9
ロスヴィータの後ろにエルフリートたち四人が並び、謁見の間で跪いている。もちろん、彼らの前にいるのは国王陛下である。普段は整っているはずのロスヴィータと同じ美しい金糸が、少しばかり跳ねている。
その着衣が夜着なのと相まって、緩い雰囲気を醸し出していた。
本人が真剣というよりも面倒そうな態度をとっているせいもある。背もたれに体重を預けてだらけた姿は、とてもではないが一国の主として正しい姿ではない。
ロスヴィータは久しぶりに見る、崩れた姿をしている母の従伯――ロスヴィータから見ると従伯父――である国王ライムンドに、ほっとする。この様子だと、立ち入りを制限されている霊廟から現れた面々を罰する気はないようだ。
「……原初の王が眠る部屋から現れたそうだな」
「はい。我が婚約者がここにおりますブライスと会う約束をしていたのですが、待ち合わせの時間に現れず。夜になっても姿が見えないので探していたところ、誘拐の痕跡を見つけました。
魔法具で捜索した結果、トライリ家の別邸に辿り着き、地下通路を発見した先に監禁されたエルフリートがいたのです」
ロスヴィータは前へ出てきた侍従に、エルフリートの拘束に使われていた縄などを渡す。引き渡すなり、ロスヴィータはエルフリートの腕を引いて自分の隣に立たせた。
そうしてロスヴィータは彼の袖をまくって王に見せる。エルフリートの手首には、痛々しいまでにこすれた傷があった。そうでなくとも、エルフリートの美しい顔にまで傷ができているというのに。
この、妖精のような美しい彼に傷をつけた事、一生許さない。ロスヴィータは手首についた痣と傷を見て、再び奥歯をぎりりと噛んだ。
「我が婚約者の証言をお聞きいただけますか?」
「聞こう」
整った礼をし、エルフリートが話し始めた。
「馬車に乗っていたところ、御者が入れ替わり人通りの少ない街道へ連れて行かれました。そこで眠り薬を嗅がされ、誘拐されました。
次に気がついた時には、猿ぐつわと目隠しをされた上で拘束されていました。何とか目隠しを外しましたが、それ以上の事はできず、救出されるまで待っていました。
眠り薬を嗅がされる際、トライリ家の家紋が入った馬車が近くに停まっていたのを見ていますが、中にいた人間が誰なのかは分かりません」
傷がふさがっていないのか、彼の口の端は唇の動きで赤く艶めいて見える。思わずそれをハンカチで拭う。エルフリートは小さく目を見張り、それから微笑んだ。
私の妖精、どんな姿であろうと麗しい。うっとりと見つめてしまいそうになり、慌てて視線を戻した。
「私を誘拐した件で逆恨みをしたアルフレッドの犯行かと推測しています。
彼は今、どこに? 陛下の事ですから、問題を起こした王位継承者の動向は把握されていると思いますが」
ロスヴィータはしっかりと見つめた。ライムンドは片眉を上げた。その表情に覚えがある。あれは、何か困った時にする仕草だ。
「実はだな、分からぬのだ」
「はっ?」
ロスヴィータの目が据わる。いや、ロスヴィータだけではなく他の四人も同じかもしれない。国王ともあろう者が問題児の行動を把握していないとはどういう事だろうか。
「……ちょうど昨日――日を跨いだから一昨日か。あれは突然姿を消したのだ。
もしかしたら、と思わなくもなかったからロスに連絡をする手筈になっていたところだ。連絡がまだ届いていなかったようだがな」
「は……」
ロスヴィータの口から乾いた声が漏れる。ほぼ、アルフレッドが犯人で確定だ。あとは実行犯と当人の捕縛や事情聴取ができれば完璧だ。
さすがに二度もこんな事を起こしては、今度こそ処断されるだろう。
だが、それはアルフレッドも承知の上である筈だ。そうでなければ、姿を消す理由が分からない。ロスヴィータは首を傾げた。
「こんな短期間で再犯に走ると思わなかった私の手落ちだ。すまなかったな」
ライムンドが軽く頭を下げる。
「悪いのはアルフレッドですから。彼を見つけた際、一発殴る権利を頂ければ結構です」
「ロス……」
隣で困惑するエルフリートの声がしたが、ロスヴィータは聞こえないふりをした。ロスヴィータは怒っているのだ。一度ならず二度までも彼を危険に晒した事を。
「陛下、二発の許可を頂いても?」
「ロス、増えてるっ」
「つい先日の雪崩の件、あれが氷兎を求めなければ起きなかった。それを思い出したんだ」
「よかろう。気が済むまで殴って良い。許そう」
「えっ、もっと増えてる……!?」
動揺するエルフリートをよそに、ライムンドとの会話が進む。基本的に彼は身内に優しい。それが今回は仇となった訳だが……こうしてエルフリートはロスヴィータの隣でおろおろとするくらいには元気でいる。
これ以上心優しい従伯父に望む事はない。
「本日の議題にアルフレッドの王位継承権剥奪を上げておく。クルードソンは息子を育て間違えたらしい」
ため息を吐く姿は、子育てに悩む父親にそっくりだ。こんな感じの同僚を訓練所で見た事がある。
クルードソンはアルフレッドの父親である。こちらもロスヴィータからは従伯父にあたる。人の良い彼は、美人で勝気な妻に頭が上がらないらしい。きっとその延長で、アルフレッドの事を甘やかしたのだろう。
「とりあえず、部屋を用意させたから少し休みなさい。会議の前に話を整理したい。手伝ってくれ」
「はい」
指示を出す時には、王の顔に戻っていた。権威を取り戻した彼に一礼し、ロスヴィータたちは下がるのだった。
2024.8.1 一部加筆修正




