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照れる彼女の姿は珍しい。貴重な姿を目にしたエルフリートはそのまま彼女をまじまじと見つめてしまった。
「私を見ていないで部下を見ろ」
「ロス」
「……何だ」
ちらりと視線だけを送ってきた彼女に、小さく笑みをこぼしてエルフリートは続けた。
「口にしないと気持ちって伝わらないんだね。これからは口説いて良い? ロスの事をもっと知りたいし、私の事をもっと知ってほしいの」
エルフリートの提案がロスヴィータの考えているそれとは別だったらしい、彼女はぐりっと音がしそうな勢いで顔を向けていた。
「くど……っ!?」
そんなに驚く事かなぁ? 驚きで目を見張る彼女に頷いてみせる。
「多分ね、もっと話をしないとずっと独りよがりの気持ちのままで変われないと思うの。この前の気持ちは変わらないけど、ロスを悲しい気持ちにさせるのは駄目だって分かってきたんだ」
口を開こうとしては閉じるロスヴィータを見ながら続ける。
「好きな人には幸せでいてほしいって気持ちが一般的でしょ? もちろん私だって不幸にはさせたくないって思ってる。だから、頑張らせてほしい。
空回りしてたら、また怒ってくれる?」
人を怒るのはエネルギーがいる。エルフリートはそれを己に向けてもらえるのか、それが一番不安だった。そのエネルギーを使ってまで自分と対話しようとしてくれるのか、最近の彼女を見ていると自信がなくなっていくのである。
あの時のキスは、ロスヴィータのエルフリートと共に歩んでいく決心が込められていたのだと分かっている。しかし、それに対する自分の反応は気絶である。
呆れられ、気持ちが失われてしまっても文句を言えない失態であった。それを繰り返すかもしれないと思えばこそ、不安になるのだ。
「……あなたは私に何をされても不快になりそうにないな」
「向けられるもの全部、嬉しく感じちゃうからね」
ロスヴィータは苦笑している。その表情には緊張も驚きもなく、むしろあたたかさすら感じさせる。その上、見守るような視線も相まってずいぶんと穏やかな雰囲気に見える。
彼女はエルフリートの頬に手を伸ばし、優しく包んだ。
「そんなずれたところごと、大切にするよ」
ロスヴィータの懐の深さにエルフリートは大声で感謝の声を叫びたかった。代わりに添えられた手に自分のそれを重ねる。
「ありがとう……私、頑張るね」
「気長に待つとするよ」
ロスヴィータの言葉から、彼女が本当にエルフリートの事を根気強く合ってくれるつもりなのだと理解する。得難い存在とは、目の前の少女を言うのだろう。エルフリートはロスヴィータを幸せにしてみせる。そう改めて強く誓うのだった。
ブライスの隊が行っている訓練に途中から参加していたアントニオの隊は難易度の高い動きをしている。エルフリートとロスヴィータは少しの不安を抱きながらも、二つの隊が行っている訓練に混ぜてもらう事に決めた。
個人対個人の模擬戦から団体で行う模擬戦まで、彼らは短時間で区切りながら訓練を行っていた。最後に隊ごとに別れての団体戦をする事になり、それまでのスケジュールはブライスが組み立てる事となった。
「初心者が紛れてるから、まずは最低限単体で戦えるようにならねぇとな。あとはもちろん最後の訓練までに互いの動き方を覚える事も必要だ。
……できなければ、後日また訓練をするしかないが」
ブライスは値踏みするようにエイミーを見た。
彼女はいかつい男に見つめられたのがまずかったのか、眉を下げて不安そうにルッカの影に隠れてしまう。
思えば、エイミーが活躍する場面をただの一度もブライスが見た事がないとエルフリートは得心する。エイミーが心配なのはエルフリートも同じである。大丈夫だとブライスに答えたところで、逆に彼女のプレッシャーにならないと言い切れる自信はなかった。
「なるようになる。私の部下だ。私が面倒を見る」
エルフリートの横に立つロスヴィータが迷いなく言葉を放つ。
「そりゃそうだ。悪かったな、余計な一言だった」
ブライスは小さく笑い、ロスヴィータの頭をグシャグシャに撫でた。ああっ、王子様みたいに整ってた髪の毛が! エルフリートは乱暴なブライスの手を払いのけ、すぐさま整え直す。
「なんて事するのぉ!」
「はっはっ、ほんっとうにフリーデはロスが好きだなぁー!」
キッと睨み、ロスヴィータの髪型が元通りになったかを厳重に確認しているとブライスの愉快そうな声が響く。あまりにもの大声に、周囲で訓練中だった騎士もぎょっとしてこちらへ視線を向けてきた。
「とりあえず、訓練を始めよう。我々は訓練をする為にここにいるのだから」
「王子様のおっしゃる通りで。さ、こっちでやるぞ」
切り替えの早い男は己の部下の方へくるりと向きを変えると、お手本に相応しい綺麗な滑り方を披露し遠ざかっていく。ぼうっと見送ってしまった女性騎士団の面々は、距離が開くのに気がつき慌てて後を追うのだった。
2024.7.19 一部加筆修正




