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ブライスが久しぶりに要請を受けて魔獣の討伐に向かい、戻ってきた時、騎士団内がざわついていた。
「何かあったのか?」
「あぁ、ブライス。おかえり。君の気に入っている妖精さんが婚約したんだよ」
「は?」
通りかかった騎士団副総長のケリーに問えば、彼はおもしろそうに言う。ブライスは彼の言葉がうまく飲み込めず、半ば呆然とした。
「エルフリーデ嬢だ。エルフリートの親友であるレオンハルトが相手だって聞いたな。彼女自身がはちゃめちゃな性格をしているから、あまり表だって言い寄る人間はいないが……それなりに人気だし、兄として心配になったんだろうね」
「へぇ……」
ケリーの視線がブライスに問いかけるように揺れる。ケリーはブライスの元上司である。ブライスのエルフリーデへの気持ちを察しているのかもしれない。
居心地の悪い気分を味わいながら、ブライスは鼻で笑う。
「はっ、あのやんちゃな天真爛漫が婚約か。レオンハルトなら穏やかな気質そうだし、良いんじゃねぇ?」
「――本気かい? 君が久し振りに本気になったと思ったんだが。それにこれは絶対暫定人事だ。つけ入る隙はあるよ」
ケリーはブライスにふっかけさせようとでもしているのだろうか。じっとりとにらむと、彼は困ったように微笑んだ。
「結果的に玉砕だったとしても、もう少しがんばったらどうだい?」
「おい、何を言っ――」
「好きなんだろうが。どうせ、意外にお優しい君の事だ。幸せな姿が見えているだけで十分だとか思ってるんだろう」
ケリーの言葉がブライスの胸に刺さる。確かに彼の言う通りだ。ブライスの恋愛観は見た目と違って繊細だった。ひたすら甘やかし、丁寧に扱って、そうしている内に振り向いてくれれば良い。
たとえ振り向いてくれなくても、幸せそうな姿を見せてもらえるだけで良い。そう思っていた。
つい先日、エルフリーデの兄に警戒され、半ば売り言葉に買い言葉といった状態になってしまったが、基本的にブライスは自分とどうこうなってほしいと強く思う事はない。
それはエルフリーデに対しても同じはずだった。
確かに、エルフリーデは今まで好きになった女性の中で群を抜いて好みだ。
“可愛い”と“気が合う”が両立する貴重な人間だからだ。可愛い存在はたいてい荒事を苦手とする場合が多い。だが、彼女は違う。平気で顔をつっこんでいく。胆力もある。
一緒にいて、とても気が楽なのだ。
「……その通りだが、何が悪い」
はぁーと長いため息を吐かれてしまった。ブライスだって吐き出したい。
「俺はね、ブライスにも幸せになってほしいんだよ。君はとてもいい男なんだから、魅力を分かってほしいとすら思っている」
「は……」
ケリーの真摯な言葉に掠れ声が漏れた。
「自分が幸せになる事に、もう少し貪欲におなり」
彼は忙しい中話し相手になってくれていたらしく、呼びに来た騎士に連れられて足早に去っていった。
貪欲、か……。ブライスの呟きは誰にも届く事なく、虚空へと溶けていった。
少しくらいは足掻いてみても良いだろうか。ケリーの言葉を反芻した後、そう思ったブライスはさっそく行動に移す事にした。
まずは彼女の兄と話の場を。久しぶりにブライスは貴族らしく丁寧な手紙を書き記した。
レオンハルトは寝巻き姿のエルフリーデに抱き締められていた。婚約を発表してすぐの晩、ようやくリッターとの感覚共有がなされたのだ。
「……リッター、周囲は大荒れだよ。ふふ、おもしろいね」
エルフリートの姿をしている時にはすらっとして見える頬は、意外にも柔らかだ。そのふにふにとした頬がリッターの頬に押しつけられている。
リッターとして、このような行為をされるのはよくある事だ。だからといって何とも思わずにいられるわけではない。――特に、婚約して関係が変わった今は。
「これからどうなるかな。やっぱり一度は誰かが“エルフリート”に自分を売り込みに来るかなぁ……? どう考えても、今回の婚約って妹可愛さにやったって感じだもんね」
「なぉん」
「この対応、本人がやったらどうかな。絶対おもしろいよ」
エルフリーデは、どうやら“エルフリーデ”を取り巻く混乱を楽しんでいるようだ。もしかしたら、その楽しみの為だけにレオンハルトと婚約するとすぐに決めたのかもしれない。
そうだとしたら、とても気が抜ける話だ。
「一番乗りの相手はフェーデに責任持ってやってもらおう。で、その間は私が騎士をするの。女性騎士団としての仕事は私が受けたわけじゃないから遠慮していたんだけど、これくらいなら良いよね?」
意外に大胆な事を考えている。レオンハルトはすぐにでも考え直すように口を挟みたかった。が、リッターを自由に操る事などできない。
レオンハルトは、楽しそうに計画を話すエルフリーデに全身をくまなく撫でられながら、来る時の対策を練るのだった。
2024.7.21 一部加筆修正
2025.8.27 一部加筆修正




