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頬を押さえたまま、エルフリートが口を開く。
「えっと、レオンが私と婚約する事になったらどうなるの?」
「単純な事さ。ブライスが婚約を申し込む事ができなくなる」
それだけなのか、と言いたげな視線にレオンハルトは正直に答えた。
「後は、最悪俺と“エルフリーデ”が結婚する」
「さ、最悪って何よ。私のどこが悪いの!?」
おや、とレオンハルトは片眉を上げる。てっきり「妹はやらん」と言うかと思ったが。
「本人の意志が大切だろう? 俺はどっちでも良いけど、フリーデがどう思うか」
現在、特別な相手はいない。作る予定もないからこそ、こんな提案をしている。だが、エルフリーデがこの提案をどんな風に受け止めるかは本人にしか分からない。
「……ふぅん?」
エルフリートは不満そうに紅茶を飲む。レオンハルトが結婚をどうでも良いと考えているところの何が不満なのだろうか。むしろ、自分の妹を守る為だけに婚期を逃しそうになっている親友を、どう思っているのか。
婚期と言えば、とレオンハルトは思い出す。最近、レオンハルトを狙っているのかと思われる女性からのアタックが増えた。狙い目だと思われているのかもしれない。
打算だけの、知りもしない女性と結婚するよりは、よく知る親友の妹の方が良いに決まっている。
「とにかく、今度フェーデに確認するから。フリーデがちゃんと勘違いされないような態度ができて、うっかり誰かと婚約してしまったりしないのなら、俺だってこんな提案しない。
それができなさそうだから言っているんだ」
「……それは、ごめん」
悪いとは思っているらしい。彼は目を伏せた。自分よりも遙かに長いまつげの影を見ていると不思議な気分になる。
「気にしないで。俺は俺なりに、二人を心配しているんだ。二人が後悔しないように、俺にも協力させてくれ。
これに関しては俺にもメリットがありそうだしね」
「メリット?」
「ああ。最近知らぬ女性から声をかけられるから、婚約の話が出れば減るかなって」
あしらうのも面倒なんだよ、とため息混じりに続ければ彼は笑い出す。“エルフリート”として騎士団に入れば、レオンハルトよりも忙しい事になっていたはずだが、そんな可能性はきっと考えていないのだろう。
「そっかぁ、ちょっと地味な感じはするけど整った顔立ちしてるもんね」
「人の事を笑っている場合じゃないよ?」
「ふふ、そうだけど……もし見かけたら助けてあげるね」
絶対分かっていない。そしてブライスの事も、その対策で婚約するかもしれない事も、きっとよく分かっていない。
アントニオの煎れたものとは違って、全く味も香りが段違いに良い紅茶を飲みながら、こっそりとその様子を盗み見る。本来の“エルフリーデ”より少々活発な雰囲気を持つ目の前の人間は、こうして知っている人間と二人きりでも存在が揺らがない。
それが一人きりでも揺らがない。彼の妹も同じである。リッターから覗き見ているレオンハルトだからこそ言える。二人が歪んでしまわないかと不安になる事もあったが、兄の方は今さらである。
レオンハルトは今までずっと二人を見守ってきた。これからもそのつもりである。エルフリートはそんなレオンハルトの事など何も気がついていないだろう。
だが、それで良い。
気がついてしまったら、そこまでしなくても良いのに、と困ったように笑うだろう。意外にも彼は、自分だけでやろうとする。まるで道を切り開くのは自分なのだから、手伝わせてはいけないとでも言うかのようだ。
今年だって、本当は“エルフリート”が王都へ滞在する話はなかった。それを、「婚約したてなのに近くにいないのは不自然だ」というエルフリーデの提案で、仕方なく滞在する事になったのだ。
カルケレニクス領が暗黒期の間は少なくとも王都にいる事が確定した時、エルフリートはあまり嬉しそうではなかった。なぜ知っているのかって? もちろんリッターとして見ていたからだ。
エルフリートはエルフリートなりに、周囲を巻き込まずにいられるように考えている。しかし、これは一人で乗り切れるような簡単な問題ではない。レオンハルトはどんな時でもエルフリートの味方で居続けると決めている。そうなると、レオンハルトは彼に不快感を与えず、こっそりと方向修正をしてやるだけだ。
「フリーデ、俺は兄妹の味方だからな。安心しろよ」
「ふふ、分かってるって。ありがとう、レオン」
気付かなくて、分からなくて良い。レオンハルトは朗らかに笑う彼を見ながらそう思った。
レオンハルトが“エルフリート”との約束を取りつけたのは、その数日後であった。屋敷へ訪れれば、いつも通りの姿があった。
「食事でもしながら、で良かったのかい?」
「もちろんだとも」
美少年が笑む。華やかさは本人よりも控えめだが、普通に威力のあるそれを真正面から受け止めた。さて、彼女はどんな結論を出すのだろうか。
2024.7.21 一部加筆修正




