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なんとなくあれから表面上は今まで通り、だが何となく違う日々が続いている。エルフリートはその理由がいまいち分からず、首を傾げていた。
一つだけ分かっているのは、ロスヴィータがエルフリートの唇を奪ったのが原因ではないという事くらい。
あれは本当にびっくりしたよねぇ。彼は小さくため息を吐いた。涙が綺麗だと思っていたら、いつの間にか顔が近くにあって。
今だって思い出すだけでも気が遠くなりそうだ。
目が覚めたらエルフリートはベッドの中で、起き上がってみれば片づけられた応接室があった。数日後、完全回復したエルフリートを出迎えてくれたのは、この前の事などなかったかのような顔をするロスヴィータだった。
小さく混乱するエルフリートなどお構いなしに、時間は進んでいく。相変わらずロスヴィータは王子様だったし、エルフリートに爽やかな笑顔を見せ、魅了してくる。
華やかな金糸や美しい新緑の翡翠など、いつも以上に輝いて見えるくらいだった。
「フリーデ、大丈夫?」
「え?」
エルフリートの眼前には、見慣れた青年の顔。人を選ぶ色彩を身にまとった親友である。つり目がちのアーモンドアイは曇り、いかにも心配という表情だ。
「最近のフリーデはちょっと変だからね。何かあったのかなと心配になって」
訓練する騎士たちの姿をぼうっと眺めていたのを見つけて話しかけてきたようだ。窓辺から見下ろしていたのによく見つけたな、と感心する一方で、それだけ心配されていたのかもしれないとも思う。
「何かあったって言うか、よく分からなくて」
「うん」
そう切り出したエルフリートは親友にこの前の出来事――キスする直前まで――を語るのだった。
「私はロスの気持ちが分かるけど、フリーデは分からなかったんだな」
「……私が普通じゃないって事?」
恨めしそうに見つめれば、彼は苦笑する。
「フリーデのそれは個性だと思うよ。ただ、人間っぽくはない思考も確かにある」
「どこ?」
「大多数の人間は自分の命を大切にするものだね。フリーデはその気持ちがちょっと希薄なんじゃないかな」
レオンハルトの言葉に自分の今までを思い返す。そこそこ大切にしてると思うんだけどなぁ、と思い、その“そこそこ”が基準から外れているのかと気付く。
「命を削るのは、そう簡単に選択肢の中に入るようなものじゃないって事だよ。雪崩の時は死ぬか大けがが確定していたから命を削る方がましだっていうフリーデの考えには同意する。
俺もそういう力があったら同じ選択をしていたと思うしね」
「なら」
同じ考えだというならば、と続けようとしたら彼は首を横に振った。
「でも、フリーデ。それを簡単に捉えすぎなんだ。山の中で命のやりとりをしていたからこその価値観かもしれない。
死ぬよりは命を削る方がまし、生き残るなら五体満足で、という考えは、ごく普通の人間社会では通用しないんだ」
「えっと、つまり、普通は?」
エルフリートに、レオンハルトの説明は少し難しかった。
「この前の件で言うなら、命を削ってしまったけどみんなが無事で本当に良かった。になるかな……。
フリーデの場合はちょっと頑張ったらみんなが無事だったよ! って感じだからね。そりゃ自分の命を軽く考えているように感じられるだろう」
仕方のない犠牲だったと考えるべきだった、って事かなぁ。
「フリーデはさ、ロスが命を削ったとしても同じように考えられる?」
「え?」
レオンハルトの真摯な視線がまっすぐとエルフリートを射抜く。
「今回みたいな事があって、それを解決できる手段がロスにしかなくて、彼女が命を削って成し遂げたとする。
フリーデはどう思う? 自分の時と同じで何も感じない?」
「……それ、は」
もし、そんな事が起きたら。エルフリートは想像しただけで血の気が引いてきた。
顔色を悪くした彼を、レオンハルトがどこかほっとしたような表情で見つめている。
「今感じている気持ちを、彼女も感じていたんじゃないかな。今のフリーデは、ロスをただの王子様としては見れないんだろう?」
「うん」
「ロスも、きっとフリーデの事をただの妖精さんとして見れなくなったから、同じように見てもらいたいんだと思う。
フリーデはもう少し、自分の思っている事をロスに伝えた方が良いんじゃない? まあ、それはロスにも言えると思うけど」
自分の気持ちを伝える。それはとても難しい気がする。エルフリート自身が自分の気持ちを把握しきれていないのだから。
ロスヴィータと話し合うには、エルフリート自身が自分の事をしっかりと掘り下げるところから始めないといけない。お茶会のように思い立ったら開催、というわけにはいかないだろう。
「……頑張ってみる」
「応援してるよ」
「ありがとう、レオン」
レオンハルトは苦笑し、何かあれば自分やエルフリーデに相談してみると良いと言いながらぽんと頭を撫でた。
2024.7.15 一部加筆修正




