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「とりあえず、まずは一着選ぼうか」

「うん」


 ロスヴィータの提案で最初に目に入った店へ入る。二人の姿に一瞬驚いた様子を見せた店員は、すぐに気を取り直したようで会釈をしながら下がった。

 珍しい対応だと思いつつ、二人は女性物の売場へと向かう。時期的な関係だろうが、冬物の方が多い。今の時期に着られるようなものは少なかった。

 先の物を買っても良いが、目的はエルフリートの着替えである。今着ても問題のないものが欲しい。


「どれが良いかな。いっそ私が着ている服に色を合わせるのは? あなたなら何色でも似合うし、どんなものを着ていたって愛らしいに違いない」

「ロス……」


 ロスヴィータはエルフリートの反応を待たず、ひたすらハンガーに下げられたワンピースを物色している。今彼女が手に持っているのは、突き抜けるような青空にも似た色だ。


「色は良いが、フリーデが着ると目立ちそうだ。もう少し柔らかいか深い色の方が……ふむ」


 ……えっ、色は良いんだ? エルフリートは不安になった。ロスヴィータのセンスがいまいち分からない。でも、彼女の私服はとてもかっこいいし似合っている。

 今までのお出かけのほとんどは飲食が目当てで、こうして服を選ぶ事なんてなかったからなぁ。エルフリートの不安をよそに、彼女の言葉とは裏腹に色味の強いものを体へ当てられる。

 ちょっと、そのド派手な桃色はルッカの方が似合いそうだよ……。


「いや、違うな」


 ロスヴィータがエルフリートにどんな服を着せようとも、エルフリートは着こなしてみせる。エルフリートがそんな決心をしているとは思ってもいないだろう彼女は、今度はくすんだ空のようなワンピースを当ててきた。

 ……うう、不安になってきた。


「――お客様にはこのようなお品はいかがでしょう?」


 そっとロスヴィータとエルフリートの間にワンピースが差し込まれる。二人揃って視線を向けると、さっき会釈をしてきた店員と華やかな店員がいた。

 片方の店員は制服を着ているが、華やかな方は私服である。今年は動きが限定されてしまうようなコートやドレスが流行っている。彼女もそれに準じた服装で、上腕の稼働域が少ないヴィジットを身につけていた。

 もしかしたらこの店のオーナーかもしれない。

 そんな彼女らによって差し込まれたワンピースは藍色のインクを垂らしたような色合いで、裾にいくほど淡い色彩になっている。縁取りは金色。

 まるでラピスラズリの原石、あるいは星空のようである。白いレースがアクセントになっているのもあって、重たい雰囲気は感じさせない。


「とても素敵だけど、探しているものとはちょっと違うかな」


 エルフリートは素直に答えた。ロスヴィータも静かに頷いてみせる。


「見ての通り、この周辺を歩くには彼女は少々目立つ。それで町歩きのしやすいものに着替えたいと考えているんだ」

「そうでしたか、失礼いたしました。そうしましたら……こちらはいかがでしょう」


 この女性、できる。エルフリートとロスヴィータは顔を見合わせた。

 次に提示したものは、先ほどよりも普段使いできそうな質のものに変わっている。

 先ほどのものに似た意匠ではあるが、生地が違う。そして刺繍の数も。こちらは後染めだろうか。色彩がにじんだようなぼかしが入っており、そのぼかしを活かすようにして刺繍が施されていた。

 水色の濃淡に淡い緑の刺繍。ポイントになっているのは赤みの強い橙のリボン。こちらは秋の泉を彷彿とさせるワンピースだった。


「色合いが変わっているな」

「身につける人間を選ぶ装いですが、きっと大丈夫ですわ。それと、こちらのつけ襟を組み合わせれば雰囲気が落ち着きますし」


 ささっと制服姿の店員が白いレース地の付け襟を添える。確かにさっきよりも穏やかな雰囲気になった。


「試しに着てみようかな」

「是非。よろしければ最初にお見せしたものもご試着なさっては? もう少ししたらぐっと冷え込んできますから一着あると安心ですわ」


 それもそうだね。エルフリートは頷いて試着室へと向かった。幸運な事に、中流階級を相手にしているだけあって試着室は一人用である。

 まずは、最初に勧められた星空のようなワンピース。

 かなりしっかりとした作りだ。ホックを留めながらエルフリートは密かに感心した。ホックを留める部分は見た目によらず頑丈なレース地が付けられていて、体型に合わせて微調整できるようになっている。


 他にも似たような工夫が施されている。おそらくこの一手間を加える事によってフィッティング、サイズ直しの手間を省いているのだろう。材料費は多少上乗せされるが総合的には安上がりに完結する、というわけだ。

 ただ目についたからという理由で入った店舗であるが、当たりだった。エルフリートは星空を身にまといながら思う。


「ロス、どうかな」


 カーテンを開いて姿を現せば、ロスヴィータがうっとりとした笑みを見せてくれた。

「夜空に咲く一輪の花を見ている気持ちになるよ、私の妖精さん。このまま私を散策に連れて行ってほしくなる」

 そう言ってエルフリートの頬をくすぐった。


「ふふ、ロスが気に入ってくれたなら今度はこれを着てお出かけしようかな。次の試着するね」


 カーテンを閉めたエルフリートは両手で頬を押さえた。うぅ、着替えていないはずのロスの方が輝いててかっこいい……素敵すぎる。でもデートは始まったばっかり。

 一秒でも無駄にしたくないと思ったエルフリートはいそいそと秋のワンピースへ袖を通すのだった。

2024.6.29 一部加筆修正

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