第十三話 非日常
「ハガリさーん、ちょっと良いですか?」
「おう、悪いけど一旦離れるわ」
この村に来てから、おおよそ一週間。
気づけば俺たちも、だんだんとこの場所に馴染んで
来ていた。
今も、ハガリさんが仕事を手伝って欲しいと呼び出されたばかりだ。
鳥のモンスター、エマが仲間になってからその辺のモンスターが住む地域や、同じように被害にあった森に顔を出したりもしたが結果的に収穫を得ることは出来なかった。
今は森に起きている被害が、この世界に終焉をもたらす危機だと予想しているが、実際のところは分からない。
一歩くらい進んだと思っていたが現実はそう甘くなかった。
そんな風に、路頭に迷っている俺の今やっていることといえば……
「ねえ、どうして私とお喋りしてくれないの?」
「あ、ごめん。
俺もちょっと考え事しててさ」
「酷い……うえ〜ん!」
今残っている疑念をすぐに取っ払って目の前のことに集中する。
こうして泣いているのは、この村でも一番年下らしいレナールという少女。
俺の最近の村での役割と言えば、彼女の遊び相手だった。
「ごめんな、本当にごめん」
レナールを抱きしめて安心させるように頭を撫でる。
「酷いよ〜、最近は森の調査とかで全然村にいなくて…
久しぶりにたくさん遊んでくれるって言ったのに」
「うん、そうだよな」
何でか分からないけど、レナールは俺に懐いてくれているようだ。
エマの森を調査した次の日、その辺をブラブラしている時に声をかけられた。
その時色々遊びを教えて、気づいたら毎日のように俺のところへやってくる。
「……じゃあ、面白い遊び教えて?」
「面白い遊びか……。
じゃあ、隠れんぼでもしよっか」
「それ、どういう遊び?」
「どっちかがこの村のどこかに隠れて、もう片方が見つける。
凄くシンプルなルールだろ?」
「うん、やってみる……」
この村には、そういう遊びみたいな文化が伝わってきていなかったようだ。
あるとすればかけっこや、砂遊びくらい。
「レナールはどっちがやりたい?」
「うーん……。
見つける側……かな?」
「おっけー、じゃあその場で三十秒数えたら探して」
「いーち、にー、さーん……」
数え始めた彼女の声を聞いて、とりあえず視界から外れる。
ばっと目に入った、その辺の木の裏に隠れる。
ここであれば、それなりのタイムで見つけてくれることだろう。
その数十秒後……
「見つけた!」
どうやら見つかってしまったようだ。
もうちょっと難しい場所に隠れても良かったかもしれない。
そんな反省をしながら、後ろを振り返る。
「簡単だったかな……」
そこには、嬉しそうに俺を指差すレナール。
そして自慢げに佇むヤマエがいた。
まさか……
上を見てみれば俺のことを凝視するエマ。
「ちょっと!
エマで上から捜索するのはガチすぎるでしょ!」
「えー?
だって、偶然レナールのこと見かけちゃったんだもん。
協力したくもなるよねー」
「ねー!」
マジで大人気ないな……。
まあ、実際レナールは子供なんだけど。
俺も何だか仕返しがしたくなる。
「じゃあ、次はレナールが隠れる番な?
その代わり、俺もヤマエに頼るからな!」
レナールは嬉しそうに飛び跳ねる。
「もちろん!
そっちの方が面白そう!
その代わり、時間は長めにとってよ」
「分かった、じゃあ五分な?
後、村の外には行っちゃダメだよ?」
「分かったー!
じゃあ、開始だよ!」
危なっかしく走るレナール。
彼女も俺たちが来るまでは遊び相手がヤマエくらいしか居なかったらしい。
こうして、笑顔で遊んでいるだけで何だか安心する。
「……ねえ、ミドロ」
五分という結構長い時間をどうするか考えているとヤマエが声をかけてくる。
その声は何だか暗い気がして、慌てて言葉を返す。
「うん、どうした?」
ヤマエは少しの間喋らない。
もしかしたら、答えを聞くことが怖いのかもしれない。
「……あのさ、この世界を出ていくって本当?」
ああ、そういうことか。
昨日、ハガリさんと話していたことだ。
この世界に、危機が訪れるにしても数日後になる可能性が高い。
アルデハインの怪物騒動の時と違い、村に実害は出ていないし、森に火をつけているだけなら牽制程度だ。
一旦、故郷に帰って家族と少し話したり決断する時間を作ること自体は可能なのではないだろうか。
そんな感じでこの世界を数日程度空けることを提案された。
「うん、ちょっとだけ自分の世界に帰ろうかなと思って。
……でも、すぐ帰ってくるし急にこの世界に危機が訪れた時には戻れるようにはする」
「そうなんだ……。
絶対、ちゃんと帰ってきてね」
俺はこの提案を飲もうと思った。
このままなあなあの状態で異世界救助隊として生きていくのは俺の本意ではないからだ。
あの時のように、自分の弱さが理由で異世界救助隊を辞めようとしているわけではない。
せめて、集落の皆に姿を見せて安心させたい。
その責任が俺にはあると思う。
ヤマエと指切りで約束をする。
なんだかんだで、この世界の人々たちにも信頼されるようになっているし、守りたい気持ちも大きくなっている。
この指切りは嘘にはしない。
「ごめんね、こんな隠れんぼで遊んでる時に暗くしちゃって」
「いや、ヤマエも仲間の一人なのに共有しなかった俺も悪い」
「…………そろそろ、五分経ったかな?」
まあ、タイマーとか持っているわけじゃないしエマに頼ってしまえばどちにしろすぐに見つかるだろう。
そろそろ探し始めることにしよう。
と、俺たちの前に誰かがやってくる。
フードを深く被っていることが特徴的なその人物は少しの距離を保った場所に立ち、そこから動かない。
「どうかしました?
あ、もしかしてハガリさんとか呼んでましたかね」
俺の投げかけにフードの人は一切反応しない。
ヤマエが俺の服をグイグイ引っ張る。
「ヤマエ?
何か震えてないか?」
「あのね、ミドロ。
こんな人、私たちの村にはいないよ」
人口の少ない、まさしく全員が顔見知りといえるこの村。
ヤマエがそんな村の住人の顔を忘れるわけがない。
俺たちがこの世界を歩き回っていた時もこの村以外に、村や人を見つけることは出来なかった。
つまり、目の前にいるこいつは目的を持ってどこからかやってきた。
一瞬、手元にきらりと何かが光る。
「ヤマエ!
とりあえず逃げろ!」
男は握ったナイフを俺に突き立てる。
俺は瞬時に手首を掴み動きを止め、そのまま地面に叩きつけた。
そのまま衣服に、ナイフを突き刺し動けなくする。
俺の力で深く突き刺さったナイフはそう簡単に抜けることはないだろう。
「答えろ、お前らはこんなところで何をしてる?
一体何の目的でこの村に現れた?」
男は一切喋らない。
腹部に一撃、強い衝撃を与える。
絶叫が周辺中に鳴り響くが、それでも口を割る気は無いようだ。
気絶してしまった。
「とりあえず、ハガリさんに連絡だ」
通信機でハガリさんに連絡を入れる。
「……ミドロか!?
今、村に沢山の侵入者が現れた。
とりあえず、お前も周辺に人がいれば避難させろ」
「了解です!」
沢山の侵入者、どうやら敵は複数人いるらしい。
今回は怪物の時と違い、相手は普通の人間だ。
とは言っても、知識や器用さだけを見れば怪物よりも厄介になり得ることも充分にあり得る。
「ヤマエ、とりあえず逃げろ。
マヤに逃げ遅れた人がいないかも確認してもら……」
その時、最悪のことを思い出す。
ヤマエのことを見れば、さっき俺が帰るという事実を聞こうとしていた時より数倍不安、それどころか泣きそうな顔をしている。
俺も、状況の整理がつかず声が出た。
「レナール……!」
そう、隠れんぼをしていたレナール。
今この村に来ている敵は目の前で倒れているこいつだけじゃない。
レナールが危険な目に遭っている可能性だって、十分に存在するのだ。
「マヤ!
急いでレナールを見つけて保護するんだ!」
俺の呼びかけに緊急性を理解したマヤはそのまま飛び去っていく。
「あの、ミドロ……?
レナール、大丈夫だよね?」
「ああ、大丈夫。
絶対に俺が守ってみせるからな……」
ヤマエのことを抱き寄せる。
彼女だって、俺たちより少し年下。
こんな事態に慣れているわけがない。
そもそもこんな事態にしないために、俺たちが来たっていうのに……。
「俺たちもとりあえず動こう」
正直、マヤ以上に索敵能力があるとは思えないがそれでも動かずにはいられない。
とにかく当てもなく走ってみる。
「レナール!」
声かけもとにかくする。
それでも、レナールは現れてくれない。
突然、木の上から降ってきたフードに襲われる。
突然の奇襲に腕を切られたが、拳を入れて吹っ飛ばした。
「ミドロ……大丈夫?」
ヤマエが心配そうに腕を見る。
「ああ、浅い傷だ。
すぐに治るし、問題ないよ」
「……どうしたの?」
突如、俺とヤマエとは違う少女の声が響き渡った。
だが、その声の正体を俺は知っている。
近くにポツリとあった外れの家屋、その裏手から姿を出したのはレナールだった。
「レナー……ル?」
「うん、そうだよ。
近くに二人の声が聞こえたから、頑張って声出すの我慢してたの。
でも、腕怪我してる……」
俺は、涙が溢れる。
それを見て、レナールは戸惑いを見せていたがすぐに頭をポンポンしてくれる。
さらに涙が溢れて止まらない。
前、アイラが死にかけてルノがボロボロになって……。
今回もそうなるのかもしれないとどこかで思っていた。
「ミドロ……弱虫」
「うん、俺は弱いんだな。
レナール無事でいてくれて、しっかり隠れていてくれてありがとう……」
ヤマエは口笛を鳴らす。
マヤが危機が終わったことを知って戻ってきた。
ヤマエの目も安心でうるうると震えているが、それでも先導してくれる。
「さ、私たちもとりあえず村から出よう。
ハガリさんと合流しなきゃ」
俺は頷き、涙を拭く。
一旦、安心はしたがこれで終わりではない。
レナールと手を繋ぐ。
「それじゃ、いくよ」
村の入り口に直線的に行くのはそれなりに危険性を含むと考えた俺たちは、周りを一周するように迂回するという作戦で行くことにする。
少し先をマヤに見てもらい、敵がいないかを確認してもらう。
だが、俺は一つ頭から抜け落ちていた可能性があった。
前回は、それが当たり前の事実すぎて今回も同じケースだとは思っていなかった。
ここは、スアイガイ。
モンスター使いたちにより、形成された世界である。
だから、モンスター以外に考慮する必要はない。
そうして思考をロックしていたのだ。
「あれ何!?」
レナールの声により異変に気づく。
地面がドンドン盛り上がって、俺たちを取り囲むように岩の柱ができていく。
そこでようやく気づく、相手は別世界の力を持った集団であるのだと。
視界は一気に奪われて足場もかなりの不安定、急に起こった事態に頭が回らない。
「ヤマエ、レナール。
絶対に俺から離れないで」
そう、後ろを見た瞬間。
レナールと繋いでいた手に、ナイフが入る。
「いだっ!」
強烈な激痛に手を離す。
レナールはフードの男に抱えられていた。
急いで手を伸ばす。
「レナールこっちに手を伸ばせ!」
グシャッ!
別のフードに腕を蹴り付けられた。
相変わらずの強烈な痛みに、歯を食いしばる。
「マヤ!」
マヤはレナールの手を引いたフードのことを視界で捕捉する。
一心不乱に直進するが、やはり別のフードに守りきられる。
「おい、お前ら大丈夫か?」
そんな声が聞こえたが、それでも意識はレナールの方にしか向かない。
手の痛みは思い込みだと誤魔化しながら、走り出す。
「警告はしたぜ」
急に、俺の身体が炎に包まれる。
ようやく振り向けば、これまた別のフードが手を振っていた。
「ハガリ!!」
ヤマエが悲痛な叫び声を上げるが、結局今の俺にはどうすることも出来なかった。
身体が熱い、火は燃え広がって村全体にまで被害が行っているようだ。
俺は一体どこで間違ったのだろうか。
「マヤ、お願い!
こっちに来て!」
風で一瞬、炎が払われその間にヤマエが俺の身体を背負いこむ。
そのまま、マヤに飛び乗ったのが何となく分かった。
ああ、意識が遠のいていく。
恐らく、俺はこのまま気絶するのだろう。
そんな朦朧とした感覚の中、頭を巡ったのは百パーセントの後悔だけだった。




