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妖精と王子様のへんてこタンゴ(へんてこワルツ2)  作者: 魚野れん
誘惑の取り替えダブルデート

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23/81

2

「ロス、それおいしいかい?」

「ああ。食べるか?」


 レオンハルトに向けて厳しい視線を送ってしまう前に、とロスヴィータの手元を見た。見たまま口からこぼれた言葉を彼女は拾い、串焼きの向きを変えた。


「ほら、食べてみろ」

「え、あ。うん」


 差し出された串焼きにかぶりつく。じゅわりと鶏の肉汁が唇を濡らした。香辛料で調整された鶏肉は柔らかく、エルフリートの口の中でほどけていく。


「おいしい」

「はは、垂れてるぞ」

「ん?」


 もぐもぐと鶏肉を咀嚼する彼に、ロスヴィータの手が伸びる。彼女の指はエルフリートの唇すぐ下を撫でた。

 エルフリートの背中をぶわっと何かが通り抜けていった。


「ほら、油」

 彼女の指は確かに油で汚れていた。けど、そうじゃなくて!

「あ、しまった。これではハンカチが取れないな」

 ロスヴィータの右手には串焼き、左手には油汚れ。確かに両手が塞がっていてはハンカチを取り出す事は無理である。


「まあ良いか」


 エルフリートが慌てて自分のハンカチを代わりに渡そうと思った所で彼女が油の付いた指を舐めた。

 ちょっと! それ、私の口元からこぼれた油!


「ロス!」

「ちょっとくらい行儀が悪くても良いだろう。私とあなたの仲だ」

「そ、そういう事じゃなくて!」


 ああ、ぜんっぜん分かってない! 慌てるエルフリートをよそに彼女は油を舐め取った手をポケットに突っ込み、ハンカチを取り出した。


「ほら、動くな」

「んんっ」


 指を拭うのかと思いきや、彼女はエルフリートの口元を拭き始める。

 距離が近すぎる。彼女の読めない動きとこれ以上ないくらい近くにいる状況にエルフリートはあわあわとするばかりである。

 ロスヴィータが積極的過ぎて怖い。


「ふふ、お兄さまったら甘えんぼさん」

「フリーデ!」

「フェーデのこういう姿は貴重だなぁ」

「レオまで!」


 エルフリーデとレオンハルトは二人してにやにやとエルフリートを見下ろしている。彼の口元をきれいにして満足したロスヴィータは自分の手をハンカチのきれいな部分で拭っていた。


「それ食べたら向こうの雑貨屋に行こう? ルッカおすすめのお店なんだって」


 エルフリーデの提案に二人は頷いた。珍しくルッカがおすすめしていたその雑貨屋では何が売ってたんだっけ? いまいち思い出せない。

 ロスヴィータが串焼きを食べ終えてもエルフリートは思い出せなかった。

 エルフリーデの案内でその店の看板を見て、エルフリートは小さく「あっ」と声を漏らした。


「魔法具雑貨店よ」


 ルッカは魔法具マニアである。己の能力の補助に自作の魔法具を使う珍しい人間だ。魔法具は安い買い物ではないし、簡単に作れるものでもないが、マロリーと似た探求型のルッカは独学で魔法具を生み出せるようになっていた。

 魔法具は宝石に魔法をうまく閉じこめる能力も必須だが、それを装飾物や道具に組み込まなければならない為、様々なスキルが必要となる。彫金やら機械工学やら造形学やら。

 普通であれば魔法具を作り出すのに最低でも数人の力を要するところ、彼女はそれを一人でこなしてしまうのだから凄腕だ。

 そんな彼女おすすめの雑貨屋となれば、魔法具の店になるのも不思議ではない。


「ここに来るとアイディアが湧いてくるんだって。ルッカがそこまで言うなら、私たちが見ても面白いんじゃないかなって思ったの」

「ああ、フリーデ。あっちにぬいぐるみがあるよ」

「えっ、本当? わあ、可愛い! ちょっと見てくるね。お兄さま方もご自由に!」


 マイペースな二人はあっという間に店の奥へと消えていく。残されたエルフリートとロスヴィータは顔を見合わせてふふっと笑った。

 二人に見習って店内をあてもなくうろつき始めたエルフリートは、文房具コーナーにいた。


「フェーデ、何か面白そうなものはあるか?」

「んん……どれも一癖ある感じだな。これとか特に」


 興味津々のロスヴィータに問われ、エルフリートは近くにあった万年筆を手に取った。


「これは代筆させる魔法具らしいね。ちょっと見えにくいけれど、術式を見てみようか」


 そう言いながら万年筆の軸に着けられた宝石を覗き込む。よく見れば、その石の中に込められた魔法の術式が見える。

 エルフリートは一般的に使われている魔法には詳しくなかったのだが、マロリーの研究に付き合っている内に詳しくなってしまっていた。


「元になる筆跡を記憶させると、誰が書いても同じ筆跡になるみたいだよ。一歩間違えれば犯罪に使われてしまいそうだけれど、そのあたりはどんな対策をしているのかな――ってなるほど、元になる筆跡は既に決まっているのか。へぇ……」


 これはどんな悪筆でもまともな筆跡になるというユニークアイテムらしい。書籍に使われる活字風の筆跡を既に記憶してあり、特定の人物の筆跡にはならないようにしてある。

 一度しか記憶できないようになっているから、よほどの能力がない限り記憶された筆跡を変える事はできないだろう。

 無理やり加工しようとすれば、ギリギリの質である宝石が耐えられずに割れてしまう仕掛けになっており、できる限り犯罪に使われないように対処してあった。


「手書き風、イルッカ書籍風、バーミラ書籍風、いろいろあるよ」

「すごいな、本当に別人の文字だ」


 イルッカ書籍を思わせる青と緑で彩られた軸を持ち、試し書き用の紙にロスヴィータが文字を書いている。

「専用のインクか。何かがあった時には特定しやすいかもしれないな」

 ロスヴィータの書いている文字はイルッカ書籍でよく見かける書体になっている。彼女の跳ねが強い筆跡となるはずのそれは、魔法具のペンの手によって男らしいようですっきりとした読みやすい書体に変わっていた。

2024.7.6 一部加筆修正

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