甘いデザートに中華街
美しい満月のヨル。注文は人身売買の拠点制圧。ある国の港でコンテナから大量の“難民”が見つかったそうである。現地の警察の捜査によって仲介人が捕まり、自供から生存率が3割でも利益が出るそう。取引日も吐いた。
「一花ちゃん?」
莉奈の問いかけはムシして遊底を引く。懲罰的な放校処分にはならなかったものの、評価が落ちていないか心配であった。命じてはいないが、別項目の教官の推薦伝々で仮のペアになっている。
「正面の隊が陽動して、遊隊が右左翼から迂回して、背後から敵を叩く」
部隊長が説明する。教科書通りの古典的手法であった。私たちは正面の陽動部隊に配属になった。敵は建物ではなく地上に展開しているの? いやな予感がする。……この旧港町は景観保護区であり、煉瓦調建造物に傷でもついたら困るのではないか。私たちはハンドガンだが、見回して小火器の中でも強力なもので武装していた。
「一花ちゃん、行こう」
「……莉奈、前線部隊の前線に行かない?」
「一花ちゃんと一緒する!」
私たちが死亡率の高い前列に位置するのは想像していなかったのか部隊が慌て出す。
「隊長、敵が地上に展開している保証はなく、機動性の高い前線にいます!」
「一花ちゃんに同意します!!」
まず、狙撃手による照準の的になるのは弱そうなヤツであって、私たちに違いない。……ていうか、この注文は少数精鋭で完遂するって思っていた。この動員でもうすでに敵にバレている。
「一花ちゃん、私、集団行動苦手だから、疲れる」
「……遊隊が先についちゃうんじゃないの」
建物の区画は碁盤の目になっていた。海のほうに先導する隊長は慎重に動く。港は平地になっている。……敵がいない。ガセか。思考が巡る。
「私たち先に見て来ます! 莉奈行こう!」
制止があったが私たちは駆けていく。波止場。取引日なのに船すらなかった。……おかしい。遊隊もいない。背後には海がある。
「一花ちゃん、戻ろう!!」
何か気づいたのか莉奈が叫び、私たちは遊隊の左翼に合流するよう動く。闇が光り点滅する。かすめていく。物陰に飛び込んで、やめるよう信号を送る。でも、止まらない。……標的は私たちだった。お互い位置がバレるのでスマホの電源を落とす。
「包囲する“敵”の層が薄いのは――」
「このまま正面突破するのがいちばん薄い!」
物陰から飛び出て駆けていく。障がい物もなく美しく整備してある区画で銃撃はやりにくい。満月に雲が被る。闇。消音器の取り付けも終わり、私たちは靴を脱いで静寂に溶けていく。莉奈が私の肩を叩いた。合図である。
「謹しんで哀悼の意を表します……」
小声で呟く。敵は立案通り5人一組で動いていた。距離300mくらいか。莉奈が二人、私が三人撃ち落とす。大抵の場合、横並びで動くので、しばらく待ってから駆ける。簡単に戦線から抜けていけそう。敵影はなく私は莉奈の肩を叩く。
「一花ちゃん、尋問する?」
「しない。優先度が低いもん」
「だね」
麻酔弾は回収する。転がる人たちは隠す所もなく放っていく。保護区から抜けて靴を履いた。靴下に穴あいてそう。息を潜めて動く。今は大通りのファミレスで一息ついていた。狙撃が怖いので窓から遠い席で景観はよくない。銃口は莉奈に向いていたように思うが、こういうのは一度もなかった。また、聞いたこともない。
「サイアク」
「一花ちゃん、何にする?」
メニューに目を通す。……甘いのがいい。
「メロンパフェにグラフィックラテ」
「減量中じゃないの?」
「いいの」
端末から注文する。莉奈は注文用の端末と知らない人のスマホを線で繋げていた。本体は都内の店で売っていた転売品。通信通話の契約は傭兵会社になっていた。末端の兵隊は主に会えてはいないらしい。
「持って来たの?」
「ですです」
原理はわからないがクラッキングして、ホーム画面が映る。通話の履歴もなく、メッセージのやりとりも自動で消えるアプリだった。ただ、標的の画像だけは保存してあり、……莉奈の盗撮写真が残っている。ドレス? 着るんだ。
「一花ちゃん、巻き込んでごめんね」
「別に……、こういう日もあるでしょう」
私たちが陽動隊の後ろにいたら、遊隊が背後に出たのか。いや、更に後ろにいて建物に配置しつつ動いていたのか。反転して逃げるのは難しいかも。巻き込んで……?
「初めてじゃないの?」
「一花ちゃん、聞いてくれる?」
「応援が来るまでなら……」
私はパフェに舌鼓を打ちつつ聞く。話長そう。
「一花ちゃん、あのね、私、官庁のSP所属なの」
「エリートじゃん……」
うちの学校でも年に1人出るか出ないかくらいの職だった。つまり、あの弁当、私の両親も警護対象でしたってオチでしょう。……莉奈のほうがいいの? イライラする。私にも承認欲求ってものがあったらしい。
「一花ちゃん、いつからか、私も標的になっていた」
「莉奈、習ったじゃん、顔バレしたら業界から足を洗って、転職したほうがいいよ」
「ぅ……」
「ごめん」
転職の一言は酷であった。業界の頂点に登ったら次は何をするのだろう。気になる。就職の実績があっても、会えるOBはいるのか。……亡くなっている? 莉奈も?
「最期が一花ちゃんとペアでよかった」
「あのね、莉奈、勝手に死なないで、まだ1件残っているでしょう」
「そう、だね」
応援に保護してもらい寄宿舎に戻っていく。……なんで私なんだろ。走り出す。首都高はせせこましい。中華街くらい行ってもよかったかも。今、運転手が振り返り、私たちに銃を突きつけても驚く事はない。でも、黙って死んじゃう気ではいなかった。
「莉奈、中華街に寄ってもらおうっか」
「一花ちゃんに一緒する」
横浜・南京町・長崎新地が三大中華街だそうだ。占い屋もおおく立ち並び、帰りに寄っていこう。今回の報酬が出るのかわからないが、財布に相談して3000円のコースにした。特筆するものはないが、チャーハンは2人前も4人前も量的にかわりないんじゃないの。キョロキョロするのが悪い癖であった。また、来よう。
「明日は必ず出席する事!」
「うん」
莉奈は頷く。乗車して光輝く大橋が窓から見える。何気なく手を繋ぐ。莉奈がいなくなったら困りものだ。そう自分に言い聞かせる。