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ロスヴィータは自分の筆跡が変わってしまうのが面白く感じたらしく、今度はバーミラ書籍風のルビーのような赤い万年筆を手に取った。同じ文字を彼女が書くと、今度は丸っこい女性的なものになった。
「おお、本当にバーミラ書籍風だ。少々値は張るが、変わった物が好きな相手には喜ばれそうだ」
「ふふ、ロスだって楽しそうにしてる」
「これは面白いぞ。万年筆にも色々あるのだな」
そうして次に手に取ったのは密書ごっこと書かれたペンと紙に文鎮がついたセットだった。
「説明書きは……ほう、このペンで書いた文字を文鎮でなぞると消えたり現れたりするらしい」
「面白いね」
試し書きをして、インクが乾くのを待ってから文鎮でなぞる――が、消えない。
「む?」
「ロス、多分紙にも秘密があるんじゃないかな。セットで売るくらいだからね」
「そうか。では、これは試せないか」
少し残念そうにするロスヴィータの顔が愛らしく、エルフリートは彼女の手から万年筆を奪った。
きっと説明書き通りに文字が消えたり現れたりするのを見たら喜ぶに違いない。
「買って帰ろうか。そうして後で楽しめば良いよ」
即決したエルフリートはロスヴィータの反応も見ずに決めてしまう。これでラブレターでも書いてくれたら嬉しいのにな、と思いつつ二組買う事にした。
秘密のやり取りって甘美な響きだよね。
「フェーデ、ありがとう。ううん……私も何かあなたにプレゼントしたいな」
「ロスはいつも私に色々な贈り物をしてくれているよ。けれど、形のある贈り物は少ないから嬉しいな」
「フェーデ」
ロスヴィータが真正面から小さく見上げてくる。穏やかな碧眼に普段よりも色づいた頬と唇。禁欲的な詰め襟を華やかせるドレープ。
店内はそんなに明るくはないのに、彼女だけが鮮やかに見えた。
「これはどうだ?」
時間が飛んでた。記憶が飛んで動揺するエルフリートの目の前にずいっと差し出されたのは筆置きだった。
「一度固定すると簡単には移動しないらしい。間違って手で払ってしまっても大丈夫だそうだ。執務室の机にふさわしいと思わないか?」
小さな小箱のようなそれは、透かし彫りが涼やかな意匠である。ひっそりと黒曜石が飾られている。周囲との調和を気にせずに置けそうなそれは、確かに“エルフリート”の執務室にも合うだろう。
「そうだね、ありがとう」
「よし、さっそく包んでもらわないとな」
ロスヴィータは片手で筆置きを持ち、もう片方でエルフリートの腕を引っ張る。エルフリーデの姿をしていない方の事まで考えてくれる優しい彼女に、エルフリートは夢見心地でついて行った。
ロスヴィータは浮かれる自分を自覚していた。今日は本当に普通の女の子にでもなった気分である。レオンハルトの協力でどこからどうみても女性にしか見えない姿になれたのと、婚約者であるエルフリートが“女性騎士団のエルフリーデ”と全くの別人になっていたからだろう。
“エルフリート”の姿をしているエルフリートと、“エルフリーデ”の姿をしているエルフリーデを見た瞬間、ロスヴィータはすぐに気がついた。男性装の彼とは久しぶりの対面であったが、相変わらずの美丈夫である。
男性装のエルフリーデと何が違うのかと問われても説明しがたいが、ロスヴィータには判別できたのだった。
自分がエルフリートを見分ける事ができてほっとすると同時に、普段とは違う紳士な面を見せつけられて気分が高揚する。ひとくくりにまとめられた髪はふんわりとした白銀の波を立たせており、太陽の光できらきらと輝いている。
たれ目がちなアメジストは輝く銀糸でできたまつげに彩られて優しげな光を見せているし、普段よりも落ち着いた雰囲気がロスヴィータをそわそわさせる。
ロスヴィータがエルフリートを見れば、視界の端にロスヴィータの瞳を思わせるエメラルドの留め具が入り込む。
なんだか照れくさい。はにかんだロスヴィータを見る彼の視線は優しく、それもロスヴィータをふわふわとした気持ちにさせた。
普段よりも大胆な振る舞いだってできてしまう。普段は男女逆転しているかのようなやり取りをしているせいか、同性同士のような関係を続けているせいか、本来の性別通りの動きにぎこちなさも出てしまうが。
串焼きの時は少々やり過ぎた感が否めないものの、エルフリートは驚きつつも嫌がった様子はなかったからロスヴィータの中で“これくらいまではセーフ”と判断した。
時おり甘い視線が送られてきて、ロスヴィータは自然と頬が染まってしまう。王子様のように生きようと、努力してきた人間の反応とは思えないくらいの変貌ぶりで自分でも驚いてしまった。
「ロス、フェーデとはお話できてる?」
「フリーデ」
雑貨屋でレオンハルトにぬいぐるみを買ってもらったらしい彼女は、そのぬいぐるみの手をふりふりとしながら身を寄せてきた。
近くのカフェで小休止する事にした四人は、男女向かい合わせになるように座っている。
同性同士の秘密話にはぴったりである。彼女がそう思って行動するのも分からなくはない。というか“エルフリーデ”だったらしているだろう。
ロスヴィータは、どうにも基準をエルフリートにしがちな自分に気がつき苦笑した。
2024.7.6 一部加筆修正




