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手厳しい要望を口にする二人とは逆に、エルフリートとロスヴィータは何も言わなかった。というのも、エルフリートからしてみれば実力者で人格者であるブライスならば、何も言わずとも彼なりに助けてくれると分かっているからだ。
おそらくロスヴィータも同じように考えているのではないだろうか。
「アルフレッドの件については、彼の行方が分からない事にはどうにも……。ただ、言える事は二つ。
彼は、我々に見つかったら最後だという事と、彼が明らかにこちらへ敵対心を持っているという事だけだね」
エルフリートはブライスも分かっているであろうと思いながら、言葉を紡ぐ。
「現時点でアルフレッドは有罪に等しい。捕縛できれば、脱獄でもされない限りもう悪さはできない。逆に、捕縛するまでは安心できない。
私には姿を消したという事が、自分をコケにした存在である私とロスに一矢報いる為の手段を選ばないという決意に感じられるのだよ」
妹が淹れてくれた紅茶で喉を潤す。フレーバーティーだ。ふんわりとバラの香りがエルフリートの気持ちをゆるめた。
「私だって、ロスだって、不意打ちには弱い。警戒する人間が一人でも増えるのならば心強い」
エルフリートがブライスを見つめれば、彼はじっと見つめ返してくる。精悍な顔つきはこの面々の中で一番男らしく、女顔で女装をしていても気がつかれた事のないエルフリートとは正反対だ。
ざり、と一夜あけて無精ひげの生えた顎を撫でた彼は、不敵に笑った。エルフリートとレオンハルトは王宮に滞在している間に処理をしていたが、彼はしなかったのだ。
無精ひげを生やすと不潔に見えるものだが、結構似合っている。
「言われなくともそれくらいやってやる。こう見えて、俺は器用だからな。期待以上の事をする自信はあるぜ」
頼もしい言葉だった。エルフリートは、彼と決別する事にならずに済み、そしてこれからも一緒に活動できるのだと思うと、心の底から安心した。
「対人間の経験は誰よりも豊富だし、戦闘以外だってそつなくこなせる。自分で言うのもなんだが、頭も良い方だ。安心しろ」
「うん、ありがとう。頼りにするよ」
エルフリートが笑顔で応じると、彼は鮮烈な火花のように豪快に笑った。
顔の傷が目立たなくなったエルフリートは、ようやく寮に戻った。騎士団に顔を見せるなり、あちこちから心配の声や励まし、慰めの声をかけられる。
既にアルフレッドの暴挙は周知されていた。彼の足取りが掴めないのと、彼の部屋からエルフリートの誘拐を裏付ける資料が見つかった為、関与が確定したからだった。
アルフレッドの姿を見かけたら必ず連絡をするようにとお触れが出た。国内広しと言えども、さすがに逃げ切るのは難しいだろう。
「フリーデ、無理はしていないな?」
「うん。してないよ」
にっこりと笑うと、ロスヴィータはそれでも心配そうな視線を送ってくる。エルフリートが誘拐されてから、ロスヴィータが過保護になってしまった。これでは少し前までのエルフリートと同じである。
ロスヴィータがしたように、エルフリートも叱ってやるべきだろうか。
だが、される側になって気がつく事もある。確かにエルフリートの行為はやりすぎだった。やりすぎだったと分かるからこそ、ロスヴィータを指摘しにくいのもある。
ロスヴィータはエルフリートを一人にはすまいと、常にエルフリートについて歩いている。実際誘拐されたのは“エルフリート”であって“エルフリーデ”ではないのだから、この行動は少々問題がある。
だが、元々べったりだった二人である。自分に次いで婚約者が誘拐された事で、今度はエルフリーデかもしれないと警戒しているのだろうと周囲には受け入れられていた。
確かにロスヴィータの時は現行犯逮捕だった為に再犯の心配はしなかったが、今回は逃亡中である。ヤケを起こした彼が襲撃してこないとは限らない。
それを理由にブライスの隊は魔獣処理業務を縮小してアルフレッド捜索に動き出したし、アントニオの隊はレオンハルトを中心とした当番制で女性騎士団と常に行動する事となった。
騎士が騎士を護衛する事に、意見が上がらなくもなかったが、加害者側と被害者側に王家の血筋が関わっているとなれば仕方のない処置だと納得された。素直にありがたいと思えば良いのだろうが、エルフリートからすれば少し大袈裟すぎるのではないかと思ってしまう。
それに、こんな状況が続くのは本意ではない。だって、エルフリートは女性騎士団を盛り上げる為にいるのだから。
「騎士団の運営に支障が出そうなのが耐えられないよぉー」
ぺしょりと机に突っ伏したエルフリートは、はぁぁと深いため息を漏らした。そんな彼の頭をロスヴィータが優しく撫でる。エルフリートの自室はロスヴィータと二人きりになれる、数少ない場所の一つである。
闖入者が現れても大丈夫なように、“エルフリーデ”で居続ける必要はあるが、それでもないよりは良い。
「ごめん、私の力不足のせいだわ」
「……いいや。悪いのはアルフレッドだ」
ちらりと目を向ければ、殊の他優しい瞳がエルフリートの方を向いていた。深緑の宝石に見つめられ、あたたかな気持ちになる。
ほんわりと、包み込まれているかのような安心感に、まろやかな吐息が漏れる。
「ありがとう……今度襲いかかってきたら、けちょんけちょんにするから。二度と悪い事ができないように、叩きのめしちゃうから」
「私の妖精は頼もしいな。可愛らしく、美しく、強い。私は幸せ者だ」
ロスヴィータが立ち上がったかと思うと、エルフリートの額に唇を落とす。しっとりとしたぬくもりがエルフリートの胸を打つ。
「だが、私が殴る場所は取っておいてくれ」
「はぁい」
ああ、かっこいい。唇が離れたあと、こつんと額を合わせられたエルフリートは、視界いっぱいに広がった凛々しい婚約者にそっと口づけた。
2024.8.4 一部加筆修正




