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体力測定は別名「魔力練度確認」とも言われている。魔力のないロスヴィータのような騎士からすればただの体力測定となるが、魔力はあれど体力の少ない一般的な魔法師の場合は体力を魔力で補う事となるからである。
補うと言っても、簡単な話ではない。ただ使うのではなく、使いこなしていなければ体力のない魔法師が完走する事は難しい、というのが理由の一つだ。
後は、発想力が本人の練度に追いついているかである。
筋力を上げたり感覚を鈍くするような補助魔法であったり、物理的に有利にする為に通常魔法を工夫して追い風をつくってみたり、と人によって魔法の使い方は異なる。面白い話だと遭遇した魔獣を手懐けてその背に乗った、という話も残っている。
事前に足を用意したり、人を雇ったりするのは禁止だが、その場に“ある”ものを活用するのは禁止されていない。それ故に起きた珍事だったとも言える。だが、言える事はそのどれもが修練を重ねていなければ実行できないという事だった。
とは言え、体力測定の内容自体は至ってシンプルだ。ただ王都を一周完走すれば良い。一年前、エルフリートも参加した。それから何度か王都一周という名の訓練も経験済みである。
有事の際には王都を外周できるくらいの体力がなければ困る、という考えで作られた基準である。騎士団に所属する人間は入団当初はともかく、普通に一周して体力の残っているくらいが標準だと言われている。
例に漏れず、エルフリートやロスヴィータはもちろん、バルティルデとマロリーもこの基準を満たしていた。
今回は初めての実施という事で、新人の目標はちゃんと一周する事である。どんなに時間がかかっても良い。まずは一周だ。
王都一周をどう乗り越えるか、その様子を見るのである。速いに越したことはないが、魔法師であればどんな工夫をするのか、通常の騎士であればペース配分をどうするのか、自分の力を把握して動けているか、途中でだらけたりはしないか、そういった行動にから滲み出る人間の性格を見極めるのにも役立つ。
さぼったから、だらけていたからと言って退団させるわけではない。
今回の結果はどういう人間なのかを把握し、管理する為に使う。普段であれば人数の多い新人に紛れ込んだ数人の騎士と監視役として併走する騎士の両方を用意するが……女性騎士団の新人はたったの二人である。そういった事をする必要はない。
よって、エルフリートとバルティルデ、ロスヴィータとマロリーの組み合わせで、それぞれルッカとエイミーの走りっぷりを見る事になっていた。
集合した六人は、それぞれルートの確認を行い、走り出す。
ルッカについたエルフリートとバルティルデは、始めから速度を上げて走り出した彼女と併走しながら顔を見合わせた。まあ良いか……と頷きあった二人は派手な少女を追う。
どうやら彼女は魔法具の力を借りて走っているようである。あの派手な装飾には一応、意味があったらしい。
颯爽と走るルッカを見守りながら、エルフリートは彼女の装備を観察した。両耳に指、それに先ほどちらりと手首に装飾物が見えた。この様子だと首や足首にも身につけているかもしれない。
それだけでちょっとした重さになるのだが、それらすべてが魔法具である場合、一般的には装備品の重さを差し引いてもお釣りが出るくらいに効果があるとされている。
エルフリートもロスヴィータの為に魔法具を用意したから、魔法具が有用なのは理解しているし、理由は知らないが魔法具の持ち込みは可である。
魔法具にはランクがあり、核となる石の質に左右される。石の性質はもちろん、その大きさが大きいほどランクが上がる。
ルッカが身につけている魔法具のどれもはサイズの小さな宝石であり、エルフリートの予想が正しければ、そんなに容量の大きなものではない。因みにエルフリートが用意したロスヴィータ用の耳飾りはかなり高価な部類に入る。
消耗品ではない――もちろん消耗品も存在する――からこそ容赦なく使っているのだろうが、消費ペースが早い。まだ三分の一に満たないのに片耳についていた魔法具を全て使い終えてしまった。
この調子で使用すれば、一周を終えるまでには使い切ってしまうだろう。
だが、それをルッカに問いかけるわけにはいかない。エルフリートとバルティルデはただ併走し、その姿を見極めるだけである。それに、なかなか良い速度で走っている為、無駄口を叩くと舌を噛みそうだった。
まだ余裕だから魔法を使うほどじゃないけど。そうエルフリートは思いながら己の体力だけで走っているバルティルデを盗み見る。
彼女は余裕そうだ。それもそうだとエルフリートは思い直す。プライドは無いのかと言われそうだが、傭兵稼業は騎士よりも厳しいというのが通説である。
騎士にこなせる肉体的な仕事は、傭兵なら簡単にやってのけられるだろう。
体力がなければ生き残れない。戦場で勝ち残り続ける、生き続けるのが傭兵である。最近は平和だから傭兵は魔獣狩りに駆り出されたり、商家の輸送護衛等が主だった仕事になっているものの、本来はそういう血なまぐさい職種である。
バルティルデは涼しい顔をして併走している。時折心配そうにルッカを見ているあたり、本当に彼女の方は問題なさそうであった。
ルッカの方は決められたコースからはずれるでもなく、ただ淡々と走っている。まだ表情一つ変わっていない。派手な桃色の髪をなびかせる姿は目立ちすぎるものの、態度自体は騎士そのもので不安を感じさせない。
同じタイミングで訓練する騎士へ無表情ながらに挨拶もしているくらいだから、余裕はあるのだろう。
これからどうなるか分からないが、速度は上々だ。エルフリートは残りの半分を彼女がどう乗り切るつもりなのか楽しみだった。
2021.6.19 誤字修正
2021.12.18 誤字修正
2024.6.28 一部加筆修正