3
久しぶりの食堂は、とてもにぎやかだった。朝食がゆっくりと食べられる状況ではなくなってしまったのは誤算だったけど、あれだけ歓迎されたら嫌な気持ちにはならないね。
笑顔のひとときを終えてロスヴィータと訓練場へと向かえば、見慣れた顔と初めてみる顔が二つずつ。そっか、新人は二人かあ……。エルフリートは人数の少なさに心の中でため息を吐く。
人数が少ないのは残念。指導できる人間が少ないから、良かったと言えば良かったのかもしれないけれど。
「ルッカ、エイミー。紹介しよう」
ロスヴィータがそう切り出してエルフリートの腰に手を添える。エルフリートは一歩踏み出し、簡単な自己紹介をした。
「初めまして、女性騎士団副団長のエルフリーデです。人数が少ないから、女性だから、そんな風に言われる事のない騎士団にしていく為にマディソン団長の補佐をしています。
一緒に盛り上げていきましょう」
バルティルデやマロリーに対するそれとは一線を引いた。二人は幹部になる事が決まっているがこの新人は違う。一年保つかも分からない『本当の意味での公募』で受かった人間である。
まあ……試験をクリアしただけあって、二人とも大丈夫そうだけどね。それにしても、二人とも目立つなあ。
エルフリートは続きをロスヴィータに任せ、それとなく二人を見た。
ルッカはとても派手な姿をしているし、エイミーは好奇心を隠しきれない小動物のようだ。特にルッカの姿は表現しがたい。彼女は確か貴族だったはずだが、少々どころかかなり奇抜な人間のようだ。
コケモモの汁でもかぶったのかと思うほど濃い桃色に染め上げられた髪、耳には耳飾りを付けるには多すぎる穴。そのピアスホールにはイヤーカフや宝石一粒等系統の異なる耳飾りが付けられていて統一感がない。
そして何より驚いたのは、入団してそう時間も経っていないはずなのに改造しつくされた感じのある制服である。
誰一人として改造していない制服を、かなり煌びやかに改造してしまっていた。宝石やレースが縫いつけられている上に、刺繍まで付け加えられている。全てにおいて統一感がない事こそが統一感と言えなくもない。
どうやったらこの短期間でそうなるのだろうか。むしろ、この“ありえなさ”を誉めてやるべきだろうか。ロスヴィータから問題児がいるという話は聞いていない。だから大丈夫なのだと思いたい。見た目はとても奇抜だけど。
それに比べれば、エイミーは一見普通の子に見える。ただ、ルッカの姿に動じていないあたり、やはり普通ではないかもしれない。そんなエルフリートの予想は当たっていた。
「何か質問はあるか?」
ロスヴィータの声に二人ともすっと手を挙げた。
「ボールドウィン副団長は本当に妖精ではないのですか?」
「ボールドウィン副団長がカルケレニクス領の巨大熊を狩るのが趣味っていう噂は本当ですか!?」
「……」
エルフリートは笑顔で固まった。妖精かどうか問いかけた不思議ちゃんがルッカ、変な噂を鵜呑みにしているのがエイミーだ。二人が一番気になっている事がこれだとは行き先不安である。
対してロスヴィータは隣で小さく笑っており、エルフリートへの質問は二人の通常営業なのだろうと察せられる。
「妖精に間違われるのは光栄ですが、人間です。あと、残念ながら私の趣味は熊狩りではありません」
「あっ、じゃあ魔獣狩りですか!」
「……それも違います。エイミー、あなたには正常な判断が下せるようになる訓練が必要そうですね」
庶民の出という話は聞いていたから、そわそわとしているのは仕方がないと思っていたエルフリートだったが、さすがにこの言動はまずいだろう。『素行が悪い』とはまた違うが、貴族社会に馴染むには問題がある。
「私、団長と副団長に憧れて入団したんです! どんな訓練も乗り越えてみせます!
……で、趣味は何狩りですか?」
右手をぴしっとまっすぐ上げ、とぼけた事を繰り返す。エイミーを大人しくさせるのは難しそうであった。
「私の趣味は狩りではありません。編み物です。お願いですから、私の趣味を歪んで吹聴しないように」
「はーい!」
あまりにも軽く、元気な返事に不安を覚えつつ隣を見れば、ロスヴィータは笑顔で言い切った。
「大丈夫だ。私への質問は『本当は王子様だけど王位継承順位を下げる為に女性として生きているって本当ですか?』だったぞ」
「……濃い、ね」
「きっと楽しくなる」
普通に不安が増しただけなんだけど。エルフリートはそう口に出せず、曖昧に笑ってみせた。
翌日に体力測定を行う話を伝え、それぞれの勤務に戻る。新人は先輩であるバルティルデとマロリーについて巡回に出るのである。もちろんその任務にロスヴィータとエルフリートも組み込まれている。
人数の少ない女性騎士団は、やる事が多いんだよね。さぁて、頑張るぞっと!
2024.6.28 一部加筆修正