6
かわいいという評価をエルフリートが、美しいという評価をエルフリーデが受け取り、男性装女性装の双子風衣装は大盛況だった。午前中に一周した二人は、着替え直して再び一周した。
一瞬見間違える人はいたものの、ほとんどが二人をこちらの意図通りの存在だと認識していた。“エルフリーデ”としての振る舞いができていたという事である。
隣を歩く“兄”を見ていると、エルフリートは何だか楽しくなってきてしまった。エルフリーデの腕に絡みついてぎゅっと抱きしめる。
「どうしたの?」
「えへへ、一緒にお祭り行くの久しぶりで嬉しいなって」
エルフリートがにっこりと笑うと、彼女もつられて笑う。その笑顔に男っぽさが滲んでいるのが、エルフリートの笑いのツボを押した。
笑顔が笑顔を呼び、二人で笑い続けていると影が差した。
「おや、とても仲がよろしいようで」
聞き覚えのある声にエルフリートは笑顔のまま固まる。エルフリーデも似たような状態だったが、彼女が口を開く方が先だった。
「これはアルフレッド殿。この前お会いした時に礼を言い忘れていました。いつかの仮面舞踏会では、私の美しい炎の話し相手をしてくれてありがとう」
この前っていつの話だったっけ。すぐには思い出せなかったエルフリートは彼女の物言いに首を傾げつつ、アルフレッドを見る。
そうしている内に、エルフリーデがあえて仮面舞踏会の話を出していた事に気づく。ロスヴィータの誘拐には触れずにその前の出来事を話題に出した意味は、完全なる皮肉だ。
「……エルフリート殿、大した事はしていませんから。それよりもずいぶんと仲睦まじい姿ですな」
アルフレッドはひきつった笑みを一瞬見せ、すぐに小馬鹿にするように顎を上げて笑った。そんな彼を見るエルフリーデは王子様誘拐事件が根底にあるからか、いつになく怜悧な表情を見せている。
まぁ、でもそうだよね。婚約者を連れ攫われたらそんな顔にもなるよね。心の中で「かっこいい、私!」と“エルフリート”として立つ彼女を賞賛した。
彼の悪あがきを完封したのは“エルフリーデ”だ。現行犯逮捕の場で悔しそうに顔を歪ませる姿を見ていたエルフリートは、努めてなんでもない顔をして口を開く。
「アルフレッド様もお祭りに参加されるのですね。ふふ、もっとお祭りにふさわしい仮装をなされば良いのに」
彼の服装はきわめて普段着然としている。胸元に黄色く染め上げた羽根を飾っているだけで、あとは普段通りと言っても過言ではない。宵闇のような色に銀の刺繍を散りばめた、価値のあるジャケットを身に付ける姿は、確かに皇族であるのだと証明している。
――が、この祭の雰囲気には合っていない。
「なっ、私に滑稽な姿を見せろと言うのか?」
「お祭りに参加する者の義務ですわ。それが滑稽だとは全く思いません。
ところで、私に現行犯で捕縛された時のお姿は何と呼べば?」
「フリーデ」
エルフリートの肩にそっと手を添えたエルフリーデは首を横に振ってそれ以上言うなと咎める。エルフリートの言葉を聞いたアルフレッドは怒りに顔を染めていた。
王位継承権を持つ尊大なるアルフレッドの金糸がはらりと目にかかる。せっかくセットした髪型の一部にほころびが生じているようだ。
「人の恥部を口にするのは未熟者がする事だよ。それとは別に、私たちとは価値観が違う者もいるのだと割り切らないと」
「おい」
エルフリーデも手厳しい事を言う。妹に言い聞かせているようでいて、しかしその内容はアルフレッドに向けて言っている。
エルフリーデは表情を和らげ、むしろ小さな笑みすらうかべてアルフレッドへ顔を向けた。
「これはあくまでも私の個人的な考えだけれど、中途半端な装いこそ恥ずかしいと思いますね。誰しも着替え中の姿は見られたくないものでしょう?」
「……なっ!」
「そうね。やるならとことんやった方がかっこいいと思いますわ。私も今できる事を全力でやる騎士と共に訓練をしているので、お兄さまの仰る事がすごく分かります」
「……くっ」
これだけの喧騒の中でもぎりぎりと歯ぎしりの音が聞こえそうなくらい、アルフレッドは歯を食いしばっている。貴族にあるまじき態度に笑いそうになるのを、エルフリートは必死で堪えた。
今の己の姿を中途半端、着替え中だと例えられたアルフレッドは暴発寸前の魔法みたいだ。これくらいにしておかないと、また何かを計画してくるかもしれない。
ロスヴィータが婚約の申し込みを拒否し続けていただけで誘拐を計画するような男である。絶対に何も企てないという確証はない。
ちょうどいいところに巡回中のレオンハルトが通りかかる。咄嗟にエルフリートは彼を呼んだ。
「レオン!」
すぐに気がついたらしい彼は、一瞬アルフレッドに視線を向けて物知り顔でこちらに向かい歩き出す。
「やあ、フリーデ。午前中と衣装を変えるなんて、頑張るね。フェーデはやっぱりその姿の方が落ち着くよ。もちろん似合ってたけど。
お久しぶりです、アルフレッド殿。珍しい組み合わせで驚きましたよ」
「何事も全力で! だもん」
「たまには妹に付き合ってやらないとな。我ながら午前中のは良くできたと思っているのだが」
レオンハルトの声掛けに兄妹で返す。アルフレッドはただでさえ不利な状況がますます不利になったと確信したらしく、眉間に皺を寄せている。
「……珍しくなど。私はこれで失礼する」
それだけレオンハルトに言うと、そそくさと去っていった。やる事大胆なのに、小者くさいんだよねぇ……。
立ち去る姿を見送りながら、エルフリートはその言葉を口に出す代わりにため息を小さく吐き出すのだった。
2024.7.21 一部加筆修正




