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マロリーに二番手を譲り、三番手となったロスヴィータは改めて後ろの騒々しさに懸念を感じ始めていた。そろそろ慣れても良い頃合いだが、エイミーの転倒が止まらない。
「エイミー、大丈夫か?」
「大丈夫です! 転んでもあんまり痛くないですし」
「……元気なら良い」
エイミーの頭や頬についた雪をルッカが取ってやっている。姉妹のような仲の良さは良い事だが、それとこれは別だ。
「しばらくしたらルッカ、二番手を代われ。エイミーはまず雪山を歩けるようになるまで位置は変えない。バティ、あなたが二番手をやるのは一番最後だ。その時は私が殿を務める」
「うう、すみません」
「はい」
「はいよ」
ロスヴィータの命令にそれぞれ返事をした三人は再び足を動かした。
ルッカを三番手にし、ロスヴィータは四番手に変わった。いつも派手に改造してしまう彼女だが、さすがに今回の支給品に装飾物はついていない。
雪山での隠密活動を目的とした訓練だと理解しているからだろう。灰色の刺繍が唯一の彩りとも言える真っ白な外套は水に濡れにくく、頑丈で保温性がある。
補助魔法を重ねれば寒さ知らずで過ごせるこの防寒具は優れものであった。エルフリート曰く、山における最低限の装備だそうだ。
保護色になって分かりにくいその後ろ姿を見ながら歩いていると、背後から声がかけられた。
「ほかの隊は順調かな」
「新人がいるからそんなに速度は変わらないと思うが、ベテラン揃いだからよほどの事がなければ順調だろうな」
のんびりとしたバルティルデの声にロスヴィータは答える。彼女は雪山も歩き慣れているようだ。普通、雪が深まる地はどこも停戦する。雪の中で戦ってもろくな事がないからだ。
物資は備蓄だけが頼りの閉鎖空間で戦うのは効率が悪い。相手と戦って死ぬ前に雪で死ぬ。雪の中で戦うとしたら、今回でカタをつけたいよほどの理由がなければならない。
だから傭兵だった彼女は雪山での経験はないものと思っていたが、その動きを見る限りは違ったようだ。
「ああ、最低一人はいるんだったね。今回組まれたのは新人がいる隊ばかりだっけか」
騎士団が雪山での訓練を行うのは、相手側に「よほどの理由」があって攻め込んでくる可能性がないと言い切れないからである。いざという時に動けないのでは意味がない。そういう出動がないに越した事はないが。
国を守る為、ありとあらゆる可能性を想定した訓練は必要だ。訓練しているのといないのでは全く正反対の結果になるかもしれない。しかしその結果は良い方向でなければならないのだ。
「我々はほとんどが雪山新人だがな」
「あっは、そりゃそうだ。あたしだって雪山なんか久しぶりだよ」
バルティルデの笑い声に振り返ろうとしたエイミーが転んだ。驚かせちまったねーと笑いながら彼女を軽々と持ち上げる。エイミーの情けない悲鳴が聞こえた。
「あたしが雪山に派遣されたのは四年前くらいかな。あれはひどかった。バカが新雪だってのに魔法ぶっぱなしやがって雪崩が起きたんだ」
「……それは災難だったな」
ロスヴィータはたった一人のせいで散らされただろう彼女の仲間を思う。
雪山での戦闘は近接を選ぶのが鉄則だ。同行する魔法師の役割は防御である。雪崩から身を守る事より、雪崩を起こさない事の方が肝要だからであった。
傭兵の集団であれば、そんな事など常識のように思えるが、そうではなかったという事か。
「旦那に助けられてなけりゃ、今のあたしはいないね」
「思わぬ所で甘酸っぱいエピソードが聞けそうだ」
ロスヴィータがからかえば、バルティルデは照れくさそうに笑った。
「あたしの事なんて良いんだ。そんな事よりエイミー、雪山――それも今日みたいに新雪の時、大声を出したりしたらだめだからな。
たったそれだけでって思うかもしれないけど、たったそれだけでも雪崩は起きるんだ」
「は、はい」
「雪が降った後、天気が良い時なんか勝手に雪崩が起きる事もあるから、本当は今日みたいな日も雪崩が起きやすい」
「えっ、だったら延期にすれば良かったんじゃ」
エイミーがおびえた声を出す。ロスヴィータは口を挟まない方が良かったかと口元をひきつらせた。バルティルデはおびえる彼女を支えてやりながら笑う。
「そんなんで延期にしてたら訓練にならないだろうが。ってのが上層部の意見じゃないのかねぇ……どうだい、我らが王子様」
「これ以上気温が上がらなければおおむね問題ないだろうという事で決行した。リスクは分かっているよ。雪崩が発生したらどう動くかはフリーデと相談してあるから安心してくれ」
「雪崩前提ですか」
安心させる為に取り決めがあると伝えたが、逆効果だっただろうか。エイミーは眉尻を下げ、変な笑みを浮かべた。
「起きる可能性がないとは言えないからな。ただ、我々がなんとしても守り抜くから問題はないぞ」
「不安をあおりたいのか安心させたいのか、ロスの言い方はどっちか分からないな」
「さすが団長です……」
どちらに対するかけ声ともつかないエイミーの反応は、ロスヴィータのかけ声が決して彼女に安心感をもたらしはしなかったのだと察した。
「そうか? 何が起きようとも、私とフリーデが何とかする。と言う事の何がだめなのか分からない」
エイミーがバランス崩したのをすかさず支えながら言うロスヴィータを、バルティルデは笑いながら見ていた。
ロスヴィータの背後ではエルフリートが速度を変えずに淡々とラッセルしている音が聞こえていた。
2024.7.6 一部加筆修正




