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“来る時”は、すぐだった。
「リッター、一番槍が誰だか知りたくない?」
「なーご」
タイミングが重なるとは運が良い。レオンハルトは心の底からそう思った。きっとこれは、情報をいち早く入手しなさいとの神からの計らいであろう。中途半端に信仰のあるレオンハルトは調子の良い事を考える。
「なんと、予測通りというか何というか、ブライスだったんだ。しかもなかなか内容も素晴らしい」
エルフリーデがそう言うのだから、ブライスは貴族らしい手紙をしたためたのだろう。内容が気になる。うずうずとしながら、レオンハルトはリッターと同調したまま彼女に撫でられていた。
今日は肉球の日らしい。ふにふにと適度な弾力を持つ肉球を揉まれる。指先から手のひらにかけてマッサージされるような感覚は、むず痒く、そしてくすぐったい。
「この前の態度が原因で不安にさせてしまったのならば申し訳ないって謝罪と、今はよき同僚として親しくさせてもらっているが好意を寄せているっていう告白が簡潔にまとめられている」
エルフリーデの指がリッターの毛をなぞり、逆立てる。ぞわぞわとしたものがレオンハルトの集中力を割こうとしてくる。
「あと、今度ゆっくり話をしたいって書いてある。自分の事を勘違いされたままでは嫌なんだって。
……ふふ、ああ見えても本当に貴族の一員として教育を受けていたんだね」
エルフリーデは楽しそうだ。一方のレオンハルトは彼女に笑っている場合じゃないと言ってやりたい気持ちでいっぱいだ。これは暢気にしている状況ではない。
ブライスが本気だという事は、“エルフリーデ”の正体がばれてしまうかもしれない危機でもある。レオンハルトの背に冷やりとしたものが流れる。
「ちゃんと“エルフリート”と対談させてあげないとね。リッター、あなたも楽しみでしょう?」
「なお」
両脇を持ち上げられたリッターは面倒そうに小さく鳴いた。その無防備な腹にエルフリーデが顔を埋める。レオンハルトの胸元に、彼女の柔らかな頬や形のよい小鼻が押しつけられる感覚が訪れる。
「ああ、遠くからこっそり見守りたいなぁー」
胸元ではぁ、とため息を吐き出されたレオンハルトは自由にならないこの状況に一秒でも早く感覚共有が切れますようにと祈り続けた。
レオンハルトは素知らぬふりをしながらエルフリートに覚悟を促す事に決めた。
「近々、きっとフェーデは俺たちの婚約に思うところのある男と対面する事になるんじゃないかな」
「えっ何それ」
「――たとえばブライス隊長とか」
飲みかけた紅茶を無理矢理飲み込み、彼は口元をこわばらせた。
「まさかぁーって言いたいけど、ちょっと心に引っかかる事が……」
ブライスは“エルフリーデ”の身内から攻めるはずだ。それはもちろん彼女がのほほんとしていて関与していないのが誰の目から見ても明らかであるからだ。
「何か言われた?」
「むしろ何も言われなくて、それが気になってるの。だって、誰もが一度は「婚約おめでとう」って言ってくるんだもん。
この話題に触れないって、逆に不自然でしょ?」
「それは確かに」
ブライスが、この婚約を認めたくないと考えている意思表示にも感じられる。気にしすぎかもしれないが、レオンハルトはあまり良い傾向とは思えなかった。
さすがに警戒をし始めたエルフリートは、少しでも違うと気になってしまうようになったらしい。
「別にね、むしろ協力者にしてしまってもかまわないんだ。でも、やっぱり本人の気持ちが一番じゃない?
それに、話してしまったら騙していたって怒ってしまうと思う」
「公私混同する人には見えないけれど、可能性は否めないな」
ブライスは優秀な男であるはずだ。そうでなければ、あんな危険な隊をずっと率いていられるはずがない。危険な魔獣ばかりを相手取っているあの隊は、戦争をしていない今の騎士団の中で一番危険な隊だ。
彼に変わってからの死傷者は激減していると言われていて、かなり評判も良い。
優秀以外に彼を表現する言葉はないのだ。
「ブライスの事は結構気に入っているの。だから、あんまり仲違いはしたくないなぁ」
「でも、限界はあるよ」
「そ、それくらい分かってるってば」
むっとしたのか、エルフリートはテーブルに出していた茶菓子を勢いよくつまむ。
普通ではないが、可愛らしい少女には見えるんだよな。決して“エルフリーデ”には恋愛感情を抱けそうにないが、知らない人間からしてみればそうではないのだとレオンハルトは知っている。
見てくれだけは完全に女の子だもんなぁ、と不機嫌そうに菓子を食べる親友の姿を見ながらため息を吐いた。レオンハルトのため息に反応してエルフリートがちらりと視線をよこす。
「……ここでロスを守りたいなら、優先順位を間違えるなよ」
レオンハルトがそう言えば、彼は小さく頷いた。
2024.7.21 一部加筆修正




