あの日の弁当
授業中も一花ちゃん、一花ちゃんで頭痛がする。ただ、莉奈は同業の強豪校にいただけあって、悔しいが体力も技能も卓越していた。銃器の扱いも上手く、分解組立のタイムもほぼ同じ。いや、私より早かった。「一花ちゃんがハンドガンだから私はナイフにする」って言い、勝ち取ったものではなく、譲り受けたもので、かなり自尊心が傷ついた。模擬であっても銃口が向くあの光景は思い出したくもない。
「一花ちゃんのたまごサンドおいしそう」
「減量中だからあげる」
今も教室で机をくっつけて目の前に莉奈がいる。小さい口で頬張っていた。傷心のランチタイムなのだから、放っておいて欲しい。この子は転校していった平井に釣り合わない、そう思う。正直、私も……。でも、まだ、実戦は未知数であった。いくら実技が上手でも、だめなヤツはだめ。いくらか心に余裕が出る。
「小松さん“注文書”が職員室の前に張り出してあるの、見にいかない?」
「……一花ちゃん、呼びは莉奈がいいな」
莉奈は低い声になり真顔で言う。
「ファーストネームで呼び合うのはペアだけ、私たちは違うでしょう?」
莉奈は私の指摘を無視して新品の生徒手帳にあるペア申請の項目を熱心に読んでいた。
「だから、職員室、だね」
「ぇ?」
「一花ちゃん、ほら、ここ」
莉奈は差し出す。ペアの申請は本人らの希望に限らず[中略]教官の推薦及び警察官庁の[中略]、但し、著しく秀でた成績のものが命ずる時、基準の如何に関わらず受理する。
「命ずる?」
「そう」
「私に命令するの?」
「今のトップは一花ちゃん、だよね。やっぱり一花ちゃんの世間体もあるからね、私、頑張る」
この子怖い。私は莉奈に憑いて申請書類の受け取りに向かう。難易度の低い注文書が壁にずらり並び迷っていた。発注は個人から国家まである。莉奈しだいではあるが順当に敵拠点制圧の支援がいいでしょう。決める。
「一花ちゃん、この要人警護にしよう」
「いいよ」
莉奈の規則違反に講師陣は反応しない。内心、こういうのは原始的で目立つ所に出ないので偽の注文じゃないかって思う。……そもそも一緒する義理もない。だが、正規の注文書だった場合、莉奈だけで完遂でもしたら私の地位が危うくなる。
「小松さん、ウォーミングアップにこの注文書にしませんか」
「一花ちゃんが言うなら一緒する」
莉奈の実力も知らず高難易度の受注は危険に思う。スマホで2件申請して許可が出る。公休扱いで出席日数に影響はなく、配属も即時であり帰っても文句は出ない。
「私は準備があるから帰る。小松さんは?」
「一花ちゃんに一緒する」
莉奈の住居は知らないが、私は寄宿舎に帰る。情報に準じて推察するが、敵は武装集団ではない。受注するからには完遂するが、トップであり続けるのが私の目標であり、莉奈の活躍は困る。邪魔はしないが失点はしない方針でいく。寄宿舎に戻るまでに頭の整理が終わった。
「……? 隣なの?」
「ここ」
「私の部屋?」
「そう」
莉奈は指差す。私の住処は相部屋ではない。
「何かの間違いだから、寮母に言って」
「ここ」
莉奈の振る舞いに溜息が出る。
「一花ちゃん、朝言っていた……チョウキョウってなに?」
「えっ……、別に」
体が熱くなっていく。やっぱり莉奈は消すしかない。
「で、どこ住みなの?」
「ここ」
「……そう」
根負けする。埒が明かないので招いた。莉奈が私に執着する訳がわからない。今は何も考えたくない。聞く気にもならないので、制服を脱いでいく。ブラウスは洗濯機に放って、帰宅時のルーチンに戻る。ただ、莉奈がいるだけで違いはない。
「寝るならソファーね」
「そうする」
街に出るか迷う。莉奈も一緒するって言うだろうから、誤解に繋がる。弾も十分にあり、問題はない。でも、冷蔵庫は空であった。……もしかして私がご馳走するのか。
「一花ちゃん、私が作る」
冷蔵庫の前に立ち腕組みしていたからだろうか、莉奈は言う。仕方がない。ここで莉奈が消息不明になったら、私に疑いがかかる。毒殺は今度にしよう。「調教しよう♪」って聞いただけで殺害するのも自分本位である。逆も有り得るが、動機が見当たらない。それに、朝、いくらでも機会があったはず。
「じゃあ、頼もうかな」
莉奈は頷く。買い物は一緒しない。……献立について私に聞かないで出ていく。調子が狂う。ソファーに深く座り、あの子の靴下が落ちていた。採取してもいいが、同性でも悪趣味である。文庫本を開く。……気が散る。洗濯しよう。摘み上げる。
「一花ちゃん!!」
「ひぃ、おかえり」
気持ちは弛緩してはいたが、気配が全くなかった。素で反応したが即座にリカバリーする。莉奈は紙袋の中身を机に広げていく。こういう時、カレーじゃないのか。この食材じゃまるで……、いや口にはしない。
「ランチもらちゃったから、お返しする」
「ああ、そういう……」
「一花ちゃん、待っててね」
チラ見する。料理の旋律が懐かしい。まるで……、いや口にはしない。イヤな予感がする。
「一花ちゃん、完成です」
莉奈が机に運び披露する。あの日の弁当だった。一口、二口……。ハシが止まる。
「一花ちゃん、おいしくない?」
「……別に、減量中だから制限に引っかかる」
「一花ちゃん、ごめんね」
「残りは明日もらう。もう寝る」
「ぁ、ぇ、一花ちゃん、おやすみ」
強引に区切り寝室に戻っていく。わからない。弁当は母が作ったもののはず……。コマツリナはナニモノなのか。“あいつ”? でも、男の子じゃなかったっけ。あれっ記憶違い? 私ですら再現出来ていないのに。イライラする。頭がパンクしていた。部屋中いったり来たりする。
「私っ! 一花ちゃんの隣にいたい!!」
「“今さら”、何のつもりよ!!」
響く。私は反射的に扉を撃ち抜いた。静寂。
「私は隣にいたいの! 一花ちゃんの背中じゃなくて、隣がいいの!!」
莉奈が応戦する。扉に穴が開いて窓の硝子が散っていく。莉奈があの日の“あいつ”に思い頭に血がのぼる。涙が頬を伝う。幾度かの銃撃で扉が吹き飛び、塵が舞っていた。ベッドも穴だらけ。無駄打ちでもう弾がない。狭い部屋での近距離戦は苦手である。詰んではいるが、ナイフ片手に駆ける。
「あなたの所為で私はっ!!」
わかっていた。衝突の衝撃に耐える事が出来ず、私の持つナイフが飛んでいく。残るは形見に等しい拳銃だけ。いや、取り出す時がない。莉奈が馬乗りになっていた。いやになる。もう殺して、そう思う。
「私は大切な場面で転びません。だから、一花ちゃんの隣にいてもいいですか」
「はぁはぁ、……急になに? イヤ。ペアはいらない。命令したかったらしたらいいでしょう」
「……一花ちゃん、……、……片付けよう」
莉奈は解放する。私は立ち上がってスカートの埃を祓った。この惨状は放校処分になりそう。