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普段は知識のあるエルフリートが助言してくれるが、今日はバルティルデが代わりとしている為それは望めない。ロスヴィータは一人で取り決める事の難しさを実感しながら慎重に書類を処理していた。どうしても、普段以上に時間がかかってしまうのだ。
エルフリートの助けは大きい。しかしそう遠くない未来には、ロスヴィータはバルティルデと執務を行うようになるはずである。
いずれ彼女にはエルフリート並の、とは言わないまでも最低限の知識を詰め込んでもらわなければならない。これはその練習なのだと思えば良い。
そう思う事にした。
「バルティルデ、遅くまですまない。まだ終わっていないが今日はこれまでにしておこう」
「ちょっとくらい大丈夫さ。ほとんど力になれなくて悪かったね。やっぱりまだまだ勉強が足りないな」
バルティルデのあっけらかんとした物言いに苦笑が混じる。ロスヴィータは静かに首を振った。
「通常業務の隙間に勉強するなら、そんなものだろう。私は女性騎士団設立までの時間、普通に勉強したが……親の力も存分に使ったにも関わらずフリーデには負けるんだぞ。
バティが私よりもできる人間になっていたら私の頭を問題視しないといけなくなる。焦らなくて良いから確実に身につけてくれ」
「りょーかい」
エルフリートがいない未来を密かに想像しながら、ロスヴィータはバルティルデの肩に手を乗せる。
「明日も頼むよ、副団長代理殿」
「精一杯努めさせていただきます、我らが王子様」
“エルフリーデ謹慎”の話で盛り上がる中、ロスヴィータとバルティルデのサポートにレオンハルトがやってきていた。
「ロス、お疲れさま」
「レオン。悪いな……アントニオに礼を言っておいてくれ」
「身内の尻拭いくらい何ともないさ。まあ、伝えておくよ」
さすがに業務が滞るのはまずい、という事でレオンハルトを借り受けたロスヴィータはバルティルデの勉強がてらにレオンハルトの解説を交えての執務を開始した。
レオンハルトの解説はとても分かりやすく、ロスヴィータも助かった。今までの事例をふまえ、検討する事ができるのも良い。エルフリートの時はほとんどできあがった回答が投げられ、それを検討するパターンが多かった。
おそらく為政者トップとしての判断を口にしていたのだろう。
レオンハルトの場合は過去の事例から一番近いものをいくつか選び、それぞれを選んだ場合のシミュレーションをし、より良い結果になるものに決定するというものである。為政者を支える人間が行う業務に近い考え方であった。
バルティルデが目指すのはこのタイプが良い。
より失敗のない、安定した考えをする事ができるからだ。エルフリートの場合は、公式を使わずに答えが分かるような感覚に近いようだから知識に経験が伴わないとできるようにはならない。
現状のロスヴィータやバルティルデでは、参考にするだけ無駄という事である。
いっそ、女性騎士団のサポート役としてレオンハルトを引き抜いてしまおうか、というよこしまな考えが浮かぶ。
エルフリートも喜ぶだろうな。彼の事だ。自分の役割が減る事よりも親友と一緒に仕事ができる事の方を純粋に喜ぶだろう。
「ロス、この男爵家からの提案は却下で良いよ。これはこっちの騎士団にも陳情が来てたけど話にならないって言うんで却下したから」
「うん?」
レオンハルトが持っている一枚の書状を読む。……きわめて個人的な内容のようだ。
「確かにこの提案、というか依頼を受けたら犯罪の幇助になりかねないな」
浮気をした夫を懲らしめたいから捕まえるのを協力して欲しい。騎士数名でも良いとあるが、状況によっては依頼人を捕縛する事になりかねない。
「しかし、無視したら勝手にやりだすのでは? そうなったら簡単には止められないぞ」
ロスヴィータが犯罪の予防になるのであれば、この依頼を受けた方が良いのではないかと口にすると、レオンハルトはうんざりとした表情を作った。
「あー、違う違う。これ、いつもの事なんだ。ロスの言う通り、暴走されないように何回か手伝った事があるんだけど、ただの痴話喧嘩なんだよ」
「ただの痴話喧嘩に騎士を出動させるのか?」
「痴話喧嘩の何が楽しいんだか。あたしには分からないね」
困ったよね、とため息を吐くレオンハルトにバルティルデが首を竦めた。人を巻き込んで痴話喧嘩、か。ロスヴィータはこの男爵家の話が人事に思えなくなってしまった。
現にロスヴィータとエルフリートのもめ事にレオンハルトが巻き込まれた形になっている。
「ここの男爵、相当なヤキモチ焼かせたがりで。男爵夫人にヤキモチを焼かせたいがために浮気するんだ。最低だろ?」
「本当にな」
ひとまず自分の事は棚に上げておく事にしよう。まだ思い出すとイラっとしてしまいそうだし。
「では、これに対する返答のおすすめは?」
「騎士団の役目から逸脱してしまうので残念ながらお受けできません。の一択だね」
「……ま、そうだよな。そのまま使わせてもらおう」
この夫婦、いつまでこんな喧嘩を続けるつもりなのだろうか。事情は全く違うが周囲を巻き込んで喧嘩じみた事をしている自覚のあるロスヴィータは、気まずい気持ちを持ちながらペンを走らせるのだった。
2024.7.6 一部加筆修正




