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今後の事を考えながら訓練をしていると当然の事ながらすぐに見破られ、隊長のアントニオから叱咤された。
「気を抜くな! その一瞬で大切なものを失うぞ!」
「はいっ!」
隙をつかれて飛ばされた剣は、訓練場の地面に突き刺さる。レオンハルトはびりびりと痺れる手を押さえ、頭を下げた。今日はしばらく痺れたままかもしれない。これ以上の訓練はするだけ無駄だろう。
アントニオの剣は重いのだ。武器を弾き飛ばそうと力を込めている時は尚更。
彼はちらりとレオンハルトの手に視線を向け、ため息を吐く。
「悩みがあるなら聞こう。後で部屋まで来るように。とりあえず、今日の訓練は終わりだ」
「……はい」
ただ怒られるだけならば良い。だが、こんな悩みで心配されるのは少し申し訳なかった。
「――で? 何があったんだ」
熱くて渋い紅茶を持って出迎えてくれたアントニオに、レオンハルトは申し訳なさそうに口を開いた。
「何かがあったという話ではないんです。フリーデが心配で」
「フリーデの何が心配だ」
具体的に説明しても問題ないだろうか。そう迷ったのは一瞬だった。自分の上司である彼の事は信頼している。自分が一般的な範囲で悩んでいる事ならば、話しても大丈夫に決まっている。
「ブライス隊長がフリーデの事を気に入っているように見えて。俺だけの気のせいなら良かったんですが、彼女の兄からも同じような感想を聞いたものですから。
フリーデはそういう話題にかなり無頓着だし、ブライス隊長の事はきっと気の合う同僚くらいに思っていそうだから、変に指摘するのも……っていう事を考えていました」
客観的に見て、レオンハルトがそんな心配をするのはどう考えたっていきすぎたものだ。レオンハルトの心配は、“エルフリーデ”の秘密のせいなのだが、それを説明するわけにはいかない。
話している内に、この悩みがひどく一般的な“友人を心配する姿”の範疇から逸脱している気がしてきた。どうしてそこまで“エルフリーデ”を気にするのか、と聞かれてしまえば「親友の妹だから」では済まされないのではないだろうか。
しばしの沈黙の後、上司から出てきたのは意外な言葉だった。
「そんなに親友の妹が心配なら、お前が仮の婚約者になれば良いだろう」
「は……」
「レオンなら、フリーデの兄上が不安がる事もないだろうしな。変な虫がつくよりは良いだろうよ――いや、ブライスが変な虫だと言いたいんじゃないぞ」
レオンハルトを安心させるように、少しおどけて話すアントニオは気さくな兄に似ている。考えすぎだ、過保護すぎる、まさか彼女に気があるのか、などと言われる可能性も覚悟――もちろんほんの少しだけだ――していたレオンハルトは気が抜けてしまった。
ぽかんとする彼に、アントニオは笑う。
「だが気をつけろよ。最悪本当に結婚するしかなくなるから、そうなっても良いと思えるなら、婚約者になれば良い。たとえ当人が仮だと主張していたとしても、周囲はそう思わないからなぁ」
「それはそうでしょうね……」
「まあ、そこまでしても良いと思えるくらい真剣に心配しているなら、フリーデとエルフリート殿と話し合え」
話し合ったところでそうなるとも限らないし、と続けるアントニオにレオンハルトは頷いた。
”エルフリーデの婚約”となれば、兄の姿で活動中の本人に影響が生まれる。アントニオの方は単純に「意志を確認しろ」と言っているだけなのだろうが。
アントニオが煎れてくれた紅茶に口をつける。やはり、想像していた通り渋い。煮出しすぎたのだろう。前にも何回か振る舞われた事があるが、その時と同じ味がする。
剣筋は繊細なくせに、こちらはからっきし駄目なようだ。
「しかしブライスがなぁ……。女なんて面倒でしかないって言ってた男だったんだが。相手があの破天荒な天然少女だから気になっているのか」
女性に良い感情を抱いていない人間が好意的に思える相手など、そう多くの人数はいない。ブライスの場合、ロスヴィータではなくエルフリートであるあたり、見た目の問題ではないのだろう。
見た目だけで言うのなら、正直ロスヴィータよりもエルフリートの方が“少女らしい”のだから。
暴露しても問題ないのなら、その破天荒な天然少女は少女じゃないぞとブライスに教えてやりたいところだ。彼は驚くだろうか。いや、意外にも「それでも良い」と言い出すかもしれない。
想像がつかなくて、逆に恐ろしい。
「悪い男ではないが、心配になる気持ちは分からなくもない。十歳以上違うしな」
渋い液体を飲みながらレオンハルトは小さくうなった。
“エルフリーデ”は十四歳、対するブライスは正確な年齢こそ知らないもののレオンハルトが見る限り二十代後半にはなっているだろう。
一方レオンハルトは十七歳で、年の差だけで単純に考えるならばエルフリーデと釣り合う。
ある意味問題になるのはブライスの年齢である。
年齢によっては、ようやくその気になったのだからと周囲がごり押ししてくる可能性がある。問題はそうなった場合だ。そもそもブライスは彼の思う“エルフリーデ”とは結婚できない。
ただでさえややこしいのに、これ以上ややこしくするのは得策ではない。
「……ひとまず、フェーデと話をしたいと思います」
「おう。そうしろ。俺の方は一段落したから、いつでも相談に乗ってやる」
「ありがとうございます」
“俺の方は”という事は、アントニオとマロリーの婚約はほぼ成立が確定したという意味だろう。レオンハルトは「それはほっとしました」と笑顔で言い、アントニオの部屋を辞すのだった。




