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エルフリートは何も分かってない。“ロスヴィータの為”と言って簡単に自分の寿命を削った男に言ってやりたかった。
「私は望んでいない。ずっと支え合っていきたいし、一緒に挑戦していきたい。あなたを助け出せるような、強い人間になりたい。
一方的にされる側、してもらう側だけにはなりたくない」
「うん、雪崩の時は適材適所だったね。私はみんなを守っただけで、後始末は全部任せちゃったもん」
エルフリートはロスヴィータが遠回しに言うせいで、全く理解できていないようだ。それにエルフリートが大半を背負ってくれたのは事実だが、彼の背後では他の魔法剣士だってできる事をしていた。
周囲の動きはともかく、ロスヴィータは「大切だからこそ、命を削るような事をしてほしくない」と言いたい気持ちを抑えた。
今の様子からして、この話題が平行線で終わるであろう事が想像できているからだ。
「ロス、私は自己中心的な人間なんだよ。犠牲が出てロスが感情を乱すなら、その相手は私が良い」
「なっ」
「んふふ、驚いた? 私も驚いてるよ」
濁りのないアメジストがロスヴィータを見つめる。彼の曇りのない視線にロスヴィータはたじろがなかった。むしろ、同じくらいの気持ちを持って睨み返した。
両手を伸ばし、エルフリートの両頬を食い込む勢いで捕まえる。驚いた様子は見せれど、抵抗する様子も逃げるそぶりもない。
このまま頬に爪痕を残したらどう思うのだろうか。きっと当人は何も感じないに違いない。
ただ、この可愛らしい顔に傷をつけたという後悔がロスヴィータの中に残るだけだろう。平行線に終わると分かっていても、せりあがってくる気持ちを全て内に留めて置く事はできなかった。
「私は、嫌だ。私はあなたが傷つく姿を見たくない。これは、私のわがままだって分かっている。
だが、私の夢の為だけにあなたの存在を削っていくのは耐えられないんだ……っ!」
この前もそうだった。ロスヴィータの気持ちを置いていって、勝手に動いてしまう。二人にとっての最善を共に探し、一緒に乗り越えていきたいのに、エルフリートは独りで進んでしまうのだ。
表向き、一緒に歩いてくれる。でも、こんなに心は遠い。
「私が思っているのとあなたが思っているのは、違うんだ……」
「……」
悪意も何もない、純粋な瞳はロスヴィータを見つめている。その色に変化がないのを見ると、やはり話が通じていないのだろうなという気持ちになる。
エルフリートは本当に人間よりも妖精に近いのではないか。ロスヴィータがエルフリートへと向ける気持ちが理解される日は遠いという予感がした。
「じゃあ、私はどうすれば良い? ロスの言う通りにするよ」
口元に笑みすら浮かんでいる彼に、ロスヴィータは軽い絶望を覚える。分かってほしいと思っていても、言葉が思い浮かばない。
己の説明力のなさに呆れながら呟いた。
「自分の命を大切にしてほしい」
「うん」
「もっと、私を見てほしい」
「……うん」
涙で歪んだ視界が、エルフリートの指先に払われる。
「泣かないでって言いたいんだけど、それくらい大きな気持ちを私に向けてくれているって思うと凄く嬉しいなぁ。
その涙も、感情も、全部私のせいなんだよね? ありがとう」
エルフリートは次から次へとこぼれ落ちる涙を拭い、笑った。彼の頬を押さえつけていたはずの両手は力が抜け、触れているだけである。
「見た目はともかく、あなたはもう少し中身を人間に近づけた方が良い」
「へへ」
「褒めていないからな」
「うん。ロスが望むなら、努力するよ」
ああ、独り相撲だなと諦念の気持ちが浮かぶ。が、その気持ちを吹き飛ばす。ロスヴィータはこの、自分の気持ちもよく分からずに突然プロポーズをしてきたであろう、美しくて可愛らしい存在と添い遂げる覚悟を持っているのだ。
この程度で諦めてどうする。今までだって諦めずに自分の意思を貫いてきた。これからだって、そうやって切り開いていけるはずである。
再び両手に力を取り戻したロスヴィータはそのまま顔を引き寄せた。
「これからの人生、長いんだからな。ずっと私といてくれるんだろう?」
「うん」
まっすぐ見つめ返す瞳は凪いだままで、感情の揺れを感じない。
「なら、人間になれ。王子様は妖精さんと一緒にいたいが、ロスヴィータはエルフリートと夫婦になるんだ」
ロスヴィータは彼のふっくらとした唇に自分のやや薄めの唇を軽く合わせた。
「ロス――」
「夫婦になりたいと言ったのはそっちだからな。もっとよく考えてくれ」
「…………」
エルフリートはロスヴィータの行動に文字通り白目を向いた。――しまった、やってしまった。
キャパシティを超えると気絶するんだった……。
エルフリートが急に支えを失って床へ倒れ込む姿を呆然と見守ってしまったロスヴィータは、己の失策にため息を吐くのだった。
2024.7.15 一部加筆修正




