1 世界から人が消えた
俺は28歳独身の一般的な会社員。
予定通りなら婚約者のいる独身になっていたはずだが、ついさっき俺のプロポーズは彼女にあっけなく振られてしまった。
今の会社はブラックだし、これといった趣味もない。さらに社会人になってから友達といったものが少なくなった。
唯一の癒しはペットのにゃん太郎だ。
「にゃん太郎、おいで」
「にゃあ」
この毛並みだけが俺のすさんだ心を和ましてくれる。にゃん太郎だけが俺の味方だ。
彼女のことはいったん忘れよう。人生設計に狂いが出てしまったが問題はない、はず。大丈夫だ、28歳ならまだチャンスなんていくらでもある。
本当に好きな人と巡り会ってから結婚するのがベストだが、いつまでも独身だと世間の目が気になってしまう。
「いっそのこと、皆いなくなればいいのにな」
「にゃん?」
「なんでもないよ」
皆いなくなればいいのになって、何考えてんだろ。
きっと疲れてるんだ。明日も仕事はあるんだから、さっさと寝よう。
* * *
グッドモーニングエヴリワン。
ただ今の時刻は午前8:30。遅刻30分前。ここからオフィスまで、30分かかる。ギリギリ間に合いそうだ。
「にゃん太郎、行ってきます」
扉の向こうには異変が広がっていた。
全く音がしない。
人の気配がない。
いつも人でごった返している通りに、今日は誰一人としていなかった。まるでこの世から人類が消えたみたいに。
「これは・・・?」
もしかして昨日の願いがかなったとか?まさか、そんな冗談みたいなことが起こるわけが・・・
「にゃん太郎、いるか?!」
慌てて家の中を探すが、にゃん太郎はどこにもいなかった。
人間だけでなく、動物も消えている?もしくはにゃん太郎だけが特別?それともただ単にどこかに行っただけ?
「わけわかんねぇ・・・」
とりあえず誰かいないか探してみよう。この状況について知っている人がいるかもしれない。
――誰もいない。
スクランブル交差点の真ん中で大声を張り上げてみても誰も反応しないし、ネットを見ても今日の午前3時から一切の投稿がなくなっている。
本当にこの世界には俺だけしかいないのかも・・・いやあきらめるな。世界のどこかには誰かが生きてるはずだ。
「ぎゅるる・・・」
とりあえず腹が減った。デパ地下に飯でも買いに行こう。
「すげぇぇ、まじでだれもいねぇぇ!!」
誰もいないデパ地下で思いっきり叫ぶ・・・結構楽しい。
普段は高くて手が出せない食材も今なら取り放題だ。
カニ、白菜、白ネギ、春菊、シイタケ・・・はいらないな、おれキノコ嫌いだし。人参、豆腐、葛きり、昆布、それとカニ鍋用だしパックを買えば完璧だ。ついでにポン酢とパックご飯も買っておこう。今夜は豪華だぞ。
レジに千円札だけおいて店を出た。人間のいなくなった世界で通貨なんて意味をなさないと思うのだが、財布に入っていたのがこれだけしかなかった。
「おつりはいらないぜ、取っておきな」
これだけ買い物をすれば絶対に千円は超えているが、このセリフを一度言ってみたかった。
意気揚々と家に帰って、重大なことに気づく。
「電気止まってるから冷蔵庫使えないじゃん」
このままだったら確実に夜までに腐っていしまう・・・カニ鍋はあきらめてしまうか、それとも――
「今食べてしまえば解決だな」
急遽、朝飯にカニ鍋をするという暴挙に出ることを決意したが、ここでもあらたな問題が発生する。
ガスが通っていない。
人類がいなくなれば電気、ガス、水道のインフラは崩壊するのだという当たり前の事実を突きつけられた。
「ちょっと待て、水道・・・?」
電気とガスは試したが、水道はまだ試していない。もしかしたら・・・!
ジャアアーー
水道はどうやらまだ生きているようだ。これでカニ鍋の希望が生まれた。
調理のための火は、バーベキュー用のガスボンベがあったはずだ。意外となんとかなりそう。
まずは野菜を切って、カニ鍋用だしに昆布を入れて煮立ったら、カニをゆでてポン酢でいただく、そしてほかの具材を投入してカニと一緒にポン酢で食べる。
「うっま」
貧乏サラリーマンにはめったに食べられない食事に思わず舌鼓を打ってしまう。
「にゃん太郎も食べるか?いや、ねぎ入ってるからあまりよくないかも・・・って」
にゃん太郎はいなかったな。・・・本当にどこに行ったんだろう、まさか人間と一緒に消えたなんてことはないよな。
「にゃん太郎、探しに行くか」
ついでにこの人がいなくなった世界がどうなっているのか見てみよう。