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 結論から言うと、どちらも購入した。秋の泉を身につけたエルフリートを見たロスヴィータが絶賛したから、即購入を決めたのだ。

 ワンピースの裾にはレースがあしらわれている。それが刺繍した綿布を刺繍の模様に沿ってくり抜くもので、爽やかさを添えていた。

 付け襟に使われているのも同じタイプのレースで、更に模様もよく似ている為、最初からあつらえたかのようである。ロスヴィータが絶賛する気持ちも分かる。


「これ、着ていくわ」

「ありがとうございます」

「私が払おう。最初の夜空のワンピースも購入したい」

「お荷物はお送りいたします。どちらへお届けしましょうか?」


 華やかな女性に案内され、ロスヴィータが離れていった。

 残されたエルフリートは靴を履き直しながら店員に声をかける。


「先ほどの方はオーナーさん?」

「はい。正確に言うならば、オーナーでこの店のデザイナーになります」

「そうだったの。取り扱っているのは中流階級向けだけになるの?」

「この店舗ではそうなりますが、上流階級向けの店舗もございます。あなた様が日常的に身につけられるようなものは、そちらの店舗に揃っております」


 うん。ちょっと事情がわかった。ここ『ティエドゥール』はエルフリートとロスヴィータをマディソン騎士団長とボールドウィン副騎士団長として認識している。それを暗に匂わせたのである。

 上級貴族である二人の普段着はこの店舗には存在しない。でも、そんな二人が欲しているのは中流階級向けの私服だった。

 要望に添った品を与えて興味を引かせ、エルフリートからこの質問を引き出した。そして自分たちは二人の事を分かっていますよ、とひっそりとアピールしてきたわけである。


 やっぱり当たりだ。こういうやり手の人間とはぜひ縁を繋いでおきたい。エルフリートはこれからしばらく、エルフリーデとして渡り歩かなければならない。

 今まではロスヴィータのご両親からの依頼という事で、ある程度はこっそりと頼らせてもらっていたが、これからはエルフリーデという存在を強固にする為にも自分のツテは用意しなければならない。

 ただのデートにこんな幸運が転がっているなんて誰が思うだろうか。とても運が良い。


「今度、別の機会に立ち寄らせていただくわ。ちょうどどこかに頼もうかと考えていた事があるの」

「そうでしたか。ぜひお越しの際はじっくりお話を伺いたいので事前にご連絡ください。オーナーに対応させます」

「分かったわ」


 最近の流行を取り入れたいけど、安易に取り入れると動作が心配だからね。いざという時に動けないとロスヴィータを守る事ができない。

 ひっそりと工夫をするべきだ。創意工夫を凝らした服を作れる人間になら、それも可能だろう。

 上流階級向けのブランドの『ソルシエール』を教えてもらう。そうこうしている内にロスヴィータとオーナーが戻ってきた。オーナーが小さな袋を持っている。


「さあ、行こうか」

「うん。ありがとう」

「ありがとうございました。こちらは小さなおみやげですわ」

「ご連絡お待ちしております」


 オーナーから手渡されたそれは、とても軽い。店舗から出たエルフリートはロスヴィータに聞いた。


「これは何だと思う?」

「ああ、それは髪飾りだよ」

「髪飾り?」

「今のままだとちょっと不自然だから」


 そう指摘されて気づく。

 髪飾りはさっきのワンピースに合わせたままなんだっけ。


 元々男性だというのに加えて普段は制服ばっかりだったりして、洋服に合わせて髪飾りを細かく変えるという事をせずに生活していたから忘れてしまっていた。

 こういう“自覚の漏れ”が正体を掴まれる原因になってしまうのだってエルフリーデに指摘された事もあったなぁ。もう少し真剣に考えないといけないね。


「……さっそく開けてみるね」


 袋の中に入っていた小箱を開ける。中には可愛らしい紫色の髪飾りが入っていた。今付けているヘッドドレスに近い意匠のそれは、宝石の代わりに刺繍で作られていた。銀糸を混ぜて作られた薄紫色の糸がしとやかに太陽光を反射させる。


「私が交換しよう。飾りの位置は同じで良いか?」

「うん。お願い」


 ほとんど同じ身長だと髪飾りの交換が難しいだろう。エルフリートはロスヴィータがやりやすいように、少しかがんだ。髪飾りが抜き差しされ、小箱には先ほどまで身につけていた緑色の髪飾りがしまわれる。

 エルフリートが小箱を紙袋へと戻している間、ロスヴィータが最後の確認とばかりに髪型の崩れを直していた。


「よし、大丈夫だ」

「ありがとう。今度は雑貨屋ね」


 手を繋ぎ直し、町を歩く。雑貨屋は目と鼻の先だ。


「そうだ、フリーデ」

「うん?」

「これから買う予定のリボンだが、私とフリーデとフェーデの三人でお揃いにしようか」 

「え?」


 三人でお揃いとは、何を言っているのか分からない。エルフリートは足を止めてしまいたくなったが、首を傾げる程度に何とか留めた。


「……だから身につけるのはどっちのフェーデでも良い。ただ、ロスヴィータが婚約者とお揃いのリボンを身につけたいだけだ――というのは建前で、私があなたとお揃いを身につけたい」

「ロス」

「いや、今のは忘れてくれ。だめだ。それをしたら誰かに法則を見つけられてしまうかもしれない」


 こぼれた本音が入れ替わり露呈の糸口にされてしまう可能性に気づいたロスヴィータは、馬鹿げた考えだったと言葉を重ねる。それらの発言から、エルフリートが思っているよりも、エルフリートを一人の男として認識し始めてくれているのだと教えてくれた。


「嬉しい」

「ん」


 彼女の本音に完全に寄り添う事は難しいだろうが、できる限りは寄り添おうとエルフリートは決意するのだった。

2024.6.29 一部加筆修正

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