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妖精と王子様のへんてこタンゴ(へんてこワルツ2)  作者: 魚野れん
雪山は危険がいっぱい

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4

「正直に言うにしても、相手の事を考えて言わなきゃな。

 こういう時は『雪崩なんて滅多に起きるものでもないし、山のプロが何とかしてくれるから大丈夫だ』って言うくらいで良いんだよ」

「そんな適当で良いのか?」


 先頭から距離が開かないように追う。雪山での分断もリスクを増やす行動の一つだ。バルティルデはロスヴィータの背中に向けてレクチャーを続けた。


「いざという時はただ『走れ』ってしか言わないだろ。無駄な情報は避け、相手の機動力を維持する。そういう事だよ」

「なるほど。確かにその通りだ」


 エルフリートといい、バルティルデといい、ロスヴィータの経験不足を補ってくれる素晴らしい人物だ。


「肝に銘じておこう」


 口元をゆるめながら言ったその記憶が役に立つのは、そのしばらく後の事だとは誰も思ってもいなかった。




 目的の山小屋に到着したのは昼になろうという時だった。一足先に到着したというブライスの隊が出迎えてくれた。雪蜥蜴や氷兎などの討伐で雪山に登る機会があるらしく、雪山の移動には慣れていると聞けば納得の結果である。

 アントニオの隊はまだ到着していないという。もちろんこれらの隊を追いかけるようにして移動しているはずのエノテーカとロエーロの隊は見あたらなかった。いずれにしろそう遠くない内に合流できるだろう、というのはブライスの言だ。


「ブライス、指示はもう読んじゃった?」

「いや。全員集合してからにするつもりで開封すらしてねぇよ」


 雪を落として外套を脱いだエルフリートはブライスと雑談に興じていた。


「それよりフリーデ、ここまで単独ラッセルだったんだって?」

「あれ、何で知ってるの?」

「隊の汚れ具合を見りゃだいたい想像つくさ。相変わらず化け物じみてるな」

「そっかぁー」


 雪でびしょぬれになったのはずっとラッセルを続けていたからだろうと指摘され、彼は苦笑する。

 膝下だけ濡れている人間は基本的に二番手以降で、上半身が湿っているエイミーは疲労と帽子の濡れ具合から転倒を繰り返したせいだろうと推測した。

 転倒を繰り返す人間が当然ながらラッセルできるわけもなく、そこから導き出した結果だと言った。


「すごい! その通りよ!」

「いや、すごいのはお前だろ。若い女だけだから俺たちよりは遅いと思ったが、さすがにフリーデが全距離ラッセルするとは思ってねぇよ」


 手放しで褒めるエルフリートに呆れたように笑うブライスの姿を見ながら、ロスヴィータは力尽きたように椅子に座っているエイミーに近寄った。

 両膝に頭を抱えるようにして肘をついたその姿は、よく見れば力尽きたというよりも落ち込んでいるように感じられる。

 確かにあれだけ転び続けていれば自信をなくすのも仕方がないだろう。


「エイミー、大丈夫か?」

「団長……」


 ゆっくりと顔を上げた彼女の瞳は暗く、落ち込んでいるように見える。形の良い眉尻は下がり、真下にある瞳は曖昧に揺らいでいた。


「私、どうしても重心移動がうまく覚えられなくて。体幹の鍛え方が足りないんでしょうか?」

「……」

「足腰には自信があるのに、私よりも不慣れそうなルッカの方が簡単に歩いてしまうからちょっと、ショックです」


 その気持ちは分からなくはない、とロスヴィータは言いかけて口を閉じる。


「重心とか、いまいちよく分からなくて」

「――ああ、そうか」


 ロスヴィータは彼女のぼやきを聞いて理解した。彼女以外にあって、ないもの。それは経験だ。

 貴族に生まれれば、それ相応にマナーを学ぶ。その中には所作――普段の姿勢、ダンス等で徹底的に身体を制御する術――が含まれている。

 それができれば、重心移動など息をするのと同じくらい簡単にできるようになる。


 ロスヴィータやエルフリートはもちろん、マロリーとルッカは貴族であるから当然そのあたりはマスターしている。

 だからこそ雪歩きを簡単に身につける事ができたのだ。エルフリートの指導は分かりやすかったのだが、それは帰属基準でしかなかったという事だ。

 バルティルデの方は傭兵として生き残る為、身体制御を身につけていたのだろう。そうでなければあんな大剣を平気で振り回せるはずがない。雪山での戦闘経験もあるし、歩けて当然だった。


「エイミー、もしかしなくても、貴族のマナーを修得し終わっていないな?」

「あっ、はい。申し訳ないです! 空き時間に勉強はしてるんですが」

「それが修得できたら多分、雪山も歩けるようになるぞ」

「ええっ?」


 エイミーの声色があり得ないと言っている。正直すぎる反応にロスヴィータは思わず吹き出した。


「ロスの言う通りよ。貴族の美しい所作は武にも通じるの。私が良い教師をあなたにつけてあげるから、さっさと学びなさい」


 エイミーの肩にそっと手を乗せ、マロリーが優しく声をかけた。が、彼女の目は笑っていない。きっと優秀(スパルタ)な教師がエイミーの元へ遣わされるだろう。

 ロスヴィータは自分が提案しようとしていた事を先回りされた事より、エイミーが一層自信を失ってしまうのではないかと不安になるのだった。

2024.7.6 一部加筆修正

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