちはアルデハインからやってきたということか?
どんどんと辻褄が合っていく音がする。
「ハガリさん、あの白色や黒色……」
「ああ、俺も薄々そうなんじゃないかと思っていた。
あの怪物たちは恐らくこの世界、つまりはスアイガイのモンスターなのかもしれない」
フードたちは魔法のような何か、灰色たちはモンスターのような何か。
この二つの世界はまるで攻守を交代したかのような構図になっていたのだ。
今まで、戦ってきた奴らの目的だけがずっと見えてこなかった。
それがようやく分かるかもしれない。
「どういうこと?
スアイガイのモンスターがアルデハインに居たってこと?
どうして異世界にいるの?」
新メンバーとして入ってきたヤマエは特に混乱しているようだ。
後できっちりと説明をしなくてはいけない。
「ハガリさん、これってどうしますか?」
ハガリさんは頭を回しながら目を閉じる。
これからのことを考える、一旦頭を整理する。
とにかくその理由はたくさんあるのだろう。
「よし、とにかくアルデハインに行くしかなさそうだ。
どちにしろフードは倒したしな」
それしかないと俺も思う。
大きく頷き、船に戻ろうとしたその瞬間地面が揺れ始めていることに気がついた。
「ったく、次から次に一体何が起こってるんだよ!」
流石のハガリさんもキャパオーバーなようだ。
焦りや怒り、とにかくその感情は膨れ上がっている。
それに呼応するように更に揺れは強くなった。
視線がブレる、足がふらつく。
とにかくその勢いは留まるところを知らない。
地震とはまた違う生物や建物、つまりは世界丸ごとが揺れているようなそんな感覚。
「おい、あれ!
あそこに何か出来てくぞ!」
村人の一人が指差すその場所。
ゆっくり、本当にゆっくりと扉が幕が開くかのように下から姿を浮かび上がらせていく。
それも本当に大きい扉、ドラゴンや救助隊の船でもすんなり入れそうなレベルだ。
その扉がようやく全ての姿を見せた頃、ようやく揺れが収まる。
全員がただ圧倒された。
突如現れたその扉は美しいデザインが施され、静かにそこに佇んでいる。
誰もが理解していた。
これはこの世界とは違うどこかの異世界、そこから現れたものであると。
「ねぇ、あの扉開かなくていいの?」
流れる沈黙をようやく破ったのはヤマエだった。
全員がそんな彼女の発言に視線を送る。
「だって私たちは結局何も分かってないんでしょ?
もしかしたらあの扉がヒントかもしれないじゃん」
「いやな、もしかしたら罠ってことも……」
「じゃあこのままでも良いの?」
……勿論、ずっと放置しておいて良いものでは無さそうだ。
俺たちは異世界救助隊、こういった不安要素は取り除いておく義務がある。
俺たちがアルデハインに行ってから何かあったでは駄目なのだ。
「よし、開けるか。
悪いが救助隊以外は扉からなるべく離れてくれ。
ヤマエは村人たちを守れる位置にいてくれ。
ゴウテツは最悪船がすぐ動けるように頼む」
それぞれに指示を飛ばすハガリさん。
俺にはこっちに来いと手を仰ぐ。
扉の目の前、改めて立ってみると本当に大きい。
何か、不気味な雰囲気を感じ取る。
「よし、それじゃ行くぞ。
3……2……」
ギィ……!
カウントが2に行ったタイミングでそんな軋む音がする。
ハガリさんと俺、両方ともその音に距離を取るが未だに音は鳴り止まない。
そこでようやく気づく、扉がゆっくりと開き始めていることに。
ギィ……ギィィ!
深呼吸をする。
ここから現れるのは、悪魔かそれともチート級の強さを誇る転移者か。
ようやく現れたその姿に、息を呑んだ。
「アイリス……さん……?」
そう、アルデハインの女王であるアイリスさん。
彼女が扉の向こうから現れたのである。
その後ろを続々と魔法使いたちが続いていく。
「おや、ハガリさん。
……ここはスアイガイであっていますか?」
「はい……それよりアイリスさん。
どうしてこの扉から?
ええと、一旦お話しておかなくちゃいけないことが」
アイリスさんの顔はかなり険しい。
これから、何が始まる?
彼女はただただ落ち着き払ったような声で俺に言う。
「邪魔をすれば、あなたを敵とみなします」
そこでようやく気づく、彼女の杖の先に魔法が溜まっていたことを。
「ファイア……」
彼女が飛ばした火の玉が向かう先は村だった。
俺は呆然とそれをみていることしか出来ない。
ドンッ!
そんな衝撃音が、ようやく今起こったことを理解させる。
「アイリスさん……?
一体、一体何をやってるんですか……?」
後ろを振り返るとドラゴンがいる。
間一髪、炎の玉を受けてくれたようだった。
だが、その目は鋭く光る。
「グアアアアアアアアアアア!」
大きな咆哮が上がる。
それに合わせて他の魔法使いたちも構え始める。
「出会え、出会えええええええ!」
遂にはゴウラスさんたちまでやってきてしまった。
「ゴウラスさん、それにドラゴンたちも。
違うんだ、一旦引いてくれ!」
俺も状況が理解できていない。
それでも必死に声を上げて止める。
ゴウラスさんの目は、それでも完全に戦闘体制だ。
「すいません。
いくら何でも急に攻撃して、全てを破壊しようとしてきたやつらを放っとくわけにも行かないんでさぁ」
アイリスさんがまた構える。
それに向かって一気にゴウラスさんたちが突撃していく。
「やめろ!
やめてくれぇぇ!」
俺は必死に声をあげるが、それは止まることはない。
俺たちが救うことができたはずの二つの世界。
気づけば、その世界同士での戦争が始まろうとしているのだった。




