第十六話 行動開始
「……にしてもすごい道だなこりゃ」
辺境の地、という言葉がまさしく相応しい場所。
色んな危険地帯を抜けて、ようやくやってきたのは切り立った巨大な岩山。
度を越した好奇心旺盛な誰かやとんでもなく屈強な人。
そんな人たちでもこの山を見ればすぐさま来た道を引き戻すことになるだろう。
それほど、隠れ場所にはうってつけで奴らがいることを予感させられる。
「よく……よく見つけてくれた。
ありがとうマヤ」
俺は丁度、真隣にいたマヤの頭を撫でる。
マヤだって、あの絶望的瞬間に立ち会っていたのだ。
当事者なのだ、悔しくないわけなんてない。
それこそ、単独で相手のアジトを見つけてしまうほどに。
そこには本当に感謝の気持ちしかない。
次は、俺たちの番だ。
俺は飛び上がって上に危険がないかを確認する。
ここはフードたちのアジトである可能性が高いのだ。
とにかく慎重に行動する。
その後は上にロープを張って、今回の遠征メンバーを上へと引き上げていく。
ロープが無ければ登れず、登れたとしても落下するリスクが高くリタイアせざるを得ないほどの危険な場所なのだ。
全員が上がったのを確認すれば一旦待機。
奴らに勘づかれていないか、慎重に確認する。
その繰り返しだ。
とは言っても、今回の作戦はかなりバレにくいと思う。
何故なら積み重なっている岩石は視界を大きく奪うからだ。
もちろん、相手がアジトにしているのは恐らく山の中でも上の方。
それこそ、重なり合った岩が邪魔をして下を覗けない場所だ。
それでもこうして慎重を期しているのは前回の失敗があったからである。
頭をフル回転させていたはずの作戦だったが、大きな穴があってそこを見事に突かれた。
村の人がいる以上、こちらの仲間が人質に取られている以上、少しでもリスクのあることはやりたくない。
前回の失敗で学んだことだ。
「よし、いい感じに平地だ。
今日は一旦ここで寝ることにしよう」
慎重なことの欠点は時間がかかることだ。
今、どれくらい登ったのか想像も出来ないがとりあえずテントを張っていく。
ハガリさんに呼ばれて、村長たちがいるテントまで連れて行かれた。
「おお、ミドロ君。
今日は本当にお疲れ様だな!」
村長が俺の肩をガッチリ掴んでくる。
こういった状況でも、士気を下げないよう元気にやってくれているのだ。
「……それで、話って言うのは?」
逆に言えば、俺たちはそういった事に頭を回せる余裕がなかった。
シリアスな雰囲気でハガリさんが聞く。
「ああ、今日この山を登って思ったのは中々に厳しいかつ時間がかかりすぎるということだ。
それも想像していた数倍な」
村長の答えも勿論予想していたことだ。
マヤの話でしかこの場所の情報を得ることは出来なかったが、それでも相当な危険地帯であることは理解していた。
こうして、十数人を連れていくと言う判断に至ったのは単純に気持ちの問題だ。
皆が、心の中で後悔していて無謀だと分かっていても行かざるを得なかった。
「つまり、ほとんどをここで待機させるってことか?」
「……悔しいがね
なんなら、降りることまで検討しているよ」
正直、この判断をした村長は圧倒的に正しい。
俺やハガリさんですら死ぬ可能性が存在するのだ。
それこそ、他の皆は気を遣わずに言えば足手まといになる可能性が高い。
……しかし、ここに来て辞めさせると言う判断を皆にさせるというのは、本来心が許してくれない。
辞めさせる、逃げさせるというのも一つの覚悟だ。
村長は想像以上のバッシングを受けることだろう。
皆が事情を分かっていても、それでも。
「本当に、ごめんなさい。
あなたに辛い役割を任せる事になります」
だから、せめて俺たちだけでも心からの敬意を。
村長はゆっくりと下を向く。
自分たちの挑戦がこうもあっさり終わってしまった虚しさを抱え込みながら。
「それじゃ、この後行くのは俺とミドロ。
それからガウラスくらいか……。
他には悟られてついてこられないように、明日は早朝に出よう」
ガウラス……ハガリさんが助けた狼の一族の長らしい。
今回の事件に関しても、俺が寝ている間に色々手伝ってくれていたようだ。
戦闘能力に関しても、ハガリさんと並ぶレベルだと言う。
きっとこの後の戦いでも活躍してくれることだろう。
「ちょ、ちょっと待って……!」
瞬間、テントに響き渡る女性の声。
その声の主が誰かを俺は理解している。
テントの入り口からゆっくりと一人、姿を現す。
予想通り、それはヤマエだった。
「あの、さっきの話って本当……?」
かなり悪い言い方をすれば盗み聞き、ということらしい。
彼女にとって辛い話だろうが、精神的に参っていたヤマエこそ下山の第一候補である。
自分自身でもそれはよく分かっているようだ。
「ああ、嘘偽りは一つもないよ」
ハガリさんはあっさりとそう告げる。
どうせ、明日には全員に公表される事だ。
「お願い、私も連れて行って」
「出来ない」
彼女の要望はあっさりと打ち切られた。
この要望が通ってしまうのなら、最終的には全員を連れていける事になってしまう。
それはあまりに都合が良い話だ。
「それでも、お願いします」
ヤマエはゆっくりと土下座の体制をとる。
彼女の身体は震えている。
俺には、痛いほどわかる。
悔しくて、それでも何も出来なくて。
あの時から一切、前に進むことができない。
それでも、ハガリさんは首を縦に振ることはしない。
そんな時間は最終的に二時間に及んだ。
「………………危険が及べば誰よりも早く逃げろ。
これはお前だけじゃない、ミドロやレナール。
他の仲間たちを守るための命令だ……!」
最終的に折れたのはハガリさんだった。
彼女はただただ深く頭を下げてその場から立ち去る。
ハガリさんは自分が根負けしてしまったことに酷く落ち込んでいるようだ。
俺も、その様子をただ見ていることしかできなかった。
次の日の早朝、俺とハガリさん。
ガウラスさんに、ヤマエとエマ。
誰もが、複雑な感情を背負ったまま言葉数少なく山を登り始める。
「さあ、そろそろ出会ったとしてもおかしくないぞ」
ハガリさんの言葉に一同気を引き締める。
昨日の判断は間違っていなかった。
圧倒的に速度が上がっているし、俺が気にかけるべき人物も大きく減った。
今日でとりあえず山頂まで拝むことができる気配すら感じる。
それはつまり、今日が勝負の日になる可能性が高いということでもあった。
「ハァ……ハァ…………」
やはり、ヤマエは相当調子が悪そうだ。
昨日も充分に睡眠を取ることができなかっただろうし、それ以前から精神にかなりの負担がかかっている。
何としても、彼女を安全に帰さなければ。
そのためには、本拠地に奇襲をかけ速攻で制圧する。
つまり、抵抗される隙すら与えないということだ。
「ハガリさん、ここからはもっと慎重に行きますか」
「……ああ、そうだな」
あいも変わらず相手から俺たちの姿を確認することは難しいはずだ。
たまたま出会ってしまったとしても最速で倒して他に悟らせない。
とにかく、本拠地に情報を回させないことが重要だ。
「よし、それじゃいくぞ」
ただ、神様はそんな俺たちに悪戯をするかのように。
大きな試練を用意していたのだ。
「おい、ハガリさんあれ!」
ずっと上の方を警戒していたゴウラスが声を上げる。
上を見て、思い出す。
この世界がどんな場所かを。
上に大きな土埃が上がっている。
その土埃の先端、つまり原因と呼べる大きな岩がこちらに向けて物凄い音をたてて流れてくる。
これは、相手の攻撃なんかじゃない。
自然の脅威、岩雪崩というやつだ。
「きゃあああああああああ!!」
遂に、ヤマエが発狂してしまう。
まさか、ここに来て自然に邪魔される事になろうとは。
「狭い岩場だ、逃げることはできないぞ!
全員、全力で生き残れ!」
ハガリさんの掛け声に、俺は全員の前に立つ。
「マヤ!」
俺の掛け声で咄嗟にマヤはヤマエの首根っこを掴み何とかその場から離脱させた。
とにかく迫ってくる岩を殴って俺たちから遠ざける。
ハガリさんやゴウラスさんだって強いはずだが、それは技術の部分であり、こういった事態をどうすることもできない。
俺がやるしかないのだ。
「ふざけんな!」
ここで終わってたまるか。
特訓の成果は出ている、確実に身体はあの時より動く。
何度も何度も流れてくる岩を破壊して、身体はボロボロになっていくが、それでも大事には至らない自信がある。
岩雪崩の時間はおおよそ3分、そういった自然現象としてはかなりの規模でかなりの時間だが、俺には更に長い。
数時間程度に感じたほどだ。
「……はあ、はあ」
ようやく、その地獄は終わりを向かえる。
とりあえず、ここを登り始めて最大のピンチは去ったようだった。
ハガリさんが、俺の肩に手を置く。
「また、守られちまったな」
「良かったです、誰も死ななくて」
ハガリさんは、飛んで遠い位置にいるマヤとヤマエに向かい直した。
「すまない、もうお前らはここから降りてくれ。
マヤ!お前の主人を守るためだ、頼んだぞ」
マヤは大きく頷き、下に降りていく。
「嫌だ!嫌だよ!」
ヤマエの大きな叫び声はここまで届いた。
仕方のないことだとわかっていても、胸が痛い。
誰もが、無言で見送るしかないのだ。
「ハガリ!!ミドロ!!!」
彼女の声を何とか脳に届くまでに拒否する。
どんどんと近づいてくる彼女の声を。
……ん?
「マヤ!
どうして戻ってくるんだ!
お前だって事情がわかっているんだろ!」
遂にハガリさんも感情的に声を上げてしまった。
「違うの、上にフードが!」
そこでようやく俺たちは上を見る。
上でフードの誰かが杖を構えているのが目視出来た。
一体どのタイミングでバレた。
ヤマエが発狂した時、岩雪崩を破壊し続けた時。
それとも、マヤが降りていく時。
ああ、また失敗してしまうのか。
あの時見た最悪の光景と同じだ。
火がだんだんと上から迫ってきて。
そのまま飲まれて、気づけば身体の自由を失う。
そんな感覚を思い出して、戦慄する。
「あああああああああああああ!」
それでも、諦めがつかない。
必死に何か抵抗する手段がないか考える。
せめて周りだけでも何とかならないとハガリさんとゴウラスさんをマヤに向けてぶん投げる。
「ふざけんな、おいミドロ!」
これしか、俺には思いつかなかった。
「ミドロ、もうやだよ!
もういなくならないでよ!」
最後に聞こえたのはそんなヤマエの声。
ごめんな、こんなことでしか皆を救えなくて。
一気に目の前の視界が赤く染まっていく。
次の瞬間には、視界を奪われたように真っ暗になった。
何故だろう、全く痛みを感じない。
伝っている涙の感触だけがよくわかる。
ゆっくりと視界が開かれていく。
……え?
ようやく状況を理解する。
目の前の景色が真っ黒になったのは気絶したわけでも絶望したわけでもなく、ただ視界が塞がれていたからだ。
ゆっくりとその視界が開けていく。
……昔、何かの絵本で見たことがある。
そう、俺のことを守ってくれた二体の巨大な何か。
その正体を恐らく俺は知っている。
…………ドラゴン。




