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ロスヴィータが冷たい。エルフリートは彼女に拒絶された理由が分からず、王都の屋敷で謹慎していた。
「フェーデが悪いと思う」
思い悩んでいるエルフリートを見かねてか、エルフリーデは久しぶりに兄妹で一緒に寝ようと提案してきた。ロスヴィータの事を相談したいと思っていた彼は、その提案に乗ったのである。
同じナイトウェアを着てベッドに潜る二人は、双子のようにそっくりだった。
「ええ、私はただロスの荷物を持ってあげたかっただけだよ?」
エルフリートは眉をひそめる。
エルフリーデがロスヴィータの味方をするのが何だか嫌だった。エルフリーデはいつもエルフリートの味方だと思っていた。女装の完成度を上げたり、こうしてエルフリートが“エルフリーデ”として活動したりするのを一番後押ししてくれているのは彼女だったから。
“エルフリーデ”としての活動をする時に、さすがに妹をないがしろにしすぎではないかと、妹の存在を自分が消費していいのだろうかと思った事がある。そしたら彼女はエルフリートに言ってくれたのだ。
『私、フェーデの犠牲になっているなんて思った事はないわ。お兄様がこんな人間だからこそ、私も為政者としての勉強をさせてもらえるようになったし。
次男の役割を私ができるなんて思ってなかったもの』
エルフリーデの笑顔に偽りはなかった。エルフリートの戸惑いを理解してか、優しくて見た目と違って男気のある彼女は両手を掴んで言った。
『女性の活躍の場を増やしたいロスヴィータ嬢の気持ち、私も分かるような気がするのよ。だから気にしないで。私も思いっきり“エルフリート”を満喫するから』
あの時、どれほど頼もしいと思った事か。そんな彼女は今、エルフリートを否定している。これに衝撃を受けない人間なんていない。エルフリートは唇をぎゅっと結んだ。
「フェーデはやりすぎたんだ。できない事を手伝うのと、できる事なのに手伝うのは違う。親切心からの行動かもしれないけど、相手の事もちゃんと考えてあげないと。ロスは喜んでいた? 口元がひきつっていたんじゃない?」
「う……」
エルフリートが“エルフリーデ”として活動する時のそれにエルフリーデの口調が合わせられているせいで、もう一人の自分に言われているかのようだった。
「王子様を困らせたいの?」
「そんな、こと、ないもん……」
あえて“王子様”と言ってくるエルフリーデはずるい。エルフリートがロスヴィータを王子様として見られない瞬間があるのを分かっていて言っているのだ。
「ロスヴィータ嬢としては嬉しいかもしれないけど、女性騎士団長の彼女は王子様なんだから迷惑だと思ってるんじゃないかな。
彼女の意思を尊重するって言ってたフェーデはどっかに行っちゃったのかなぁ?」
自分とうり二つの人間に言われると、そんな気がしてくる。でも、何かしてあげたくなっちゃうんだもん。
男として側にいられないから、できる範囲で尽くしたい。そう思ってしまうのだ。
「たぶんね。王子様は、妖精さんと背中を預けて戦う事を望んでいると思うよ。肩を並べて協力しあってさ。
フェーデがしようとしてるのは王子様をお姫様だっこして逃げ回る事に等しいよ。フェーデがしたかったのも、そんな事じゃなかったでしょ?」
「……そう、だけど。でも」
「私は泣くフェーデを見たくない。けど、あえて言うよ。
今の君はロスに振られてもしょうがないくらい駄目な人間だ。今の君は、君が憧れてなりたがっていた妖精さんからほど遠い」
妹の口から出てきたのは厳しい言葉だった。今まで聞いた、どれよりも厳しい。厳しい言葉は今までももらっていた。それは、誰もがエルフリートの事を妖精のようだと言うような存在になる為に必要な事ばかりだった。
けど、これはきっついなぁ……。
「ただの駄目な男だ。エルフリーデにすらなれていない。そんな状態じゃ、君にロスを任せられない」
見つめてくる瞳はまっすぐで、励ます気持ちとかは全くなく、ただ恣意的なものだけを伝えてきているのが分かる。
「……泣かないで。私の可愛いお兄さま。フェーデの気持ちは分かるよ。でも、ロスはただ守られていたい女の子じゃないんだよ」
エルフリーデの、エルフリートより少しふっくらとした指が眦の滴を拭う。エルフリートの瞳は潤み、そこからの視界はゆらりと歪んでいる。
ほろほろとこぼれ落ちる涙を拭ってやりながら少女は笑った。
「フェーデの気づきは大切だと思う。どんなに王子様みたいに見えても、中身は女の子だもん。だからね、もし、ロスがそんな一面を見せてくれた時には、思いっきり甘やかしてあげれば良いんじゃないかな」
「うん」
エルフリーデの方が年上みたいだ。エルフリートは優しい笑顔に戻った彼女に頭まで撫でられてから男のプライドを思い出し、ようやく涙を引っ込めるのだった。
翌朝、妹に伸びてきていたムダ毛についてからかわれて一悶着した後、エルフリートはロスヴィータ曰く「ふりふりのひらひら」を身につけて完璧に女装した。これでもかと言うくらいに甘ったるい化粧で武装した彼は、つい先日ダブルデートをした時の“エルフリーデ”を彷彿とさせる。
「ああ、可愛いね。似合っているよ」
「お兄さま」
二人が揃っているからだろうか。彼女もいつも以上に“エルフリート”らしく振る舞っている。前よりも何だか男らしさがにじみ出ているような気さえする。
「これは私からのプレゼントだ。少しは気分転換になったかい?」
「うん。ありがとう!」
男らしい要素はいっさいなく、そして体が動かしやすいようにこっそりと改良したものではない、ただの可愛らしいだけの服。これをプレゼントしてきたエルフリーデの意図は分かっている。
自分の存在を認識しろ、である。自分が今、誰として存在しているのか自覚し直させようと思ったのだろう。
女性騎士団の副団長として、“同じ女性”として、ロスヴィータを補佐する。“兄の婚約者”として接する。親友として一緒に活動する。それらを思い出させようと、可愛らしい妖精みたいな衣類一式を用意したのだ。
2024.7.6 一部加筆修正




