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狙うべき相手を決めたからか、氷兎は一気におとり役へと距離を詰める。ロスヴィータはぐぐ、と縄を握る手に力を込めた。数メートルは優に越える大きな氷兎はくくり罠を踏み抜いていく。瞬時に騎士が縄を引くが、うまくかからない。
思いの外素早い動きのせいで縄が締まる前に足が抜けてしまうのだ。全力疾走した甲斐なく縄を空ぶりさせた騎士は急いで別の縄を引くべく移動する。
そうしている間にも氷兎は三人に急接近している。くくり罠ではだめだ! 仕掛けた罠は後二つ。
とてもではないが成功するとは思えず、ロスヴィータは駆け出した。
「賢神よ、我らを大地と繋げ!」
「猛き女神よ、氷の化身を退けよ」
エルフリートとマロリーがそう唱えるのと同時にレオンハルトが投げ縄を彼に渡す。縄の一部をレオンハルトが補助に持ち、エルフリートは投げ縄を回す。彼が縄を投擲した時、既に氷兎は彼らの眼前だった。
三人に向けて頭からつっこもうとしていた氷兎をマロリーの魔法が跳ね返す。
頭が上がったところでエルフリートが投擲した縄がかかる。弾き飛ばされた氷兎が雪の上に落ちた。ロスヴィータは迷わずそちらへ方向転換する。
「ロス、手伝うぜ」
ロスヴィータの試みに気がついたブライスが部下を引き連れ合流する内に、落下の衝撃で呆けた氷兎が正気を取り戻す。体勢を整えられる前に、と彼女は無理矢理に投擲した。
首にかける事はできなかったが、前足に引っかかる。輪が大きいと不安定で投げにくい。だが、引っかかれば良いのだ。足にかかったのを確認するなりロスヴィータは縄を持って背を向けた。彼女の持つ縄に手を添えてブライスたちも同じ方向に走る。限界まで引かれた縄は氷兎の足をくくった。
何とか首と前足をくくりつける事に成功したが、檻に納めるまでは安心できない。ロスヴィータは呼吸を整えながら、もがく氷兎が引っ張る縄を持って踏ん張った。
エルフリートたちを見れば、魔法で足元を固定したらしく一歩も動いていない。だが、足元が固定されているという事は相当な負担が全身にかかっているだろう。腰を下げて重心を後ろにして耐えているが三人だけで耐え続ける事は不可能だ。
一刻も早く氷兎をおとなしくさせないといけない。
「他の足もくくれ! それとフリーデたちの代わりを寄越してやってくれ!」
そう叫んだロスヴィータはブライスに目配せをし、エルフリートたちと氷兎の位置の延長線上になるようにじりじりと移動する。
反抗される中、振り回されずに雪の中を移動するのは厳しかった。時折足を滑らせながら着実に移動する中、ロエーロの隊が叫ぶ。
「くくったら各自展開しろ! 魔法剣士はエルフリーデに合流、檻の作成を急げ!!」
叫び声にロスヴィータが視線を動かせば、アントニオの隊と入れ替わったエルフリートが氷兎の方へ向かっているところだった。
「まずは氷の土台を!」
踏みつぶされたりしないよう、距離を取りながら彼は集まってきた魔法騎士に指示をする。彼らもエルフリートに倣って自分の立ち位置を決め、詠唱を始める。
バラバラに始まった詠唱が聖歌のように雪山を広がっていく。ロスヴィータはそれを聞きながらしびれてきた手のひらを庇う為、縄に腕を巻き付けた。腕がぎりぎりと縄に絞られる痛みを感じつつ、いまだ暴れる氷兎を睨む。
「智の神、超越し賢神よ、彼の者を捕らえ守る炎牢を創りたまえ!」
エルフリートの澄んだ声が響き、空から炎の檻が落ちてきた。
その名の通り炎でできた檻は魔法剣士たちが氷兎の足元に作り出した氷塊に突き刺さる。氷塊が溶ける音と蒸気が氷兎を隠した。突然ふっと腕が軽くなってよろける。
氷兎を捕らえていた縄が炎の檻に焼き切られてしまったらしい。後ろでは誰かがひっくり返ったようで、笑い声が上がっていた。
「フリーデ、お疲れさま」
ロスヴィータは真っ先にエルフリートの元へ合流した。近くで氷の土台を作る役をしていたマロリーとルッカの二人にも同じく労いの言葉を伝える。
「これを持ち帰れれば完了だね」
「ああ、ひとまずは――」
「散開! 平行移動、全速力!」
「えっ!?」
連続した地響きにいち早く気が付いたロエーロの叫び声が割り込んできた。エルフリートとぱっと檻の向こう――山頂方面――を見れば、雪煙が発生している。
雪崩だ。それも、もしかしたら雪崩の通り道ど真ん中。ロスヴィータの全身が緊張で凍り付いたようだった。
「炎牢に集合! 林より炎牢が近い者はこちらに来い!」
エルフリートが吠える。ロスヴィータは咄嗟にその声に従い、周囲に同じ言葉を告知する。マロリーとルッカもそれに続いて叫ぶ。
「おまえはこっちだ! 早く!」
ロスヴィータの手招きで数人が合流する。いつの間にかバルティルデと彼女に担がれたエイミーも合流していた。
雪崩が到着するまであと十数秒。
2024.7.15 一部加筆修正




