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ブライスが苛ついている。エルフリートがいなくなっても気にしないかと思えば、そうではないらしい。やはりブライスは良い人間だ。レオンハルトは確信した。
たとえ思い人の家族によく思われていなかったとしても、何かあれば手を差し伸べる人間のようだ。一見粗野に見える男だが、騎士として、一人の男として本当にまともなのだ。
エルフリーデがそんな彼の姿をじっと見つめていた。エルフリートを助け出すまでの間、彼の良いところを見て、気持ちを変えるかもしれない。そう思うと、少しだけ胸がしくりと痛んだ。
これが、妹を取られる兄の気持ちだろうか。そんな事を思いながら三人の様子を見ていた。
「これ以上は無理だ。他に何か手はあるのか?」
「私の耳飾りが魔法具になっている。フェーデの持っている魔法具が奪われていなければ、彼のもとへ辿り着けるだろう」
ロスヴィータが耳飾りを取りながら立ち上がった。ブライスは耳飾りを持ち上げ、カンテラの光にかざす。
「へぇ、良いもん作ったじゃねぇか」
「……分かるのか?」
ロスヴィータが驚きの声を上げる。レオンハルトも声にはしなかったが、同じ気持ちだった。
普通は宝石の質しか分からないはずだ。少なくとも魔力のないロスヴィータや魔力の少ないレオンハルトのような、魔法の素質がない人間には分からない。
それが分かるという事は、彼には魔法の素質があるという事だ。
「あんまりおおっぴらにしてねぇが、魔獣討伐を担当している隊のトップだぜ。魔法を使えない方がおかしいだろ」
にやりと笑う彼を、これほど頼もしいと思った事はない。魔法具を動かしたブライスは馬にひらりと飛び乗った。
レオンハルトは謎の胸の痛みから気持ちを逸らし、ひとまず目の前の男の後を追うべく騎乗するのだった。
ブライスの後ろを、ロスヴィータ、エルフリーデ、レオンハルトの順で追う。途中、エルフリーデがレオンハルトの速度に合わせてきた。
「どうしたの?」
「……ブライスの事だけど、多分私が“違う”って気づいてる」
「まさか」
エルフリーデの表情は固い。それは兄が誘拐されたから、だけではなかったようだ。彼女はブライスがかざしている耳飾りの明かりを睨むようにして見つめる姿に、ひっそりと安堵が広がるのを感じた。
エルフリーデは己の所有物ではない。だが、やはり他の男へ目が向くかもしれないと考えると、自分勝手ながらに寂しく思ってしまうのだ。
「完全に気がついているわけじゃないと思うけど……少なくとも怪しまれてるよ」
「入れ替わりだって思いつく人間は少ないはずだよ」
そうレオンハルトが言っても、彼女の表情は曇ったままだ。騎士団の制服を身にまとったエルフリーデは、どこからどう見ても“エルフリーデ”である。
違う部分があるとしても、この緊急事態だ。多少普段と違っていてもそうそう気になる事でもない。
「――まあ、完全にばれちゃっても問題ない気はしてきたけどさ。フェーデってば、罪な男」
「……」
はぁ、とため息を吐く彼女を見つめた。今、エルフリーデは何を考えているのだろうか。
もちろん兄の事は心配だろうが、必死度で言うならばロスヴィータやブライスの方が上であるように見える。兄妹だからこそ、彼の無事を確信しているのかもしれない。
「フェーデの“エルフリーデ”が好きなのよ。てっきり見た目と中身のギャップを単純に気に入ったのかと思っていたわ」
レオンハルトは、半ばぼんやりとエルフリーデの考えを聞いていた。
「性別の区別がつかない男なんてって前に言ったけど、撤回するよ。区別がつかないっていうよりは、あの“エルフリーデ”が好きだから他の事が分からなくなっているんだ。
いわゆる恋は盲目状態だね」
恋は盲目、か。どこかに囚われているはずのエルフリートを思う。
彼の場合、憧れは盲目といったところだろうか。おとぎ話に憧れ、その登場人物のようになりたいと己を磨き、とうとうその憧れを現実に引き寄せ始めている。
ブライスは、“エルフリーデ”の為にどこまで動けるのだろうか。恋も憧れも知らないレオンハルトには、想像はできてもとうてい理解できる世界ではなかった。
「フリーデ」
「なぁに? レオ」
聞き手に徹していた彼が口を挟んできたのがおもしろいのか、笑みを含んだ反応が返ってきた。
「俺は、みんなが幸せでいられるように動くだけだから、フリーデがブライスを見直して結婚したいと思うなら婚約破棄するよ」
レオンハルトなりの誠意だ。だが、エルフリーデはレオンハルトの言葉を聞くなり吹き出した。失礼な。
「やだぁ、レオってば。嫌だよ、だって彼が好きなのは私じゃないじゃん! 私は彼の理想にはなれっこないよ」
そんな事はない、そう言おうとしたが確かにブライスが好きなのは“エルフリートが演じているエルフリーデ”であった。
2024.7.31 一部加筆修正




