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沈黙が続くと思いきや、彼はカップを傾けて一口飲み、それから口を開いた。
「魔力を使いすぎただけ、って説明じゃ納得いかないんだよね?」
「正確には前回との違いを知りたい」
だよねぇ、とゆるい笑みを浮かべるエルフリートがどうして言いたがらないのかロスヴィータには分からなかった。が、それも説明を始めるまでである。
「うーん……」
言いたくないのか、と気がはやったロスヴィータは身を乗り出した。
「有事の際に部下をどう使うかを判断する時に必要だからだ。条件は何なのか、魔法を使う人間全員にそうなる可能性があるのか、知らなければ判断を見誤る事に繋がる。
そうなった時、何が起きると思う? 最悪、全滅だ」
軽く一口流し込む。口内に紅茶の香りが広がり、ロスヴィータの荒立ちそうな気分を鎮めた。
「もちろん私個人としてあなたが倒れる事態は避けたいし、そうなってほしくないという気持ちはある。
――が、それと同じくらいに私は部下を含めた国民を守る責任を果たす為に知っておかなければならないんだ。個人的な事情の有無に関わらず、教えてもらいたい」
エルフリートにも事情があるだろう。もしかしたらマロリーだけがこっそりと聞かされていた“カルケレニクス領内特有”の魔法に関わる秘密の可能性もある。
ロスヴィータに説明する為に、何かを曲げなければならないとしたら。
今のロスヴィータは事情が分からないなりに誠実でいる事しかできない。頭を下げた。
「あっ、そんな事しなくて良いよっ!」
慌てて立ち上がったエルフリートはロスヴィータの足元に両膝をついて、彼女の両肩を上げて頭を上げさせる。
「単に能力不足で恥ずかしかっただけだから!」
「……は?」
全く理解できず、そのまま彼を見つめた。
「えっとね、足りない魔力を自分の命で補ったのが恥ずかしくて……」
頬を赤らめながら眉尻を下げ、目を潤ませる様は恥ずかしがる乙女そのものだ。だが、そのぽってりとした唇から出された言葉はロスヴィータに別の衝撃をもたらした。
ロスヴィータの読解力が相当悪いか、聞き間違いでなければ命を削ったと言わなかったか。
「よく分からなかったから、もう一度言ってくれるか?」
信じたくないという気持ちが先行していた。聞き直せば変わるかもしれないと、ゆっくりと聞き返す。
「何回も言うの恥ずかしいなぁ。
あれだけの雪崩を自分の魔力だけじゃどうにもならなかったから、代わりの燃料を使ったの。たったそれだけなんだけど、恥ずかしくて言い出しずらかったんだ」
ロスヴィータが理解できるようにか言い回しを変えてきたが、不穏な事には変わりない。
「代わりの燃料が、命?」
「うん。正しくは寿命、かなぁ? 私の魔力の使い方って信仰でもあるって昔言ったの覚えてる?」
「ああ」
カルケレニクスで使われる魔法が普通の系統ではないと知ったマロリーにエルフリートが簡単な講義をした時があった。
その時にロスヴィータも概要だけは一緒に聞いていたのである。
「信仰を口にすることで魔法になるわけなんだけど、それを出力するのに必要なのが魔力になる。で、それが足りないときには別のもので購うわけ」
「……別のもの」
神や信仰に対して代償として差し出すもの――つまりは贄である。ロスヴィータは背にひやりとしたものを感じた。
「準備をして魔法を使う時は、特別な鹿とかを用意して献上するの。だけど急ぎの時はてっとりばやく燃費の良い当人の命を使うんだ。
自分の命を削るっていうところがポイントでね――」
「どれくらい使ったんだ」
言い終わらない内に言葉をかぶせられた彼は少しだけ目をみはり、何ともなしに答える。
「一年くらいかなぁ? 生け贄を使うよりも燃費良いでしょう?」
便利だと笑う目の前の男が何をどう思ってそう言うのか全く理解できなかった。
「すっからかんな上に削ったでしょ。だからまだ反動で体がだるいのよね」
「他に手段はなかったのか」
「うん。だって、全員で帰りたかったから。私、百歳までがんばる予定だから一年くらい安いものだよ。
ただ、実力が伴わなっていない魔法の行使は恥ずべき事だから……うう、恥ずかしいー」
両頬を手で押さえ、ぷくっと唇を尖らせる。恥ずかしい、恥ずかしいと連呼する彼がロスヴィータと同じ人間であるとは思えなかった。ロスヴィータには衝撃的すぎた。
「あなたの感情は別として、自分の命をそんなに気軽に削っては駄目だ」
特に、自分の命を軽く扱って見せ、何とも思っていないような態度が理解できない。
「でも、みんな無事だったよ?」
「有事の際もそうするつもりか?」
「必要があればするんじゃないかな。だって、私はロスの夢を全部叶えてあげたいんだもん」
「――私の、為なのか?」
両頬から手が離れた。その手はちょこんとお行儀良く膝の上に添えられる。そんな動きを追いながら、ロスヴィータの体から力が抜けていく。
「私、ロスの夢を叶えていくのがこれからの夢なんだ。私はもう、ロスに夢を叶えてもらっちゃったから」
己の不甲斐なさに脱力感が襲ってくる。反対に脳天気すぎる目の前の男を見つめる目には力が籠る。
「その為ならば、自分の命は軽いと?」
「……軽いとは、思ってないんだけどなぁ」
目つきの鋭くなっていくロスヴィータにエルフリートは首を傾げてみせる。そんな彼がとても憎らしく見えた。
2024.7.15 一部加筆修正




