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第十一話 警告

 帰宅する人々で賑わう都の下町。ぼんやりと明るい橙色の街灯に照らされて宿を目指す。


 


「ふぁ……」



 

 それにしても今日はよく字を追ったからか目が疲れた。なんだか視界が霞んでいる気もするし頭も痛い。


 眼精疲労ってやつかな、と目頭を押さえようとしたそのとき。


 


「わわ……っ!!」


 


 路地裏から伸びてきた男の手に腕を掴まれて思い切り引っ張られる。街灯の灯りも夕陽も届かない薄暗い路地は埃っぽくて、眼の疲労もあってなかなか状況が掴めない。



 もしかして人攫い?それとも過激派?


 どうしよう、私殺されちゃうのかな。


 

 恐怖で一気に冷や汗が全身から吹き出てくる。


 


「ぐ……誰か!誰か!」

「ちょ、静かにしてよ」


 


 背後から口を塞がれて精一杯の力で手足を動かす。こんなところで死にたくない。


 その一心でなんとか身を捩り私を狙う男の顔を見て、私は脱力した。


 


「あ、アンリ……?」

「そうだよ、僕だよエグランティーノ……いや、姉さんって呼んだ方がいいか」

「本当にアンリなの?」

「そうだよ、驚かせてごめん。あんまり人前に出ると良くないって思ってさ」



 

 私に似た顔立ちに少しだけ高い背、天使のようなくるくるの髪、そして何より海のようであり空のようでもある深いブルーサファイアの美しい瞳。


 間違いない、私の弟のアンリだ。



 

「ほ、本当にびっくりしたんだからね。死ぬかと思ったもん」

「だからごめんって、僕も一応家の人間だから表立っては会いに行けなくてさ。こうするしかなかったんだよ」



 

 ようやく解放された腕を摩りながら、前に会ったときより高くなった背に驚く。

 力も強くなったし背も伸びてる。声だってまだ完全に変わってはいないけど、昔のソプラノに比べると随分と低くなった。


 男の子の成長は目まぐるしいなぁ。



 

「それにしても驚いたよ。みんなから姉さんが男の格好で出かけたとは聞いてたけど、まさか騎士の姿を真似るなんてね」

「良い案でしょ?」

「ま、姉さんにしては良いんじゃない?どうせ街の子供にでも聞いて回ったんだろうけど」



 

 相変わらず生意気な口を利く弟に呆れながらも、元気そうな姿に安心する。


 弟のアンリはまだ14歳。未成年だから兄様や姉様のように軍務にはつけないけれど、当主を兄様に譲ったお父様のいる西方の友好国との国境で軍師としての勉強をしている。


 家族といえど厳しい父のもとで大丈夫なのかと心配していたけど、どうやらその心配は杞憂だったらしい。



 

「それで、今日はどうしてここに?まさか私に会いにくるためだけに?」



 

 口ではツンツンとしながらも嬉しそうに笑う弟は可愛いけれど、あまりここで長時間を過ごすわけにもいかない。


 用件を聞くと、事情を思い出したのか急に顔を青くしたアンリが私の肩を揺すった。



 

「そんなわけないだろ!そうだ、大変なんだよ姉さん。一大事なんだ。過激派の勢力拡大が予想以上で、姉さんの行く予定の全ての街に暗殺部隊を配備したって!」


 


 その言葉に目を見開いたものの、心のどこかで冷静にやっぱりなと納得していた。だって兄弟から聞いただけでも過激派に関与している疑いのある貴族はかなり多い。


 


「分かった、出来るだけ街には長居しないように気をつけるね」

「気をつけるって……なんでそんなに平気そうなんだよ!殺されるかもしれないんだよ?」

「あのねアンリ、私今人と一緒に旅をしてるの。アンリも知ってるすごく有名な人。だから大丈夫」

「誰だよそれ、本当に信頼できるの?」


 


 ふわふわの柔らかい髪を揺らして眉を顰めるアンリを宥めるように肩を叩く。


 随分と大きくなった肩は頼りになりそうなのに、幼い頃からちっとも変わってない表情を不安に歪ませている姿を見ると兄弟喧嘩で悔し泣きをしている頃のアンリを思い出してしまう。




「本当に大丈夫、詳しくは言えないけど、怪しまれてもちゃんと誤魔化せる策もあるから」

「……本当だね?」

「勿論」


 


 グエンとの約束だから詳しい説明が出来ないのはもどかしいけど、あの勲章がある限り最悪のケースは避けられるだろう。

 それよりも危険なのはこれ以上この場に居て、アンリとの関係から私の正体がバレてしまうことだ。


 


「教えてくれてありがとうアンリ、心配しないで。私そう簡単には死なないから」

「別に心配してるわけじゃ……まぁいいや、用はそれだけ。僕は反対の路地から出るから、姉さんはそのまま戻って」

「分かった」


 


 アンリも時間が限られていることは分かっているから、これ以上は深く追及してこなかった。


 改めて帽子を被りなおし、アンリに向き合う。


 


「それじゃあまたね」

「うん。僕も儀式の前には渓谷に行くつもりだから、くれぐれも死なないでよ」


 


 お互いに一切振り返らずに路地裏から賑やかな通りの人混みに姿を消す。静かで薄暗いあの空間から人の喧騒溢れる街に戻ると、まるで今まで世界から隔離された別の空間に居たんじゃないかとさえ思えてきた。



 一瞬の邂逅だったけど、弟に会えてよかった。

 元気そうだったし何より心配してもらえたのが嬉しかった。


 


「……早く帰らなきゃ」

 



 急ぎ足で宿に向かう。グエンは日が沈むまでには戻るって言ってたからそろそろ帰っていてもおかしくない。



 


「あれ、まだ明かりがついてない」


 


 ブルーの鳥のモチーフが揺れる宿の2階、私たちの部屋はまだ真っ暗で部屋に誰もいないことを示していた。

 宿の戸を開けて階段を静かに登る。


 


「遅くなりました〜〜……」


 


 鍵を開けて部屋に戻ると案の定部屋の中には誰もいなかった。

 よかった、グエンもまだ戻ってない。


 荷物を置いてランプをつける。ぼんやりとあたたかい炎が部屋の中を照らしてホッと一息ついたところで、トントンと階段を登る音が聞こえてきた。グエンだろうか。


 


「ごめん、遅くなった」


 


 ガチャリと鍵が開いて、すっかり見慣れた顔が部屋に入ってくる。



 

「いえ、私も今戻ったところですから……あれ、グエン?どうかしました?」

「……や、なんでもない」


 


 難しい顔をしたグエンに首を傾げながらも、本人が聞いてほしくなさそうなのでそれ以上は追求しなかった。きっと友達が結婚してたとか子供がいたとか、逆に犯罪をしてたとか詐欺に遭ってたとか、色々話を聞かされたのかもしれない。



 

「すぐに下で食べます?それとももう少し休みますか?」

「あ〜、もう食べちゃおっか」


 


 こういうときは普通に振る舞うのがいいだろうと敢えて明るく尋ねると、グエンも少し表情を和らげて答えてくれた。


 


「今日の宿の食事は何なんでしょうね」

「カブのポタージュと茸のソテーって書いてあったよ」

「美味しそう!」


 


 幾らかの硬貨を取り出しやすいところに入れて部屋を出る用意をする。


 野菜を食べるのなんて久々だ。今はまだ少し暑いけど一応暦上は秋だし、そろそろ収穫の済んだ秋の実りたちが食卓に並ぶ頃だろう。

 



「ねぇ、ティーニャ」

「なんですか?お金、もう少し多い方がいいですかね?」

「……や、何もない。お金はそれで良いと思うよ」

「?、はぁい」


 


 やっぱり少し様子のおかしいグエンが気になる。もしかして私に何かついてる?埃とかだったらやだなぁと一応部屋の鏡で確認したけど何にもついてなかった。



 となると、彼が言いたいのはもっと大事なことだ。妹さんが見つかった、旅を辞めたい、もっと騎士の代わりに相応しい人を見つけた……考え出したら可能性は山ほどある。


 どれも私にとっては困ることだけど、グエンが言うなら仕方ない。無理に聞き出したりせずに、グエンが話すまで待とう。


 


「じゃ、行きましょうか……?」

 





 そうして食べたその日の夕食は旅が始まってから一番のご馳走だったはずなのに、グエンの様子が気になって一切記憶に残っていないのだった。

 

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