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一体どういう風にボルガ国を焚きつけたんだか。エルフリートには思いもつかなかった。
「どんな思惑があるかは分からないが、クルガンにボルガ国軍が派兵されているのは間違いない。幸い、向こうの魔法師は人数が少ないし、魔法騎士に限って言えば存在すらしない。こちらが負ける戦にはならないと自信を持って言えるが……」
ロスヴィータが口をつぐんだ理由は分かる。負けない戦だからといって、戦って良い理由にはならない。それに、油断していると痛い目を見る。
少なくとも戦争となれば確実に死傷者は出る。国民の事を考えるのならば、よほどの事がない限り戦争はしてはいけないのだ。
エルフリートは訓練中の騎士たちを見つめた。新人四人がバルティルデ一人に向けて仕掛けている。が、連携もなにもない攻撃は、すべて簡単にあしらわれてしまった。
そんな様子を見て不安がこみ上げる。女性騎士団が従軍するとなれば、全員参加である。果たして入団したばかりの新人は、戦えるだろうか。
バルティルデはもちろん問題ない。おそらくエルフリートとロスヴィータも。バルティルデは元々傭兵で経験豊富だし、エルフリートとロスヴィータは戦争こそ未経験ながらも仕事上、人間を手に掛けた事がある。
マロリーは、たまたますべて未経験であるが、やる時はやる女である。それに、身を守るだけの力がある人間だ。心配はしていない。
「――新人六人は、置いていくつもりだ」
「……そっかぁ」
「言い方は悪いが、足しになるか分からないのを連れて行ったところで無駄死にさせるだけだろう」
「そうだね」
ロスヴィータの言う事はもっともだ。エルフリートは頷いた。
「こちらも派兵するかどうかが決定するにはあと数日かかる。状況を確認しに早馬がカッタヒルダを目指しているそうだ」
斥候役が今どのあたりを走っているかは分からないが、片道分の日付は猶予がある見込みという事だ。
ロスヴィータに視線を向けたエルフリートは、彼女と目が合った。遅まきながら彼女が部下ではなく、自分を見つめていた事に気づく。
ロスヴィータは、為政者のような鋭い視線でエルフリートを見つめていた。
「私と共に、死んでくれるか」
何とも不吉な言葉だ。だが、エルフリートの胸はきゅんと絞られ、甘酸っぱい気持ちになる。かっこいい、男前なロスヴィータ。そんな彼女が愛おしい。
「もちろん。でも、私たちは死なないよ。今回は」
エルフリートは“エルフリーデ”でいる限り、死ぬ事は許されていない。“エルフリーデ”としてロスヴィータと共に死ねば、本物のエルフリーデに一生の苦労をかけてしまう。
「一緒に死ぬのは良いけどね。戦場で死んだら、私の秘密がばれちゃうもん」
「ははっ、それもそうだ」
冗談混じりに言えば、一瞬きょとんとしたロスヴィータは破顔した。ついさきほどまでの厳しさの籠もった雰囲気は霧散している。笑顔の彼女は、晴れの空に輝く太陽のようだ。
その光に照らされ、エルフリートは微笑んだ。
「あの子たちに知らせるのは、確定してからで良いかな」
「私もそのつもりでいる。戦争の匂いに敏感なバティやアントニオの婚約者であるマリンは既に気がついているかもしれないが、我々が口にしなければ、不用意な事はしないだろう」
戦争になる前に解決してしまう可能性もある。わざわざ不安がらせる事はない。
エルフリートは気分を切り替える為、わざと気合いの入った笑みを作って、訓練中の仲間を見る。
「よし、方針が確定するまで、びしばしいこうね」
「あまりいじめないでやってくれ。リタイアされてしまったら困る」
エルフリートの宣言に、ロスヴィータが待ったをかける。二人は顔を見合わせて笑みを交わすと、窓枠を跨いで飛び降りた。
戦争、回避できると良いな。そんなエルフリートのささやかな願いは、数日後に破られる事になる。
報告を聞いたのは、ちょうどブライスの隊と臨時演習をしている時だった。彼らの隊が得意とする罠を解除するという、意外に重要度の高い演習である。
対人戦を意識した演習に、戦の空気を感じ取っている面々の真剣度はかなり高い。いかに罠を見つけ、解除するか。もしくは罠を利用するか。その判断はゲリラ戦や少数での潜入など、特殊な状況になった場合において命運を分ける事になる。
戦争が起きるとしたら、今回の戦場はカッタヒルダ山中か山の麓となる、というのがロスヴィータやエルフリート、ブライスの考えである。山中での戦闘は厳しい戦いになるが、それが可能ならば、クルガン領を占領する前に決着をつけたい。市街地が戦闘区域になれば、ただの市民が巻き込まれる可能性がある。
誰も好き好んで人を殺したい訳ではないのだ。双方とも犠牲の少ないにこしたはない。
「山の中で混戦って卑怯かな」
「……ゲリラ戦を騎士が戦争でやるという事か?」
「うん。騎士道に反するけど、この戦争って双方にうまみがないんだもん。なんでこっちが被害受けなきゃいけないのって思わない?」
「否定はしないが……」
「もともとこの訓練だって、山の中での混戦やむなしってロスも思ってるからブライスに相談したんじゃない」
「それは、そうだがな」
ロスヴィータが戸惑った声を上げる中、エイミーが罠に引っかかった。罠を解除しようとして逆に引っかかったらしい。頼りない悲鳴が響く。
うーん、こういう時のエイミーは単独行動厳しいなぁ。必ず同伴させよう。
「でも実際さ、カッタヒルダを越えさせてから戦闘にするのはダメでしょ。できれば被害の出にくい場所で初戦を迎えたいし、かと言って防衛戦なのにクルガン領に侵入したらこちらが侵略者になってしまうし。
そうなると、戦うには最悪の環境だけど、カッタヒルダ山中でどうにかするのが一番良いよ」
「提案は、してみよう」
あまり乗り気ではないようだが、彼女も思うところはあるようで「白兵戦でゲリラか、やはりエイミーは連れていけないな」とため息混じりに言った。
2024.8.4 一部加筆修正




