野菜炒め殺人事件
軽自動車が擦れ違うのもやっとといった道路を、三つの影がユラユラと揺れている。カーブミラーが映し出すその動きは、まるでゾンビのようであるが、しかしその主はしっかりとした生の証を荒々しく響かせていた。
「あっつー、暑すぎないかな今年の夏。去年もう少し涼しかった気がする!」
真ん中でフラフラと揺れながら、無駄に呼吸を荒らげて不満を表しているのが、紅一点のトモ。唯一不満を感じないことといえば、両側で同じように揺れながら歩く二人、カルとクラが荷物を持ってくれていることだろう。
今はトモの実家への帰り道。田舎の性であろうか、自動販売機へと飲み物を買いに行くのも中々堪えるものがあった。
まぁ、そこは季節柄というのが一番だろう。冬であれば、冷える体を暖めようと歩くのも苦ではない。春や秋なら楽しいほどだ。ただし夏、それは語るのも野暮だろう。
「なんで二人はコンビニで買ってきたりとかっていう優しさを見せないかなぁ。女の子が家で野菜炒めを作って待っているんだよ? 冷たい麦茶でお疲れ様くらい言えないの?」
「むしろ、なんで冷蔵庫の中に飲み物がなかったんだよ。客が来るなら買っておくだろ」
カルの言葉がトモの心を抉った。
「美味しい野菜炒めを作り出すことに成功した、振る舞ってあげるから来るように。両親不在で寂しい。そんなメッセージが届いたときには、ちょっと嫌な予感がしたけどさ」
クラの苦笑いは、ちょっとした救いであった。結婚記念日が近い両親を旅行へと送り出し、一人夏休みを謳歌していた中で暇潰しにと凝り出していた野菜炒め作り。ようやく完成形が見えて振る舞おうとした矢先にこれなのだ。
買い物の際の頭の中には、材料のことしか頭になかったのだろう。クラはそれが予想できていた。事前に持ってきていたエコバックの中には、ペットボトルが数本雫をこさえている。……予想できていたのなら、買ってくれば良かったのにとは誰も言う元気はなかった。
「ところで、野菜炒め殺人事件が起こったとき、どの食材が犯人になるだろう」
暑さに沈む空気を変えようと、カルがいつもの話題を提供する。
「あー、でも私が作ったのはキャベツとニンジンとタマネギのシンプルなものだよ。みんな仲が良さそうだし、殺人事件には至らないんじゃないかなぁ。あ、勿論豚肉は入れた。お肉大事。特に夏は」
「あ、それもう決まりじゃん。仲良し野菜グループに紛れ込んだ一人のお肉。犯人は豚肉で間違いない」
クラの言葉に、トモとカルはなんで、と首を傾げた。
「でも、豚肉が犯行に及んだら、残った二つには犯人が丸分かりってことでしょ? そんな危険を冒す?」
そんなトモの疑問に、クラはチッチッチッと指を振った。
「だから豚肉は作戦を立てたんだ。犯行の動機は、野菜炒めの中で自分がメインだと証明するため。その為に、豚肉はタマネギとキャベツに取り入った」
「なんでタマネギとキャベツなんだよ」
「相性が良いから。タマネギは丼物や焼き肉なんかでも一緒になるだろ? キャベツだってそうだ。そんな関係があるだろ、と言い寄った。あ、揚げ物でも相性良いよな。トンカツにはキャベツ。串カツにはタマネギ」
カルの疑問に、クラの想像力は加速した。
「二人に取り入ったことは、それぞれは知り得ないことだった。だからニンジンが被害に遭ったときは、それぞれが豚肉が犯人ではないと思い込み、それぞれが犯人ではないかと考える」
「そっか、それぞれをアリバイ作りに利用することで、タマネギとキャベツの間で不和が生じるのね」
トモもその後の展開に予想がついた。互いに疑い、疑心暗鬼となり、どちらかが我慢しきれなくなると犯行に手を染めるのだ。残った一人を豚肉が手にかければ、作戦は完遂されたと言うことになる。
「そして豚肉は、ご飯とランデブーを繰り広げるのさ。もしかしたら、豚肉と一緒になりたいご飯が仕組んだことかもしれないけど」
そう話を締めくくれば、もう目の前にはトモの家。散歩をして、物騒な話ではあるもののご飯の話をして。今ならどんな野菜炒めだろうと美味しく食べられる、そんな腹の具合であった。
「……あ、ご飯炊き忘れたかも」
熱くなればなる程、視野は狭くなるものである。それは気持ちも気温も同じこと、なのだろう。きっと。