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荷物整理を終えた二人は、エルフリーデ扮するエルフリートがしばらく過ごす王都内のカルケレニクス辺境伯別邸へと向かった。
「いらっしゃい、ふたりとも」
そう言って笑いながら出迎えてくれたエルフリーデはエルフリートそのものだった。関心するロスヴィータをエスコートする彼女は、エルフリートの目から見てもちゃんとエルフリートに見える。
二人の後をついていきながらエルフリートは笑みを深めた。
「さて、承知だとは思うけれど。呼び方はエルフリートの姿をしている方を“エルフリート”、エルフリーデの姿をしている方を“エルフリーデ”に統一してほしい。
中身がどちらであろうとも、ね」
「ああ、分かっている」
久しぶりに兄妹が揃ったせいか、はたまた久しぶりの来客のせいか。普段よりも豪華な料理が並んでいる。
ロスヴィータに説明する姿もエルフリートそのもので、エルフリートは妹を自慢したい気分になった。そんな事したらこの入れ替わりがばれちゃうから我慢するけど。
「中身は情報共有をしているから、エルフリートしか知り得ない情報は“エルフリート”との会話で。その逆も然り。周囲に気取られないよう、また、あなた自身の混乱を避ける為、ご協力いただきたい」
「エルフリートが二人でも、エルフリーデが二人でも、私は中身を見分ける自信があるから問題ないが。
……そうだね。ややこしいのはこちらも避けたいからその通りにしよう」
「助かるよ、ロス。ありがとう」
ほんの少しだけ、“今のエルフリート”の方がきらきらしていないかな。第三者がいたらきらきらするのかもしれないけど。
エルフリートは自分という存在を第三者目線で見つめながら二人の会話を聞いていた。
「ロス、落ち着いたら出かけようか。まずは御前試合に向けて体を整えるのが先だけれど」
「フェーデは参加しないのか?」
「あれは関係者だけだからね。でも応援には行くよ」
そうだった。御前試合があるんだっけ。エルフリートは参加する事はないと思っていたそれに思いを馳せる。ペアでの勝ち抜きだったよね。ロスヴィータとペアで参加する事になるのだろうか。
一緒に戦えるのなら優勝を狙いたいところだよね。
「きっと妹とペアが組めるのなら優勝も夢ではない、のでは?」
「まだフリーデには伝えていませんが、彼女とのペアで出場予定です。もちろん優勝を目指しますよ」
「本当? 私頑張るよ!」
エルフリートは立ち上がりそうな勢いで会話に挟まった。エルフリーデがほんの少しだけ眉をひそめるのが視界に入る。
……うん。ちょっと大人げなかったね。椅子に座り直して姿勢を正す。
「また一緒に過ごせると思うととても嬉しいわ。私たち“妖精と王子様”のコンビが最強だって、女性騎士団は強いんだって、みんなに知ってもらおうね」
「ああ、そうだな」
ロスヴィータに意気込みを伝えた。そう、エルフリートの役目はロスヴィータを守るだけではない。今年からは正式に“女性騎士団副団長エルフリーデ”としてロスヴィータを補佐するのだ。
「フリーデ、ちゃんと他の貴族の前では言葉遣いに気をつけているかい?」
「気をつけてるわ、フェーデ」
エルフリーデのため息が嫌みっぽい。大丈夫だもん。エルフリートはちゃんと時と場合によって、男の時も女の時も全部使い分けている。
「本当だろうね?」
「フェーデ、安心して欲しい。彼女はよくやっている。――私よりもな」
エルフリーデの疑念を払うようにロスヴィータが言った。自虐が入っているのは気に入らないけど、そう評価してくれるのは純粋に嬉しい。
テレっと笑んだのを見たエルフリーデが小さく笑う。ちょっとだけ鼻につく笑い方でいらっとする。もしかして、エルフリートはそうやって笑う事があったのだろうか。自分の無自覚な動作はまねされているのかどうか本人では判断できないから、段々不安になってくる。
「ロス、この子をあまり甘やかさないでおくれ」
「フェーデ、いつも彼女は気を張っているんだ。こういう時くらいは甘やかしてあげてもよろしいのでは?」
ロスヴィータはそう言いながらこちらにさわやかな笑みを飛ばす。
あぅ、王子様のほほえみぃ……。うっとりとしていると、針のような視線が飛んでくる。
「でも、節度は大事だから。辺境伯の娘という事を自覚して行動をしてもらわないと」
「ま、まあそれは一理ある……」
表面上はつくろっているものの、エルフリーデの笑みは氷の笑みだった。ロスヴィータはその表情を見て手のひらを返したし、エルフリートは涙が出そうだった。
本物より本物らしいエルフリーデをほめそやしたい気持ちが半分、兄として情けない気持ちが半分。エルフリートはそれからの時間、可能な限り淑女のように振る舞ったのだった。
「やればできるのだから、今後も外ではそう振る舞うように」
「はぁい」
「……返事」
「分かりましたわ、お兄さま」
エルフリートとエルフリーデの会話を穏やかな笑みを浮かべながら見守っていたロスヴィータが、エルフリートの腰に手を添える。それを合図にエルフリートはぺこりとお辞儀する。
「お兄さま、今日はありがとうございました」
「二人とも模擬戦は頑張って。観戦を楽しみにしているよ」
「ご期待に添えるよう、鍛錬します」
エルフリートとロスヴィータが乗り込んだ馬車が角を曲がるまで、エルフリーデは妹を心配する兄のように見送りをしていた。本当にどっちがどっちだか、分からないな、とエルフリートは思いつつも、その方が都合が良いとほくそ笑むのだった。
2024.6.28 一部加筆修正